幼女
その女の子はくるみ同様に白衣を纏っていた。
ポニーテールで、猫のように眠たげな瞳。
白衣の下はTシャツとデニムの短いショートパンツ。
足元はこれまた女子力のなさ気なサンダルであった。
「だっ、誰だお前は」
俺の姿に気が付き、一瞬で表情が変わる。
そして発せられた声が見た目とは違い、低音を感じられるダウナーなもので少し俺は驚く。
「あっ、あっ、室長〜! 来てくれたんですね!」
室長?
第二研究室、室長?
この女の子が?
「わっ、やめろ! くっつくな! で、お前は誰……だから、抱きつくな!」
懸命に振りほどこうとしながら俺を指差す。
「あ、はじめまして。俺は攻略部のものでして……」
「ほら、室長。あの災害級ダンジョンを攻略した、正体不明さんですよ」
あれ?
バレてた?
「正体不明……ああ、あれか。うちの第一をクビになったやつか」
身元は完全に割れてしまった。
とはいえ、別段困ることも無さそうだとの印象。
くるみはおそらく、最初から気付いていながら俺を招き入れたのだろう。
「で、その正体不明がなんの用だ?」
くるみから逃れて奥のデスクに座りながら、煙草の箱をポンポンと叩いている。
ソフトパックのそれからは一本だけが飛び出し、手を使わずにそのまま口で咥える。
引き抜くと火を点けた。
彼女の年齢がわからなくなる。
「なんの用ってことはないんですけど……」
どこまで話すべきかもわからない。
秘匿するべきことが多すぎるし、話さなければ伝わらないことばかりである。
「まあ、いいや。私は佐久間杏子。この研究室の室長をやっている。で、お前は?」
「あ、俺は藤堂って言います……言われた通りで、クビになって、今は管理局に居ます」
「管理局? 管理局所属になったのか?」
所属かどうかというと、所属ではない。
「その辺は説明すると面倒なんですけど……まあ、近いかもしれません」
煙草を灰皿に押し付けながら、
「ちっ、なんだよ。管理局の犬が今更なんの用なんだ……」
と、苛立ちながら佐久間室長は言った。
犬ってほど飼い慣らされてはいないのだが。
ふう、と一息吐いてから、座ったまま椅子を滑らせて後ろにある冷蔵庫を開ける。
「……飲むか?」
缶ビールを取り出して、こちらに向ける。
「いや、俺はあんまり酒は……」
「そうか」
かぱん、と音を響かせ缶ビールの封が開けられる。
「あの、職場でビールはまずいんじゃ……」
「あ?」
「いや、ですから……」
この人、怖い人だな……。
そもそも幾つなんだ。
「で、なんの用か言え。じゃないとうちの実験体にするぞ」
「えぇ……それは嫌だな。まあ、ここには用事があって来たわけじゃなくて」
正直に答える。
俺は外山の手がかりを掴むために来たのであって、第二研究室などという得体のしれない部署には用がない。
「外山……? 知らないな。第一研究室にもそんなのはいなかったし……」
佐久間室長は二本目の煙草を咥えながら言った。
「まあ、ハッキングみたいなことをやる部署があるとは聞いたことはあったが……」
「あるんですね?」
「しかし、それはおそらく開発じゃないぞ。もっと、上の部署だ」
開発に天才ハッカーが、という触れ込みだったはずだが、これは誤った情報だったようだ。
「……そうか。そういうことか。それで今、うちの会社は営業停止か」
じゅっ、という音を立ててビールを飲む姿は当初の女の子という印象を更に打ち消す。
「えー、それって、いつまで続くんですかね?」
くるみが横から口を挟む。
「いつまで……多分、もう営業再開は望めないだろうな。国家転覆の証拠があれば、完全に解体されるだろうね」
「えー! そんなの嫌です! もう実験出来ないじゃないですかー!!!」
「うるっさいな。くるみ、静かにしろ」
しゅんとして「はい」とだけ言うくるみであった。
「この歳で無職になるのはキツいなあ……」
「この歳って、佐久間室長は幾つなんですか」
「38歳だけど?」
見えないが?
どう考えてもダウナー系ロリなんですけど?
「思ったよりもだいぶ年上でした」
「よく言われるよ……。毎日行くコンビニで毎日年齢確認されるからな」
これが世に言う「ロリババア」というやつなのだろうか。
「うぅ……管理局にはこういう部署ないんですか? 求人とかは? 私、実験出来ないと死んじゃいます!」
くるみがまたうるさくなってきた。
「こういう部署もあるんだろうけど……あまり悪趣味な研究は出来ないと思うな。それに俺は管理局の人間じゃないから……」
ここまで言って、一つひらめく。
「なあ、くるみちゃん。増強する薬なんてものがあるなら、傷を瞬時に治す薬なんかもあるんじゃないの?」
「傷ですか? まあ怪我の度合いにも寄りますが……一応、ありますよ」
それがあれば如月の怪我を治すことが出来るのではないだろうか……。
「ダメだぞ」
佐久間室長が口を開く。
「門外不出の薬たちだ。うち以外では使えないぞ」
「そこをなんとか……」
「ダメだ。そもそも何に使うんだ。まあ、そりゃ傷の手当に使うんだろうが、誰に使うんだよ」
「……実は、一人、能力者が怪我を負いまして。その治療をしたいんです。お願いします!」
俺は手を合わせて佐久間室長にすがる。
「なんで管理局に協力しなきゃならないんだ。ダメなものはダメだ」
「そこをなんとか!」
「……じゃあ、一つ条件を出してやる。それをお前が実現出来れば使わせてやってもいいぞ」
条件とは一体。
実験に使われたりするのだろうか。
「管理局局長に会わせろ。で、全面的に私たちに協力するなら使わせてやる」
「局長だって? そんなこと俺が出来るわけ……」
「出来ないなら別にいいんだ。その代わり飲ませる薬はない」
物事の基本だ。
与えるものと与えられるもの。
その対価を支払うことは当たり前のことだ。
「……よし、わかりましたよ。佐久間室長、くるみちゃん、一緒に来てくれ」




