困惑
左手、右手と順番に離れていく手は心模様だろうか。
愛されるとか、愛することは、それ自体は素敵なことだと思う。
しかし、俺にとってはどうなのか。
能力者としての人生を考えたとき悩みに打ち当たる。
このまま流されても、差支えがないのであれば……。
いや、もっと違う次元での考えが必要だ。
一人の人間として、どうなのか……。
「あ、あのさ……まず、ありがとう。好きになってくれて。俺もアリスに好きって言われて、すごく幸せな気分だ」
「う、うん……」
このとき、俺はアリスを引き剥がすわけでもなく、肩に手を置き、しっかりと顔を見ながら話していた。
彼女の顔は泣き顔の終わりで、もうぐしゃぐしゃだ。
「気持ちに応えたい思いもある……アリスのこと、嫌いじゃないし……たぶん、どちらかというと好きだし」
話しながら、俺は思っている以上に向かう先を見失っていることに気がつく。
もしかすると大変な方向へ舵を取っているかもしれない。
「だからさ、もし、良ければ……あの、お試し? みたいな?」
「は?」
「いや、だからさ、なんていうのかな。今すぐ彼氏彼女ってわけには行かないっていうか……」
「だから、なんなのよっ! 恋人にはなれないってことなの?」
「そうじゃなくて、だから……最初はお試しみたいな」
付き合ってから好きになることもあると言ったビッチの旧友と同じじゃないか。
「お試しっていうのがわかんないのよ! それってなんなの?」
「う……そうだよな。確かにわからないよな……」
アリスを傷つけないように精一杯考えての発言なのだろうか。
自身の行っていることが、他人の行いのように見えて仕方がなかった。
「あー……いや、あの……どうしよう。つ、付き合おっか?」
最低だった。
アリスはひどく複雑な表情をしていた。
それはもう当然のことだろう。
散々と悩んだのがわかる、散々に考えた結果がこれなのだ。
それでも一方、一応は成就した愛の告白の行く末だったから、怒ってはいない。
「なに? なんなの? 結局どうするのわけ?」
「あ、いや……アリスが良ければ、付き合おう。こんな俺で良ければ……」
やはり俺の当初の考えからは逸脱していた。
付き合ってはならない、特別な関係になってはならないのではないか。
この考えは確かに今も頭の片隅にあるのだが、もう来た道を振り返ることはあっても、戻れはしない。
「……わかった、わよ。じゃあ、ちゃんと好きって言って」
「えっ! 俺が……言うの?」
「なに? 言えないわけ?」
「言えなくはないけど……恥ずかしいな」
まるで悪魔との契約を交わすかのような葛藤。
そして決断を迫られているかのようで、なかなか言えない。
「うん……それじゃあ、アリス」
一呼吸。
「好きです。付き合ってください」
それからの俺たちは不自然な距離感で過ごした。
やはり照れくさい。
とは言っても、一緒に過ごしたのは十五分程度だった。
アリスは自分の仕事があるため、早々に図書室に戻っていった。
「ふう……これで、良かったのだろうか……」
何も解決していない。
本来の目的だったのは、如月を絶対服従状態にし、細胞に働きかけ、傷の修復を図るというものだった。
それに必要なマインドコントロールは失敗し、結局如月は傷を負ったままだ。
これでは手がかりを得ることが出来ない。
ダブルトレードのこれからであったり、外山の狙いが何かというのはわからないまま。
きっと、取り調べを続けたところでわかることは何もないだろう。
やはり俺が独自に動いたほうが良いのか……。
今のところ、俺はアリスとの一件が落ち着いたことで、何か頭の中の霧が晴れたようになっていた。
つまり、思考が冴えているというのか、余計なことを考える必要がないというのか。
ただ、常にアリスと恋愛をするにあたっての妄想みたいなものは絶えずあった。
そちらもありながら、その幸せを守るためには……という論法で頭は奴らの陰謀に向いていた。
まず、外山のデータベース破壊について。
これはおそらく何かを隠蔽する動きだ。
自身の能力を隠すことで管理局を油断させた。
ということは、同じように管理局からノーマークになっている能力者が居て、それはダブルトレードと関わりがあると思われる。
その能力者がダブルトレードの今後を握っているのか。
そして、俺の存在について。
消失すべきとの言われようは少なからずショックではあった。
何故、そう言われるのか。
管理局としても俺の存在は迷惑なのだろうか。
この辺りも一切が謎だった。
仮に俺の存在がどこにとっても邪魔なのであれば、能力の特性を知っている管理局はいつでも俺を始末出来る。
それをしないというのは、何故なのだろうか。
考えることにより、芋づる式に謎が出てくる。
もう、考えるのはやめたいくらいだったが、これらの問題を全て解決しなければ、おちおちダンジョン攻略にも出かけられそうにない。
「困ったな……」
ひとり呟いた部屋は珍しく誰もいないので、自分の声が少し反響した。
気を取り直す。
元々、独りだったんだ。
俺は立ち上がり、部屋を後にした。
「帰って来られるだろうか……」
闇雲ではあったが、行動に移す。
ダブルトレード本社、とりあえず潜入してみよう。
誰にも相談せず、単体で。
「やれるだけやるさ。アリスのためにも」




