合図
管理局内、取調室。
ここでは、先のハッキング行為に関し、追求を受けている男が居た。
外山ハジメ、二十二歳。
都内有名大学を卒業後、フリーランスのエンジニアとして生活していたところをダブルトレードの人事にヘッドハンティングの形で入社。
その後、数多くの違法な活動を率先して行っていたと見られる。
「組織について話す気はなさそうですね」
如月は取り調べを専門にするわけではなかったが、機密情報、それも管理局内においても知る者と知らない者がある内容である以上、直接こうして話さざるを得なかった。
「どこまで知っているかは、大体のアクセス履歴でわかっていますけれど、核心を知られていた場合、困ってしまいますからねえ」
外山は机ばかりを見ていたが、このときに初めて如月を見た。
「核心っスか? 藤堂って人をどうこうしようって話なら知ってるっスよ……それがあったから急いでこっちもあの正体不明に近付いたんスからね」
「人聞きが悪いですねえ。どうこうしようなんて思ってませんよ。ただあ、消失する前に情報を集めたいと思っていただけですから」
如月はこの男の存在を知ったときから選択肢を常に頭の中で選びあぐねていた。
その選択肢は、この男を生かしておくべきか、そうでないか。
殺すか、殺さないか。
俺は面倒なことなら断ろうと思っていた。
しかし、その条件というのは、
「あ、あのね……ちょっと一緒に行ってほしいところがあるのよっ! だから、一緒に出かける約束をするのが条件!」
と、予想外のことを言った。
俯き、顔が紅潮していた。
別に断る必要のない話だった。
「え、それってアリスちゃん、兄さんとデートしたいってことかな?」
美奈がそう言ったおかげで意識してしまう。
「でっ! デート!? ちっ、違うわよっ! 誰がこんな奴と!」
急に突き放すじゃん。
「ふーん、じゃあわたしも連れて行ってよ。わたしも兄さんと一緒に出かけたい」
アリスは美奈のせいで眉を少し下げていた。
美奈のこういうところは兄としても注意してやらなければならないような気がしてくる。
「あのな、美奈」
「なに、兄さん」
「アリスは俺と一緒が良いって言ってるんだぞ」
「でも、こんな短小野郎とはデートなんてしないって言ったよ」
余計な修飾語が挟まっていた。
「あのねえ、アリスは恥ずかしがり屋なんだ。だから、俺とデートしたくても、心の中ではそう思ってても、こんなに人が居るんじゃ素直になれないんだ。アリスはツンデレなんだぞ。二人っきりになったら、そりゃあ甘えてくるだろうけど、この場ではデートなんかじゃないと言い張るに決まってるだろ?」
俺は優しく美奈を諭した。
一方、珍しくアリスはつっこみもせず、下をむいて顔を赤くしていた。
まさか、俺の言ったことは冗談半分だったのだけれど……。
「兄さん、そんなのずるだよ。わたしだって兄さんと一緒にお出かけしたい。アリスちゃんだけ特別なの? そんなにツインテールをハンドル代わりにしたいなら、わたしもツインテにするから……」
どうしてもそういう方向へ行ってしまう美奈だった。
「……美奈、俺は確かに、以前そういうエロ漫画を読んだことはあるけど、現実でそれをしたいと思っているわけじゃない。それに、ツインテハンドルに対してはそこまで熱は持っていない」
「そうなの? じゃあどうしたらいいのかな」
「どうもしなくていい」
「あっ、妹モノなら、やっぱりメスガキのほうがいいのかな。兄さん、よわよわのざこざこだし」
どうもしなくていいと言っているのに。
うるさい妹を放置し、俺はアリスに向き直った。
「アリス、その、デートだろうがそうじゃなかろうが、俺はアリスと一緒に出かけるの、特別な条件としてじゃなくても、いつだってそれくらいならしてあげられるから。だから、心配しなくていいからな。いつでもアリスとなら出かけたいよ」
心なしか瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
すぐに調子を取り戻したのか、
「ふんっ! 当然よね!」
と、一言だけ言った。
さて、如月の過去をそろそろ聞かせてもらおう。
「で、アリス。如月が大変だったっていうのは?」
はっとした表情で本来の目的に気がついたアリスは、こほんと咳払いを一つ。
「第八に居たとき、如月は能力の暴走を許してしまったのよ」
能力の暴走。
まず、如月の能力を知らない俺は、それが語り草になるものなのかすらわからなかった。
「如月の能力は元々一つだけだと思っていたの。それは周りも本人も。だけど、その暴走した能力は過去に例を見ないもので、しかも本人もその時は保有していることにさえ気がついていなかった」
俺は思わず身を乗り出して話を聞いていた。
夢中だった。
「どうして発動したのかわからないって、さっきあんた言ったけど、同じように何故発動したかわからない。しかもその後調べたら第八出動時、無意識にその能力を使っていた跡があったのよ。知らず知らずのうちに第八が有利になる状況を彼女が生み出していたってわけ」
「なるほど。それで、その能力ってなんだよ」
俺はその能力がどのようなものなのか気になって仕方がなかった。
「元々の能力はCUEと呼ばれていて、他に似た能力はあるけど、あの子独自のものだったわ」
「……合図、か」
「右手がトリガーの、かなり強い部類の能力よ。まあ、それだから第八に居たんだけど」
「それで、もう一つの能力っていうのは?」
俺が前のめりに聞き出そうとしていたそのときだった。
「藤堂さん、ちょっといいですかあ?」
如月がやってきた。
「なんだよ、せっかく良いところだったのに……」
本人が居る前では話しづらい内容だったが、俺はこの際聞いておきたかった。
なんでしょう、と困り眉ながらも笑顔の如月に対して、
「如月さんの能力ってなんなの?」
と、聞いてしまう。
「私の能力、ですか? うーん……」




