激励
東京のとある場所にそれはあった。
地下帝国を作る足がかり、その手始めにダブルトレードは地下アジトを建設していた。
そこには、ダブルトレードの最高権力者である会長が居た。
この場所の存在は、会長の側近の他は知る者がおらず、完全なる秘密の場所である。
管理局から逃れることに成功した坂井田は身の置き場がなく、このアジトへやってきた。
当然、会長に会うことで叱咤がある。
それも今回に関しては甘んじて受けようとの決心もあった。
最初の一撃は顔面が凹んでしまうほど強烈だったが、仕方ない。
「……坂井田〜!」
もう一度来るか、と身構える。
会長は杖を大きく振り上げるが、それは宙で止まる。
「貴様っ! 手で、そうやって受けようとするなっ! 手っ! 下ろせっ!」
思わず坂井田は、あろうことか会長の有り難い激励を手でガードしようとしていたのだ。
それが気に食わなかった会長は、興ざめの態となり、ゆっくりと杖を下ろした。
「ふんっ! もういいわい……それよりも説明しろっ!」
「はっ、会長、失礼致しました……。今回も藤堂には逃げられてしまいまして」
「逃げられた? 逃げたのは坂井田、お前だろうがっ! この間は、小娘相手に気絶! みっともない! そして今回は、あの小僧……パソコンをカチャカチャやるしか能のない、猿っ! あれを囮に自分だけ助かっただけじゃ!」
耳が痛かった。
確かにそうであった。
「どういうつもりで、本社に連れてきたっ! お前のおかげで我がダブルトレードは、公安に全て持ってかれた! 業務はどうなっている! 能力者に構うだけで金が増えるとでも思っているのか!」
ダブルトレードという会社は貿易をメインに、金融業も営んでいた。
もっとも、本社がどうなろうとも会社を分散させていたので、それほど痛手ではない。
しかし、今回の件で国からのダンジョン討伐依頼は無くなるだろう。
「あくまで、国を跪かせるのは最終的な目標で、今から睨まれてどうする? この、無能めっ!」
「はっ、申し訳ございません……。しかし、あの藤堂を取り戻すことが出来れば、国はこちらを頼らざるを得ません。ですから……」
伺いを立てるように坂井田は会長を見上げる。
憤怒の表情であった。
「ですから、なんだ! 貴様、今回もやれなかった者が、次は必ず出来ると言ったところでその信用は皆無っ! 失敗した者にチャンスを与える……もう一度だけ、もう一度だけ……そう言って出来た者をワシは見たことがないっ! 例えば……ガキッ! 子供がもうしませんと泣いて謝ったところで……その後、またやるっ……! 犯罪者っ! 次は真っ当に生きます……嘘っ! また犯罪! また捕まる!」
怒りのやり場を探すかのように会長はその場をうろうろとしていた。
「坂井田、お前を見込んだのはワシ……他でもないこのワシっ! だから……特別っ! 特別にもう一度だけチャンスをやるっ!」
「あっ、ありがとうございます!」
「しかし、これが最後! 次はないっ……死を覚悟してやれっ! いや……死ねっ!!」
ダブルトレード本社への家宅捜索があってから、俺は如月と顔を合わせていなかった。
押収品のあれこれを調べる。
そして、一番は外山の取り調べ。
それに時間を割いているようだった。
「俺も関係者なんだから、ここまで蚊帳の外にされるのは心外だなあ」
美奈の淹れてくれたコーヒーを口に運びながら愚痴を言う。
「……おいしい」
俺の部屋には美奈の他、操とアリスも居た。
「あまりコーヒーは飲まないけれど、なかなかいけるわねっ!」
「本当? 良かった。ねえ、兄さんは?」
「ん? ああ、美味しいよ」
やったあ、と喜ぶ美奈。
そういえば、聞く機会を逃し続けていたから聞いてみることにする。
「あのさ、操」
「……なに」
「操の攻撃方法って、あれ何? 光の粒が飛んでいくやつ」
初めて見たときから気になっていたのだ。
「……あれは、手裏剣」
手裏剣?
「手裏剣って、あの忍者が使う、ギザギザしてたり、四つくらい刃があったりする、あれのこと?」
「……そう。私のはこれ」
そう言ってどこから出したのか、手のひらを開いて見せてくれる。
小さな粒が数個ある。
「これが手裏剣……? あっ、よく見ると、雪の結晶みたいになっているんだな」
「……そう。これを、ツボに当てるとあいては死ぬ」
無表情と妙にマッチした物騒な物言いは少し怖かった。
「これも扱い方を間違えると大変なのよね。本気出したら銃と大差ないんだから」
アリスがコーヒーをすすりながら言った。
「確かに、鉛玉を発射するのとなんら変わりないよなあ」
俺は色々と感心していた。
ところで、と口を開いたのはアリスだった。
「その内あんたの番が回ってくるから聞かないでおいたんだけど……能力が、あのとき『孤立補正』が発動したのはどうしてなの?」
やはり俺も取り調べを受けるらしい。
それは、今のアリスの口ぶりから察した。
とは言え、これに関しては自分でもわからないから答えに困るのだった。
「うーん、あのときは無我夢中というか……正直記憶もはっきりしてないんだよね」
ふうん、と言いながらコーヒーカップを覗くアリス。
「あんた、それ、まずいかもよ」
何がまずいのかわからないものの、警鐘を鳴らされたことに対し、不思議と共感のような気持ちが働く。
「能力ってのは、自分があって能力がある。それが逆転しかかってる可能性があるわね。つまり、能力を操ることが元々出来ないあんたならあり得る話よ」
「はあ、そういうもんかね」
そうよ、とアリスは、
「如月だって、大変だったんだから」
と不穏なことを言った。
「え、それはどういう……」
元々、如月は第八部隊という、管理局最強部隊に居たとは聞いている。
そのときに何かあったのだろうか。
「まあ、この話はいずれまた……さて、あたしは仕事に戻ろうかしら」
「待ってよアリス。そこまで言っておいてお預けかよ」
ずるっぽい笑みを浮かべているアリスであった。
「なによ、聞きたいの?」
「うん、聞きたいね」
じゃあ、と腰を浮かせてスカートを直したアリスは、
「話してもいいけど、条件があるわっ」
と、言った。
面倒そうである。




