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消灯からすぐに、美奈は寝息を立てていた。
寝付きが良いというのは羨ましかった。
俺はこの、女の子二人に挟まれた状態を喜ぶ余裕はなかった。
種類は違っていたが、女性ならではの甘い香りは常に鼻孔をくすぐった。
それらは交感神経を優位にし、心を落ち着かせることはない。
むしろ、体中が熱く、疼いているような塩梅であった。
意識しないように努めていたこの頃だったが、一つのきっかけがあり、全てが瓦解するような思い。
そのきっかけというのは、俺の右側に居る、アリスだった。
右腕の痺れが限界だった。
身動きが取れないと思うと、自身で勝手に縛り付けられたように硬直してしまう。
その弊害か、右腕はマヒしたかのように痺れた。
少しだけなら動かしても問題ない。
アリスに触れなければ問題ない。
そうして動かすことに決めたのだが、痺れがあるせいか、感覚があまりなかった。
「ひゃあぅ……」
小さな声だった。
あれだけ触れてはならないとし、慎重に慎重を重ねた結果、触れてしまった。
尻、だろうか。
俺に背を向けたアリス。
格好として、触れる可能性があるのはやはり尻、だろうか。
一瞬でそんなことを考えた俺だったが、事の重大さを思い直し、小声で、
「ごめん、わざとじゃないから……」
と囁いた。
アリスは何も言わなかった。
寝てるのか?
寝ていてほしかった。
記憶や意識が無いということは、それはすなわち起こらなかった出来事とも言える。
俺にとり、都合が良かった。
それだから、何も言わないのであれば、このまま右腕を救い出し、一度楽な姿勢になりたかった。
俺はもう一度、試みる。
「ぅん……ひゃっ……」
また、小さな声だった。
ふむ、寝てても女子は反応するものなのかもしれぬ。
ずりずりと腕を引きずり出す。
「っく……ふぅ……!」
吐息と共に漏れる嬌声はそこはかとなく、甘美な響きだった。
まあ、寝てるからこそ、こういう声を出すのかもと思う。
普段のアリスからは想像も出来ない甘い声だった。
最早、気にするほうが変だとし、また動かす。
「……っ! あんた、いい加減にしなさいよ……」
起きてた。
しかも怒ってる。
俺は反対側の美奈を起こさぬよう小声で、
「あっ、起きてた? ごめん。わざとじゃないから」
と言った。
「ちょっと、ヘンなところ触らないでくれる?」
「ご、ごめん」
でも、と思った。
「腕、痺れちゃって。もう少しだから……」
承諾を得たかった。
「ひゃ……ちょっと! 触らないようにしてよ!」
「頑張ってるんだよ! もう少しだから」
アリスは起きていながら、このようなえっちな声を出していたらしい。
それがわかると、途端に俺の中では劣情が加速していった。
美奈が寝ている隣で、というのも危うさがあって良い。
「うぅ……ねえ、ほんとダメだからぁ……美奈が居るから……美奈が居ないときにして? ね?」
すでに劣情の鬼と化した俺にはどんな言葉も届かなかった。
「……アリス……俺、もう!」
「しつこいわね! 『絶対服従!』 さっさと寝なさい! このスケベ!」
「……かしこまりました、姫」
俺は意識を失った。
翌朝。
体は磔にされたように動かない。
「おはようございまーす」
扉が開かれ、足音。
如月が来たようだった。
「藤堂さん、朝からごめんなさい。ちょっとお知らせが……あら?」
異様に膨らんだ布団は誰の目から見ても不自然に映る。
「うふふ……とりゃ!」
如月には慈悲の心というものは無いようで、布団を一気にめくり上げてしまう。
「あらあら、藤堂さんったら、お盛んなんですねえ」
両脇に女の子を携え、悠々と寝ている姿は誤解を生むのに十分だった。
「違う……違うんだ……」
「違うんですかあ? でも、二人ともぐっすりですよお? たくさん運動した後みたい」
本当に違うから悲しい。
「でも、管理局で3Pはちょっとやりすぎですね……説明、してもらえますか?」
笑顔の如月はゆるりとした怒気を孕んでいた。
俺は如月に弁明を行う。
そして、誓ってやましいことはないと、伝えるのに必死だった。
「ふーん、まあいいですけど」
わかってくれたのか、そうでないのか、如月は受け流すようにして言った。
「それより、朝から申し訳ないんですが、藤堂さんにお知らせがあります」
お知らせ?
はて、なんだろうか。
「実はですねえ……藤堂さんを狙っているダブルトレードの件なんです」
起き抜けには聞きたくない話かもしれなかった。
「まだ、はっきりとはわかっていませんが、どうもあの会社の仕業だと思ってるんですけど……藤堂さんは実際に内部に居た人間ですからね、聞いておきたくて」
「なんだよ、あの会社が悪さを働いてるのか?」
如月は抱えていたファイルを開いた。
「始まりは、災害級ダンジョン、ストーンドラゴンの巣穴ですね。その発生当日、管理局のサーバーへ何者かが侵入した痕跡がありました」
俺は如月の言葉を待った。
「これは当時誰にも気付かれぬよう、管理局内部からのアクセスを装っていましたが、本来、権限のないアクセスだったので発見出来ました」
「その侵入先、ダンジョンの発生速報だったりする?」
如月は少し驚いたような顔をし、
「その通りです」
と言った。
「それから定期的なアクセス、もとい侵入があったようです。決定的だったのは、本日未明の不正アクセスです。データベース、サーバー、果ては個人のパソコンまでが侵入されており、一部情報が漏れたと見ていい状況です」
手段を選ばないあの会社のことだから、いつか派手なことをするとは思っていたが、ついに実行し始めたか。
「どうでしょう。何か心当たりは」
「ああ、間違いないと思う。ダブルトレードの仕業だ」
あの会社はそもそも人海戦術を得意とし、あらゆる所に兵隊を常駐させていた。
ところが、管理局独自のダンジョン発生速報のシステムを模倣出来ないか、色々と開発が調べていたところ、一人の凄腕ハッカーが入社したという。
情報を得るのではなく、盗むことにした。
その話は第一攻略部隊内では有名だった。
なぜなら、第一は一番最初に手柄を上げることに特化していたからだ。
隊長の山中は、社内リークを買っていた。
部隊内機密は共有することにより、チームとしての連帯感を高めた。
まあ、俺が知っているのはこれくらいだった。
「なるほど……では、管理局の情報は以前から盗まれていたわけですね」
「ああ。ただ、俺が知っているのはダンジョン発生場所を素早く知るため、というだけ。他の情報は危険を冒してまで得るメリットもないからな」
如月は、首を横に振った。
「今は違いますからね。藤堂さんの情報が、一番知りたいことでしょうから」
俺のこと……か。




