背徳
破綻した論理は、時に圧倒されるパワーを感じ、思わず全肯定をしてしまいそうになる。
今の俺はどうかというと、当然屈しないという気持ち。
なぜなら、見せたくないからだ。
二人きりの部屋は急に静かになった。
きっかけを作った本人も、まるで音を立ててはいけないとされたかのように黙っていた。
顔が、赤かった。
彼女の精一杯の言葉は尊重するべきだったが、内容に関してはそう迎合出来るものではなかった。
それだから俺は美奈に向かって、
「それは、出来ないよ……ごめんな」
と、断りとそれをフォロー出来るかはわからなかったが、極めて優しく謝った。
少し時間が空いて「そう……」という、不安を音にしたような美奈の声がした。
「ごめんな……」
そう言って俺は終わりにしようと思った。
さあ、もう遅い。
自分の部屋で眠るんだ。
「でも、やっぱりおかしいよ……アリスちゃん、操ちゃんには見せておいて、妹であるわたしは見てないのは、不公平だよ。ねえ、そう思わない、兄さん」
俺の気持ちは届いていなかった。
「だから、見せたんじゃないの! あいつらが勝手に見たの!」
「それじゃあ、わたしも勝手に見ればいいってこと!? 無理やりなんて、わたし、恥ずかしいよ!」
恥ずべき所は他にもありそうなもんだが。
「とにかく! お前は妹なんだから、余計にダメだ!」
「でも、血は繋がってないもん」
そう、美奈は俺の父が再婚したときに出来た、義理の妹だった。
「それがまたダメな理由だよ! 義理の妹に、義理だからオッケーでしょみたいなのは一番イメージが悪い!」
「でも、本当の妹だったらもっとダメだよ。わたしは、あくまで兄さんのことを兄さんと呼んでいるだけの妹風の年下女子。これで、どう?」
「いや、背徳感が何故か増したな!」
「え、ホント? それなら良い傾向だよ! 兄さん、そういう……えっちな本好きだったでしょ?」
「なんだよそれは! 背徳モノが好きってレベル高いな!」
「え、でもベッドの下にそういうのいっぱいあったよ。き、禁断の姉妹丼とか、折り目付いてたよ。両手が空くように、ぎゅってしたんでしょ?」
「どうしてそういうことを知ってる……というか覚えているんだよ!」
こいつはそういうのが苦手じゃなかったのかよ。
「わたし、頑張って読んだんだからねっ! 苦手なのに、頑張って! 兄さんのために!」
俺のために?
「それって、どういう……?」
「いいから! さあ背徳の羞恥『義妹に見せてと頼まれて拒めず嫌々見せたらなんだか癖になっちゃいました』を連載開始だよ!」
「絶対に18禁作品じゃないか! ダメダメ、そんな出落ちみたいな小説は書かないよ!」
むう……と頬を膨らませる美奈であった。
しかし、ここまで妹と意見をぶつけ合うのは初めてだったので、少し俺は嬉しかった。
ただ、一方ではある疑念が生まれていた。
俺は一息付いてから改めて聞いてみる。
「なあ、なんでそこまでして見たいんだ? ちゃんとした理由があるなら考えてやってもいいんだが……」
これに対し美奈は少し顔を赤らめつつ、
「理由? ……それはあんまり言いたくないかな」
と、言うのだった。
しかし、それでは全く埒が明かないのである。
強行的に秘部の開帳をねだり、その理由も言わないのであれば、こちらとしても軽々に出したところで失う物こそあれ、得られる物は一切にない。
「いいから、兄さん。これは可愛い妹のお願いなんだよ? 早く、出して。早く、見せて」
「お願いの内容が可愛くないんだよな……」
では、と話題を変えることにした。
「お前、さっき言ってた、男性恐怖の理由ってのはなんなの? 俺が知ってるみたいなことを言ってたけど、俺は聞いたことないぞ」
ええ……? と何やら迷惑そうに眉をひそめる美奈であった。
こいつ、こんなに面倒な性格だったっけ?
「兄さん、またビンタされたいの?」
「なんでだよ。その理由ってのはスケベな話なのかい?」
まあ……と今度は赤くなる。
「あっ、わかったぞ! お前あれだな、再婚した自分の母と、俺の親父が色々と仲良くしているところを見てしまった、とかだな? うん、きっとそうだ。それ以来、男が怖くなったんだろ? うん、違いない」
言い終わると同時にビンタされる。
少し目に涙を浮かべながら美奈は、
「そうっ、だけど……! 大当たり、図星だけど! 言い方! 言い方が超感じ悪かった!」
「はは、悪い悪い。でも、それなら尚の事、ポコチンなんて見たくないと思って当然のところを、どうして見たがるんだ? え、どうしてポコチンを見たいんだよ」
「〜〜っ!!!!!」
顔を真赤にさせて、力を溜め込むようにする美奈であった。
「……あんまり、そういう言葉は言わないでっ!」
「え、そういうってなんだい? まさかポコチンぅぅ!」
今までで一番痛いビンタが張られる。
「……いたい」
「もう、兄さんなんて知らないんだからっ! 変態、スケベ! 露出狂!」
そう吐き捨てて、ばたりと扉を閉め、すっかり出ていってしまった美奈であった。
……なんだよ。
というか、なんだったんだよ。
結局、美奈とはわかり合うことが出来なかったような、虚無ばかりを味わっただけで終わってしまった。
ふて寝みたいにベッドに潜り込もうとすると、また扉がガチャリと開いた。
顔を覗かせて、
「ね、ねえ、まだ起きてるの?」
と、いつもよりも威勢が失われた感じで言ってきたのはアリスだった。
「なんだ……アリスか。いや、起きてるけど」
アリスは「そ、そう」と言っておずおずと部屋へ入ってくる。
今夜は来客が多いな。
「あのね……まだ寝ないなら、少し話をしない?」
「ああ、別に構わないけれど……」
言い淀んだ言葉尻には理由があった。
赤を基調とした、襟などにアリスらしいレースの意匠が入ったパジャマ姿だったからだ。
目を奪われてしまった。
驚くほどその姿はいじらしいものを感じられ、なんだか可愛かった。
女の子のパジャマ姿というのを間近で見た経験がなかったから、少し緊張してしまう。
それに加えて、ぎゅっと抱え込んだ何のモチーフかわからないぬいぐるみも、お姫様の無防備さを強調していた。
「あ、これはね、うさちゃんなの……」
抱き方を変えて、こちらに顔を見せてくる。
長い耳は経年により、すっかり垂れ下がってしまっている。
どれだけアリスがこのぬいぐるみを長い間、大切にしてきたかがそれだけでわかった。
「ねえ、今日言ってたことなんだけど……」
アリスはソファに腰を下ろしながら言う。
「今日言ってたこと? なんだろうか」
「あ、あの、あたしがお子様だとか……そんなにあたしって子供っぽい?」
今のアリスは普段と違って、どうもしおらしい。
落ち込んでいるとしたら元気付けてやらないと、と思うのだった。
「いや、あのときは言葉の綾というか……ああでも言わないと、俺の願望だと思われるだろ?」
「あっそう。で、どうなのよっ? あたしがもし誘ってきたら、本当ならどうするのよっ」
うわぁ……まためんどくさそうだ。
「実際にそうなってみないとわからないかな……うーんなんだか眠くなってきたぞ」
俺はこれ以上の追求を避けるためにも、布団を頭まで被る。
「ちょ、ちょっと! まだ寝ないって言ったじゃないのよ!」
「いや、急に眠たくなっちゃって」
「そっ、それなら、いいわよっ……!」
ぎしりとベッドが音を立てた。




