補正
やれる気がした。
それだけだった。
今まで出来たことも、いや、試そうとしたこともしなかった。
相手によって姿を変える。
順応する。
それが『孤立補正』なら出来ると思った。
故に最強。
そうだろう、俺。
右手を構えてみると、少し気配があった。
手のひらが痒いような、どうかするとナイフで切り裂き中を直接外気に触れさせたいような感覚だった。
「お前がもし、ドラゴンブレスをラーニング出来、それを放つことが出来たとしても、諸刃の剣だぞ?」
肩をすくめるような言い方だった。
「今、お前は竜属性を付与されているんだ。私のような上位魔獣ならまだしも、人間のお前がそれをやれば、相当なダメージを負うぞ」
「いや、それは違うな」
俺はレディドラゴンをしっかりと見据えた。
赤い瞳で。
「その目……そうか、私を取り入れたか?」
「ああ。なんたって、俺は最強だからな」
これくらい出来なきゃ……。
ここまでやらなきゃ……。
俺はこいつには勝てない。
疼く右手をそのままに、また、衝突するのでは、というくらいに近づく。
瞬間的な移動は、さっきよりも早くなっていた。
あの距離で放っていれば避けられただろう。
また、身動きを取れなくしてやる。
左手、ピンクの首根っこを掴む。
「くっ……やめろ!」
いいや、やめない。
想像よりも簡単に掌から波動となって、ドラゴンブレスはレディドラゴンに向かって放たれた。
俺の左手ごと焼き尽くすかのように浴びさせる。
「ぐっ……! ウオオッ……」
断末魔のような呻き声が聞こえ、見てみると、ルビーのような瞳は薄く閉ざされていた。
限界に近き左手を思い、掴んでいたのを離す。
本当に軽い竜だった。
地面に落ちたとき、かさり、と音がした。
――討伐完了――
公式アナウンスが流れる。
「あっけなかったな……」
一人、呟くように言った。
静寂。
一時はどうなるかと思ったが、思いの外うまくいって良かったと胸を撫で下ろす。
左手は、もう回復していた。
さあ、帰ろう。
これで終わりだ。
色々と。
「待ちなさい」
声のする方へ振り向く。爪。避けきれず食らう。
「痛っ!」
なんだこの痛みは。
最強状態でもまだ痛覚に働きかける攻撃があったのか?
「もうお前を甘く見たりなどしない……本気で滅ぼしてやる。弱き生命体よ!」
どうして?
討伐完了のアナウンスが流れたのに……。
「喰らえ!」
前後左右から赤みを帯びた衝撃波が向かってくる。
そう思ったときにはもう俺の全身を痛めつけていた。
「はぁ……! ぐぅ……!」
今まで受けたことのないような痛みと衝撃。
死ぬ?
もしかして、この一撃で……。
全身が焼けたように熱い。
その苦痛は皮肉にも、死んでいないとの証明でもあった。
痛みがありがたいと思ったのは初めてだった。
「……これでもまだ耐えるか」
肩で息をしている俺に向かって、吐き捨てるように言ったレディドラゴン。
「なんだよ、これは……! 死んだんじゃないのかよ!」
「ふん、幻想だよ。全てお前の」
あっけないと思った、あの終わり方は、幻想だったというのか。
「そして、これも幻想だ。お前は、この幻想世界の中に閉じ込められて、延々と痛めつけられるんだ」
なんだと?
さっきのも幻想で、これも幻想?
「そして、やがてお前は滅ぶ運命だ……私が何故八竜と呼ばれているか……何故危険だとし、古代の人間どもがひれ伏していたか。身を持って知るがいい!」
また衝撃波が襲ってくる。
「ぐぅっ!」
「ふふ、喘げ喘げ。これは竜殺波と言ってな、竜族を瀕死に追いやる波動だ。今のお前には気を失うほど痛いだろう」
言われた通りだった。
俺は飛びそうな意識を保つことが精一杯だった。
幻惑の中で、一つ気になったことがあった。
あの時、俺を誘惑するために現れた、見知った女たち。
俺があの中の誰か一人を選び、付いていくことまでは想像出来なかったのではないだろうか。
仮に幻想を見せ続けたいのなら、その後も用意していなければならないはず。
しかし、レディドラゴンと俺の親和性が要だったのではないか?
今も共有した記憶の延長のような風景だ。
もしも、想像の域を超えることが出来たら……?
ピンクの小竜は近づき、顔を覗く。
「もう、虫の息と言った感じね。やはり人間は弱い。どうしようもなく弱い。それなのに、一度でも私を打ち負かせたとの、それこそ幻想を抱くなど愚かだ」
俺は語りかけるように口を開いた。
「最高だよ……」
「は?」
「こんなに痛めつけられて最高だって言っているんだよ……」
レディドラゴンは理解に苦しんでいるようだった。
「アルバート・ハミルトン・フィッシュという人が居た。最悪の男だった。しかし、今なら奴の気持ちが少しわかるな。曲がりなりにもお前はレディ、女性だ。それに痛みを与えられ、その痛苦はこれまで味わったことのないもの……つまりだな、俺は今、最高に興奮している。性的快感を感じている」
「なっ、なにを言っている! 穢らわしい!」
俺は痛みに耐えて、ニヤリと笑みを作る。
「疑っているようだな……いいよ、見たけりゃ見せてやるよ!」
俺がズボンに手をかけた瞬間、ストロボフラッシュが焚かれたかのようになって、傷一つない自身が目に入る。
やはり、そうだったか。
レディドラゴンは後ろを向いて、
「最低だ! 下品な生命体よ! さっさと仕舞え!」
と、モジモジしている。
「ふっ……まだ、出してないぜ」
「え……?」
「でも、こっちを見ないほうが良いかもな……火を吹くぜ。俺のドラゴンが!」
我ながら下品過ぎて驚く決め台詞だった。
隙だらけのレディドラゴンに目掛けて、俺は幻想の中で散々食らった技をぶつけてやる。
「終わりだ。竜殺波!」
右手から赤ピンク色の衝撃波が思った通りの軌道を描き向かっていく。
声を発する間もなくレディドラゴンはその場に倒れた。
――討伐完了――
「やった……やりました! すごいです、藤堂さん!」
耳朶に染み入る如月の声が、これが幻想なんかではないことを証明してくれた。




