門番
アリス曰く、
「ガーゴイルは門番の役割よ。それなりに強くて、奥へ立ち入ることを防ぐために居る……八竜が主に召喚すると言われているの」
だとすると、このままダンジョンは増幅し、最終的には災害級ダンジョンへと変化する可能性があるのか。
「……では、一旦出入り口を塞ぐ形での配備に移ります。……ただ、確証を得るまでは災害級ダンジョンには指定しません」
如月はそう言って、端末を操作し、関係各所へと連絡を始めた。
「強力な魔獣が多いっていうのも気になるわね。主が強ければ強いほどその傾向はあるけれど……もしかすると、結構まずいかもしれないわよ」
珍しく弱気なことを言うアリスに俺は、
「まずいって、なんだよ」
と訝しげに聞く。
「魔獣の流出を防ぐだけで精一杯の可能性があるってこと!」
「管理局でも対応しきれないってことか?」
「うん……あんまり言いたくないけど、こないだのストーンドラゴンもまともに戦っていたら、相当な被害があったはずよ」
あのときはあんたに助けられたけど、とアリスは少し頬を緩めて言った。
しばらく連絡に専念していた如月がこちらに向き直り、言った。
「たった今、当ダンジョンを災害級ダンジョンに指定しました。あまりにも強力な魔獣の多さが主な判断材料でしたが、アリスの言ったことも踏まえての判断です」
ということは、ついに俺の出番か。
さっさと報酬を受け取って、隠遁生活でもしたいところだ。
「わかった。いつでも行けるぞ」
姿勢を正し、俺はそう言った。
しかし、如月は肩すかしに、
「あ、藤堂さんはまだ待ってくださいね」
と笑顔を投げかけてくる。
あら、まだ俺の出番じゃないのか。
「まだ、八竜の可能性があるだけですから。もしこれで八竜じゃなかった場合、我々は大切な切り札をヘンなところで使い収めてしまうことになりますからねえ」
そうですか。
少しがっかりして俺は所在なげにする。
「でも、本当に大丈夫なの? 確証を持ってからだと遅すぎない?」
アリスがそう言ったのは、管理局の被害を心配してのことだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。相手がなんであれ、正体さえわかれば対応できますから」
そういうもんだろうか。
まあ、俺は如月に従うことしか出来ないのだが。
前線の様子はすでにテレビ中継が始まっていた。
ダンジョン内部こそ入れないが、ダンジョンの入口付近、そしてそこから覗ける部分に関しては民放も撮影、放送が可能であった。
俺たちはそれに加えて、偵察部隊のリアルタイム映像を見ることが出来た。
今のところ魔獣が地上にまで出てこないのは管理局の攻略部隊が足止めしているからだ。
中はもう、魔獣だらけであった。
「ちょっと、何よこれ。いくら災害級とは言え、多すぎじゃない?」
アリスも同じことを考えていたらしかった。
「しかも、ベヒーモス系の魔獣ですね……これはやはり……」
「……八竜。本でみた」
いつの間にか俺たちの輪の中心に居た、操が古文書みたような本を開いて言う。
一斉に視線が集まる。
「なんか、すごい似ている状況の絵だな」
絵が大きく描かれており、色こそ着いていないものの、ベヒーモスのような魔獣、キマイラのような魔獣、そしてガーゴイルが描かれていた。
「はあ、確かに似ていますが、この小さな魔獣はなんでしょうか」
「……レディドラゴン、と書いてある」
「……レディドラゴン? この間のストーンドラゴンよりも更に小さそうだな」
俺は実際にストーンドラゴンをこの目で見ているから、なんとなくのスケール感は掴めた。
それにしても小さいだろ、との感想。
「これは、どういうドラゴンなんだ? 名前からは想像がつかないけれど」
「……ゆうわくのドラゴン、と書いてある」
誘惑のドラゴン?
惑わし、戦意を喪失させるみたいな感じだろうか。
如月が眉をひそめた。
「それは……ちょっとまずいかもしれませんね。特に藤堂さんは」
「俺?」
「ええ、だって藤堂さんチョロそうじゃないですか」
失礼なやつだ。
俺はそんな簡単には落とされないぞ。
「……たしかに」
操に言われると何も言えなかった。
最前線の様子は相も変わらぬガーゴイルが居るばかり。
その本のように、レディドラゴンというのが実際にお目見えすれば、対応も変わるのだろうが、今のところは拮抗状態だ。
「ガーゴイルのステータスを観測していますが、ダメージが一切通っていませんね」
無敵状態、ダメージ無効……というわけでもないのに、それは一体。
「……なあ、このガーゴイルの戦い方、不自然だと思わないか」
俺は違和感を口にした。
「二体居て、二体同時に攻撃を仕掛けてくることも、攻撃を受けようともしないというか……」
安易な考えだが、実体は一体のみ、という可能性。
「……!」
如月はそれを聞いて、すぐさま攻略部隊へ指示を出す。
「二体同時に攻撃をしてください。タイミングをなるべく合わせて、やってみてください」
さあ、これで何か変わるか?
攻略部隊の切り込みが二体同時に浴びせられた。
「……ビンゴですよ、藤堂さん!」
鋼鉄のような皮膚を持つガーゴイルだったが、初めて剣により、緑色の体液を滴らせた。
「これはめんどうね……どちらかが実体ってわけじゃなくて、二体とも実体で、二体同時に討伐する必要があるのかもしれないわ」
だとしたら、持つのだろうか……。
「ええ、体力勝負ですね」
もうかなりの時間が経ってしまった。
魔獣の足止め、ガーゴイルへの攻撃、どちらも疲弊し切っていると見えた。
能力者集団なだけあって、これまでは問題なくやってこれている管理局の部隊だが、いつ戦況がひっくり返されるかわからない。
そんなとき、煙草を咥えた広瀬がやってくる。
「如月、随分苦労しているみたいじゃないか。こんなのは第八に任せれば良いだろ」
第八……?
初めて聞いたナンバリングの部隊だった。
「第八はちょっと……」
如月は作り笑顔という感じだった。
「ふーん、まあ決めるのはお前だからな」
チン、とライターを開け、煙草に火を着ける。
「あの、第八って何? なんか困るような部隊なの?」
俺は気になり聞いてみる。
「あはは……まあ、そういう部隊があるんですよお」
如月は何か誤魔化すかのように言った。
しかし、横槍に広瀬が、
「管理局が誇る最強能力者集団だ」
と言った。
「え、最強?」
「ああ、最強だ。何せ、この如月部長女史の元々所属していた部隊だからなあ」
「へ? 如月さんが?」
ちょっと、と如月が止めにかかる。
「まあ、これ以上の話は如月が嫌がっているからやめておくが……」
気になったが、俺としても変に過去をほじくるような真似はしたくない。
「ガーゴイル討伐まであと少しです。それが終われば第八を呼ぶこともないでしょう」
やがてガーゴイルの体力が残り僅かとなったとき、
「ようやく門番を討伐ですねえ。長かったです」
と、如月は一息つくように言った。
そのとき、灰色の霧がカメラの視界を阻んだ。
「なんだこれは……」
全員が映像に釘付けになっていた。
やがて灰色は真っ白なもやへ変わり、ガーゴイルのステータスが全て回復していた。
「あっ……ホワイトウインドですね、これ」
如月は力無く言った。
なんだよ。
また最初からってことか?
しかし、次にカメラが抑えた映像には赤紫色、ピンクとも言える色の小さな竜を映していた。
――全員が息を飲んだ。
「これが……」
「……レディドラゴン」




