銃弾
壁はまるで切り取り線でも入っているかのように、黒い紙をカッターナイフで裂いただけに見えた。
その光を差し入れる隙間から顔を覗かせたのは少女。
ポニーテールの頭髪と、口を守るように布が巻かれているのが印象的だった。
「は? 誰だ? 忍者みたいな格好しやがって……!」
「それより壁が……鋼鉄の壁をどうやって?」
黒服たちが一斉に騒ぎ出す。
「ええい! うるさいぞお前ら!」
坂井田が今までとは違い怒声を張り上げた。
「……さて、君は誰かな?」
「……言う必要はない」
互いの間に妙な空気が流れる。
「そうか……必要がないか。では、こちらも理由なき暴力を振るうが、それも君には関係のないことだ……」
坂井田が指を鳴らす。
黒風がそれを合図に少女を取り囲む。
よく調教された動物のようだと思った。
その様子を成すすべもなく眺めていた俺の耳元で少女は、
「……助けに来た」
と、一言だけ言った。
「え、それって……」
疑問を口にしようとしたとき、
「かかれ!」
と、坂井田のゴーサインが出た。
戦闘にも長けているのか、黒服たちはフォーメーションみたようなものを咄嗟に組み、名も知らぬ少女へ襲い掛かった。
しかし、小さな光の粒が飛び、黒服たちは順番があるかのように「ぎゃっ」とか「うわっ」とか言いながら倒れていく。
「何が起きているんだ……?」
次々と兵を失っていく坂井田は焦りではなく、怒りで震えていた。
「役立たず……どいつもこいつも……!」
ほんの少しの時間で黒服は全員、床に突っ伏すような形となる。
「……次は、あなた」
少女はしっかりと坂井田を見据えていた。
その瞳には芯が一筋通っていたが、何か「こわれもの」のような危うさがあった。
「ぐっ……!」
坂井田はもはやこれまでだった。
少女は左手を構えて、右手で何かを弾くような素振りを見せた。
また、光の粒が飛んだ。
しかし、坂井田の眼前でそれは虚しくも弾かれてしまった。
「ククク……超強力防弾ガラスだっ……!」
いつの間にか坂井田の四方は透明なガラスによって守られていた。
「……ガラスなら」
そう呟いた少女はひょこひょこと坂井田に近づいて行く。
「お……おい! 貴様っ……何をするつもりだっ……!」
少女は、
「テレビで見た……」
と言いながら手際良くガラスの一部にガムテープで小さな円形を生み出していた。
「あとは……こうする」
「あっ……?」
火口が先の方に付いた、長いライターで炙り始めた。
「あ、それ、俺も知ってる。空き巣がそうやってガラスを破るって」
少女はなぜか耳を赤く染めて、
「……知ってた? ……恥ずかしい」
と、言った。
それからまもなく、熱せられたガラスの一部をこれまたどこから出したのか、ハンマーを使って綺麗に割って見せた。
「……ひっ!」
坂井田はもう虫の息だ。
「……おでこ、広い。……やりやすい」
何を言っているのかわからなかったが、次の瞬間、椅子ごと後ろに向かって坂井田は倒れてしまう。
振り返った少女は、
「それ、痛そう……」
と、俺の手首を拘束する金具を指して言った。
「……今、外す」
今度は、農家の軽トラに何故かよく積まれたままになっていることの多い、ニッパーのお化けのような大きな器具を使って破壊してくれる。
「それ、どっから出したんだ?」
「……ひみつ」
彼女のおかげで久々に自由の身となった俺は、空気の悪い部屋からとっとと抜け出したかった。
「……どうする? とどめ、さす?」
あどけない顔で怖いことを言う少女だった。
「いい、いい! とどめはいい!」
慌てて少女の持った短刀を仕舞わせる。
「ったく、それもどこから出したんだか……」
そこでようやく思い出す。
「そうだ、美奈が人質に取られていたんだ……!」
「あれは大丈夫……この会社お得意のフェイク動画……」
「え?」
「あなたの妹さんはもう保護されている……安心していい」
それを聞いて急に力が抜けるような思い。
「もう、勝手に外出するのはやめておこう……」
くのいちのような出で立ちをした少女は、管理局の人間だった。
めんどくさい、と如月に評されていた、図書室の所属だという。
「公共安全管理局書庫付図書室司書……御剣操……」
その突出した身体能力で隠密行動を得意とする、図書室の忍び、と呼ばれていることは後になって知ったことだった。
しかし、それにしても。
「なんでそんなのが司書なんだか……」
「……本がすき」
管理局の道中、気になって聞いてみる。
「それに、図書室っていう割にはなんだか即戦力な感じの人が多くないか?」
アリスもそうだし。
「……そんなことはない」
会話が弾まなかった。
操は「私は一発の銃弾」なぞと言い出しそうだなと思った。
それに「私の代わりはいくらでもいるもの」とも言い出しそうだった。
何故だか。
管理局に戻ると如月が少し怒っていた。
「藤堂さん! めっ、ですよ! 勝手に外に出るなんて!」
「悪かったよ……」
別に禁止されていたわけでもないのに、どうして俺が怒られないとならないんだ。
「まあ、とにかく無事で何よりです。妹さんも」
「ああ、そういえば妹も保護してくれたんだってな」
ええ、と言いながら如月は扉を開ける。
するとそこには容易されたかのように美奈の姿があった。
「兄さん……久しぶり」
「美奈、久しぶり。無事でよかった」
思わず駆け寄り、どちらともなくハグをしようかというそのとき、
バチン!
と、美奈がビンタをお見舞いしてくる。
「あっ、ごめんなさい! つい!」
「……いたい」
そうだった。
美奈は男性には近づけないという特殊能力(?)があったのだ。
それは兄弟の俺でさえ対象らしかった。
「あら、とっても仲良しなんですねえ」
どこを見たらそう思うのだろうか。
美奈にも俺と同じような部屋が充てがわれ、色々と落ち着くまでは管理局に保護してもらうことになった。
「うん、とりあえずは安心だな」
今日という一日を振り返りながら独りごちた。
――今日という……一日。
はっ!
そうだ、当初の目的を果たしていない。
思い出したからにはやらなくては気が済まない。
それが、若い男ってもんだ。
あのときは変に躊躇していたから良くなかったんだ。
それにもう誰も来ないだろう。
勢い良く全てを脱ぎ捨てる。
「聞いたわよ! 今日は大変だったらしいじゃな……なっ、なっ……」
……またか。
「〜〜っ!!!!!」
「待て、アリス! これには理由が!」
「……理由、しりたい」
操も居るのかよ!」
「……銃弾」
「へ?」
「……大きさが、銃弾」
そこまで小さくはない。




