着火
聞き捨てならない発言だった。
「え……今、なんて?」
「あ、いや、なんでもありませんよお」
笑顔で取り繕うとする如月。
そのとき、扉が開かれる。
「失礼します。如月部長、官房長官がお呼びです」
部長……?
それに、官房長官って、あの官房長官のことか?
「あ、はい。それじゃ藤堂さんは好きに過ごしていてくださいね。この部屋は好きに使って良いですから」
「あ、ああ……わかったよ」
忙しそうに部屋を出ていく如月だった。
うーん、謎が深まるばかりだ。
それにしても、部屋に一人で居るとなると途端にやることがない。
あまりにも手持ち無沙汰で、思い返すといつもこの部屋には自分以外の誰かが常に居たのだなと思う。
独りは嫌いではない。
むしろ、好きだと思う。
それは自分の能力とは関係なく、独りを愛するタイプの人間だからなのだろう。
しかし、何もない部屋だった。
好きに使うと言ってもあるのはベッド、椅子と机。ローテーブルにソファ……。
つまり、家具しかないのである。
ゲーム機でもあればよかったんだが……。
仕方無しに私物がまだカゴの中に残っていたので、それらの整理をこの際だからしておこうと思い立つ。
こうして見るとガラクタばかりだな……。
生家を出て、一人暮らしを始めた頃から今に至るまで、本当に金がなかった。
企業所属になって少し金が入ったときもあったが、それも一ヶ月分もらって終わり。
そう考えると第一隊長に少しでも同情したのは間違いだったのではと思えてくる。
右目を失ったとか言っていたが、それは自業自得だ。
俺だってクビにさえなっていなければ、今頃給料が入っていたに違いない。
「……焼き肉とか、食いたいなあ」
それにビール、最高だろうな。
管理局で出してくれれば良いのに、出てくるのは弁当屋に頼んであるらしい日替わりのもの。
別にまずいわけでもない。
文句はないのだけど、飽き足りない。
「あーあ、なんか嫌になっちゃったな」
そのとき、不意に思いつく。
俺のこのところ「夜の独り遊び」を一切していなかった。
天井を見る。
部屋の隅もくまなく確認する。
管理局ならこの部屋を監視していてもおかしくなかったが、どうやらこの部屋にカメラの類はないようだった。
「……やるか」
せっかくのプライベート空間、そして久々の独りだ。
こんなチャンスは滅多にない。
警戒しながらもズボンに手をかける。
いつ戻ってくるかわからない如月には特に注意しなければ。
こんなところを見られたらあいつのことだ、一生ネタにされる。
「藤堂さん、最高ですよお。ただでさえ情けないのに、自分でしこしこなんて、無様過ぎてたまりません〜!」
俺は頭を振って嫌な想像をかき消した。
パンツを脱ぎ終え、さてさっさと終わらせようと意気込んだそのときだった。
「ちょっといいかしら。――八竜について、あんたの……あ、あ、あん……」
アリスがタイミング悪く入室。
いや、本格的に始まっていなかったのは却ってタイミングが良かったのだろうか。
それにしても、どうしてノックくらいしないのだろうか。
「〜〜っ!!」
「待って、これには理由があって!」
「り、理由? 知らないわよ! 何度も何度も! いい加減にしなさいよ!」
扉のすぐ入ったところで騒いでいたせいか、
「ん、どうした」
と、通りかかっただけと思われる広瀬まで部屋に入ってくる。
「お、これが噂の。本当に見せたがりなんだな」
外ではやるなよ、一発アウトだからな、と余計なお世話まで言ってくる始末。
俺にはプライベートな空間ひとつ許されていないのか……。
そんなこんなで。
俺は気がつくと管理局を飛び出していた。
思えば誰に遠慮することもない。
外へ出るのは自由なのだ。
ただ如月からは、
「ダブルトレードは藤堂さんに手を出さなくなるかと思ったんですが、今までよりも懸命に探しているみたいですねえ」
と、言われてはいた。
それは遠回しに外出をせぬほうが良いとの忠告に近いものだと、薄々気付いては居たのだけれど、もう、一度火が着いたら止められない。
それが若い男というもんだ。
下半身の一部がトカレフと化した俺は「個室ビデオ店」を探していた。
手っ取り早いのはそういった店だった。
なに、トカレフはよく暴発するって?
余計なお世話だ。
以前通ったことのある道まで来て、確かこの辺りに店があったはずだと目を凝らして歩く。
店の看板ばかりに集中していたせいだろうか。
背後から迫ってくる何者かには全く気が付かなかった。
「よし、今だ」
そんな声がして、腰と腕を掬われた。
「あっ? なんだよ!」
口に布を突っ込まれる。
――黒服?
しまった。攫われる。
もう考える余地もなく俺はワゴン車に押し込められていた。
椅子には拘束器具が付けられていた。
身動きが取れない。
なんか、前も似たような目に遭ったような……。
「坂井田様、この男で間違いないかと」
「ふむ、どれどれ……」
見知った顔だった。
「あ、人事のおじさん……?」
黒服が一瞬焦ったような顔をして、
「き、貴様っ!」
と、怒りを露わにした。
「ククク……いや、いいんだ」
坂井田と呼ばれている男は気にするなと言わんばかりだった。
「この男は何も知らんのだ。そう怒ることはない」
暗い部屋、明かりはスポットライトのように俺だけを照らしていた。
この男は何者だろうか。
俺を第一にスカウトした人物だ。
それだからダブトレの者には違いないが、単なる人事の男が、黒服よりも地位が上とは到底思えない。
「あんた、人事のおじさんってわけじゃなさそうだな」
坂井田はゆっくりと正面にある椅子に腰を下ろした。
「さあ、藤堂くん。少し話をしようか」




