空気みたいな女だと言われたけど、まったくもってその通りです
「それで殿下。お話とは?そしてそれはお連れの女性も必要なことなのですか?」
私はエアリーナ・フーヤ。フーヤ伯爵の娘で、王太子の婚約者だ。
緑がかった白い髪が特徴的で、これはフーヤ一族の特有のものだ。これはご先祖様に精霊がいたせいだからと言われており、真偽の程は定かではないがこの髪の色だ。信憑性は高いのではないかと思っている。
そんな私の婚約者のはずの王太子に話があると城に呼ばれたのだけど、しかし私を待っていたのは王太子のシャイル殿下とそれにぴったりくっつくように寄り添う派手なドレスの女性の二人だった。
長い金髪と碧眼を持つ乙女が夢に見るような美しい顔立ちをしたシャイル殿下と栗色の髪をした目を引く美人は揃いでこしらえた人形のようにお似合いの二人になっている。
しかし婚約者は私のはず。おかしすぎる位置関係だ。
私の指摘に殿下は顎を反らして、まるで小馬鹿にしたように笑った。嫌な感じだ。
「ああ、必要だとも。彼女は俺の新しい婚約者だからな!」
「新しい……?どういうことです。あなたの婚約者は私のはずでしょう」
「お前との婚約は破棄すると言っている。こんな地味で空気のような女と結婚するなんてまっぴらごめんだ!俺はこのアレクサンドラ・ザニアと結婚する!」
ザニアといえば、ザニア男爵家だろうか。王家に嫁ぐには少々釣り合いの取れない家柄だが、そんな無理も通したいくらいに殿下にとって彼女は魅力的らしい。
確かに、私の影はとんでもなく薄い。いるのにいないと思われて探されたりするし、声をかけたら『いたのか』とびっくりされたりする。
殿下が地味で目立たない私のことをあまり好ましく思っていないのは知っていた。
けれども、私と彼の婚約は殿下個人の意思でどうこうできるものではないのだ。何を考えているのか、それともなんにも考えていないのか。私が絶句していると、すごい勢いで部屋の扉が開いた。
「シャイル!お前は何を言っているんだ!エアリーナ殿に謝れ!」
「父上だってエアリーナのことを空気のようだと言っていたではありませんか!」
「馬鹿者!わしはそんな意味でそれを言ったのではない!……ああ、エアリーナ殿、本当に申し訳ない!息子がこんなにも愚か者とは思わなかった」
やって来たのは国王陛下だ。そのすぐ後ろには王妃と殿下の弟である第二王子もいる。
本当なら婚約破棄されそうな私がカウンターをしなければいけないところをそれより先に陛下が割って入って、ブチギレ顔で息子を叱りつけた。
けれども、恋に盲目な男にはあまり効果がなかったようだ。間髪入れずに言い返してきて、陛下は文字通り頭を抱える始末だった。
「いいんですのよ、陛下。私としても本当に結婚する前にぶちまけてくださって助かりましたわ」
「エアリーナ殿……。シャイル、お前とエアリーナ殿の婚約破棄は認めよう」
「わかってくださったのですか、父上!」
「馬鹿者!わかっておらぬのはお前の方だ!お前は廃嫡とする。その娘の家に婿入りでもなんでももう好きにするといい!」
「な、なぜです!?もうフーヤ伯爵家の力を借りる必要もないはずでしょう?婚約だって必要ないはずだ!」
少し前、この国は突如として大量発生した魔物に困らされていた。それを先陣切って退治したのがフーヤ伯爵家。魔法が得意な我が家のお父様とお兄様方が指揮を執ってばっさばさと魔物を倒してくれたおかげで、この国は再び平穏を取り戻したのだ。
その際に私とシャイル殿下の婚約が結ばれたのだけれど、殿下はもう魔物がいなくなったのだから私と婚約する必要はないと考えたらしい。
でも、それは間違いなのだ。
「馬鹿者!」
陛下の声が再び部屋を震わせる。
「魔物の死体から発生した瘴気を浄化し、我らをその瘴気から守ってくれているのはエアリーナ殿だぞ!彼女は我々にとって空気と同じ、なくてはならない存在なのだ!」
瘴気は魔物以外の生き物にとっては毒だ。それから国を守るために私は魔法を使っていた。おそらく、私の祖先の精霊は風の精霊で、私は先祖返りしたのだろうと言われている。ここまでの芸当をできる人間は一族の中にもいないからだ。
そして、影が薄いのも人間としての気配が希薄なせいらしい。
それにシャイル殿下は初耳ですと言わんばかりの顔をする。隣の女性も同じ。
「なんだって……?」
「お前にも説明していただろう!何を聞いていたのだ……」
がっくりと肩を落とす陛下。たぶん、何も聞いてなかったんだろうな。勉強嫌いで難しい話は聞き流すシャイル殿下にはありそうなことだ。
「此度のこと、本当に申し訳なかった。そなたには改めてもっといい縁談を用意しよう。もしエアリーナ殿が望むなら新たに爵位と領地を与えて、婿を取れるようにしてもいい」
「いえ、いいえ。そのお気持ちだけで十分ですわ、陛下。そして心配なさらないで。祖国のためですもの、変わらず尽力いたします」
陛下は今や膝をついて私に謝罪をし、王妃も泣きそうな顔でそれに倣っている。
怒らせたらすぐさま私が浄化魔法や国民を守る防御魔法を解除すると思われているようだが、この国には我が家もあるのだ。シャイル殿下の言動に苛つかなかったと言ったら嘘になるけれど、それで国を滅ぼすような真似はしない。
それより、自分の親ほどの年齢の人を跪かせて泣かせているのはどうにも落ち着かない。早く立ち上がってくれと手を差し出していると、その背後から影が差した。
第二王子でシャイル殿下の弟君、マリオン殿下だ。
黒髪と緑の目をした穏やかな印象の美男子で、文武両道で思慮深く、この国に長子継承制さえなければという声も少なくない方だった。
「ど、どうかなさいまして?」
「プロポーズに参りました」
「プロポーズ……?」
聞き間違いかと。思わず聞き返した私に、マリオン殿下は真面目な顔をして頷いた。
「はい。兄上とよりを戻す気がないのなら、私の告白を受けてはくださいませんか。あなたのことをずっとお慕いしておりました」
「私を……?」
「ええ。兄上の婚約者だからと諦めていましたが、こうなったら話は別です。誰よりも大切にします。だからどうか、私の手を取ってはいただけませんか」
マリオン殿下だけじゃない。この場にいる誰もが固唾を飲んで私の返事を待っている。
マリオン殿下は私にとって安心できる人だと思う。見失われがちな私のことをいつも忘れないでいてくれて、影が薄いことを諦めている私に代わって『彼女がいる』と声を上げてくれた人だ。
嫌いなわけがない。
「空気と呼ばれた私でいいの?」
「私はあなたがいないと息ができない」
「それは、そうね……」
「あ、いや!そうではなく!そうでもあるんですが!」
さっきまで完璧にカッコよくキメられていたのに、途端に慌て出すマリオン様がおかしくて、愛おしい。
ついつい声をたてて笑ってしまって、返事をするのはもう少し先になりそうだった。




