お~ほっほっほ。古典的令嬢は上品な笑いと共にすべてを解決する
「どうしたものだろう……」
ああ、困った。本当にどうしたらいいんだろう。
もうずいぶんと長い間、雨が降っていない。
このままでは作物は枯れ、食べるのに困ってしまう。
度重なる干ばつで枯れ果てた池の前で肩を落としていると、ふいにドンドンと低い重低音が響き渡った。
「な、なに?!」
驚いて周囲を見回すと、見事な金髪を盾ロールにした貴族の女性の方が、見たことのない楽器と共に奇妙な踊りを踊っている。
「お~ほっほっほ! 雨乞いならわたくしにお任せあれ! いまに雨を降らせてみせましょう!」
輝く汗を飛び散らせながら、真っ赤なドレスで激しい踊るお嬢様の姿に目が点になる。
「ほら! そこの貴女! 貴女も踊るのです! これは東の島国に伝わる由緒正しい雨乞いの儀式なのですから!」
「は、はいっ」
お貴族様の言葉は絶対だ。びし、と畳んだ扇で示されては、一平民である私など逆らえない。
見よう見まねでお嬢様の隣にで踊りだす。
どんどんという低い音に、ぴーひゃらという間の抜けた音が重なっている。
(あれ、でも案外楽しい……?)
踊っていると悩みが吹き飛んでいく。
日照りが続いてお先真っ暗だと嘆いていたが、こうなってくるともうどうでもいい気がしてきた。
思わず笑みを浮かべると、隣で踊っていたお嬢様が上機嫌に笑う。
「貴女、中々やりますわね! 負けませんわ!!」
タン! と高いヒールで地面を蹴って、ますます激しく踊りだしたお嬢様に従って、私も踊る。
ずいぶんと長いこと、音楽に合わせて踊っていたような気がする。
一瞬のような、永遠のような。体力の限界が近づいてきたころ、顔になにかがあたった。
「え?」
ぽつ、ぽつ。雨が、降っている。
「っ!」
空を見上げれば曇天が広がっていて、少しずつ雨脚が強くなっていく。
五分もすれば、ざあざあとしっかりとした恵みの雨が降ってきた。
「こんなことが本当にあるなんて……!」
思わず踊りを止めて立ち尽くした私はとめどなく降り注ぐ雨に、歓声を上げた。
隣では満足げなお嬢様が、雨に濡れるのも構わず自慢げに腕を組んでいる。
「お~ほっほっほ。わたくしにかかればこの通りですわ!」
「貴方様はなんというお方なのですか?!」
雨乞いを成功させるなんて、もしかして聖女様なのだろうか。
目を輝かせて問いかけた私に、お嬢様は水で重くなった髪を払って、にこりと笑う。
「わたくしはドロッセル・シュザンヌ・ロビック! また困ったことがあったらわたくしの名を呼ぶのです!!」
「はい!!」
大きく頷いた私に、満足そうに笑って、ドロッセル様が声を張り上げる。
「さあ! 次は北へ! あちらは水が足りないそうですわ!」
ドロッセル様のおつきの人たちが素早く楽器を片付け、いつの間にかそこにいた馬車に颯爽と彼女は乗り込んでいった。
ああ! なんて素敵な女神様!!
▽▲▽▲▽
「どうしたもんかな」
畑の前でガリガリと頭を掻く。
この土地では三か月近く、雨が降り続いていた。
俺が育てている芋もそろそろダメになる頃合いだ。
元々雨が多い地域だから、雨に強いと行商人に言われて大枚はたいて買ったのになぁ。
「聖女様の晴れ乞いも効果がないんじゃあ、お手上げだよ」
わざわざ王都からきていただいた聖女様の祈りすら天には届かず、雨は止まない。
このまま飢え死にするのが先か、川が氾濫して村がつぶれるのが先か。
唯一わかるのは、俺の人生のお先が真っ暗だということだ。
何度吐き出したかわからないため息を再び吐いていると、ふいにじゃんじゃんとにぎやかな音が耳朶に届いた。
「?」
不思議に思って周囲を見舞わすと、見事な金髪を縦ロールにした貴族の嬢ちゃんが、真っ赤な派手なドレスを泥に汚しながら、奇怪なダンスをしていた。
「なにをやってるんだ……?」
嬢ちゃんの後ろで叩かれてるあれは、たしか太鼓というのだ。
行商人が馬鹿みたいに自慢していたから知っている。
ついでに、横にして吹いているのは笛というものじゃないだろうか。どちらも東の果ての国の名産だと嘯いていた。
「嬢ちゃん、頭大丈夫か?」
「お~ほっほっほ! 少しお待ちくださいね。いまに雨をやませてみせましょう!」
「いや、でも聖女様でも無理だったのに……」
無駄なことはやっても意味がない。
そう思って止めようとした俺の前で、激しいダンスを踊りながら、嬢ちゃんが豊かすぎる胸を突き出すようにして張る。
「お任せください! 晴れ乞いには自信があるのです!!」
「はあ」
まあ、それで気がすむならいいんだが。
どうせ雨が止まなければやることもない。
畑の柵に軽くもたれかかって、俺は嬢ちゃんの奇天烈だが、どこか優雅さを感じるダンスを見る。
「そこの貴方も、踊るといいですわ!」
「いや、俺は」
「踊るのです!!」
強い口調で言われると断れない。
貴族様の命令を無視するほど命知らずではないからだ。
しぶしぶ俺はその場で適当な踊りとして体を動かしだす。
嬢ちゃんは雨で張り付く髪や服を気にした様子もなく、激しいダンスを続けていた。
十分ほど続けて、そろそろ気が済んだだろうかとふいに視線を空に向けて、目を見開く。
「……は?」
空に雲の切れ間があった。
久方ぶりにみる太陽が顔をのぞかせ、雨足も弱くなっている。
信じられない気持ちで嬢ちゃんに視線を戻すと、彼女はまだまだ踊り続けていた。
こうなってくると、なんだかもう、神様にでも出会ったかのようなふわふわした気持ちになってきて、楽しくなって踊りだしてしまう。
雲の切れ間から太陽が差し込むほどに、気分も上向く。
「貴方! 中々いいセンスをしているわ! 王宮でダンスが踊れてよ!」
「そりゃあ、ありたがいね!」
心底楽しそうに笑うお嬢ちゃんにつられて、久しぶりに笑顔が零れ落ちた。
これで、家族を養っていける。未来は切り開かれた。
「貴族のお嬢ちゃん、何て名前だ? 村長に報告しねぇと!」
「わたくしはドロッセル・シュザンヌ・ロビック! また困ったことがあったらわたくしの名を呼ぶのです!!」
ビシ! とこちらを扇で差してポーズを決めたドロッセルお嬢ちゃんに、俺は晴れやかに「ああ!」と頷く。
そのままどこからかやってきた馬車に乗って去って行った姿を見送って、俺は「女神様っているんだな……!」と感慨深くぼやくのだった。
ところで、女神様。ダンスはいつまで踊ればいい?
▽▲▽▲▽
わたし、死ぬんだ。
ここは冷たくて、暗くて、怖い場所。
突然地面がぐらぐら揺れて、気づいたら真っ暗なところにいた。
多分、家が崩れたんだ。
小さな隙間があったから、辛うじて死んではいないけど、時間の問題だと思う。
泣きたいのに、涙は出ない。だって、泣いても誰も助けに来てくれない。
お腹も空いたし、喉も乾いた。きつくて辛くて、吐きそうなくらい気持ち悪い。
「お~ほっほっほ! わたくしが参りました! 瓦礫の下にいる皆さま、歌ってくださいませ! 歌が聞こえてくれば、助けて差し上げられますわ!!」
突然響き渡った綺麗な声に、びっくりして膝にうずめていた顔を上げる。
「う、歌? この状況で……?」
とても歌う気分じゃない。でも、歌ったら助けてくれるって言ってた。
少しでも可能性があるなら、信じたい、と思った。
だから、必死に歌った。
お母さんが寝る前に歌ってくれる子守唄を、歌い続けた。
何度も何度も歌っていると、歌が三周したあたりで「ここですわ!」と声がして、目の前の壁が退けられた。
「っ!」
「大丈夫ですか? よく頑張りましたね」
金髪を綺麗な盾ロールにした、青い目に真っ赤なドレスの女の人が、そっと私に手を伸ばしてくれた。
恐る恐るその手を掴むと、意外にも力強く引き上げられる。
頬を泥で汚しているけれど、学のないない私にだって、この人が貴族だってわかる。
びっくりしすぎて声が出ない。
「一人助けましたわ!」
その人が大声を上げると、歓声が上がった。
周囲を見回すと、見知った大人たちが瓦礫の上でガッツポーズをしている。
助けようとしてくれていたんだ。
それがわかると、とても嬉しくて、同時に、涙が止まらない。
思わず目の前にいたその人に抱き着いてしまった。
「めがみさま! おなまえ、おなまえはなんていうの?!」
「お~ほっほっほ。わたくし、女神ではありませんが、ドロッセル・シュザンヌ・ロビックと申します。また困ったことがあればわたしくの名を呼ぶのです!」
テンションに反して優しい手で、そっと頭を撫でられる。
私はぎゅうと抱き着いたまま「うん!」と返事をした。
女神じゃないなんて、嘘。ドロッセル様こそ、私の女神様!
▽▲▽▲▽
綺麗な水が、飲みたい。
切実にそう思う。うちにはまだ小せぇチビたちがいる。
汚れた川の水で腹を壊して死んじまったらと思うと、恐ろしくて与えられねぇ。
村の唯一の井戸が枯れて、喉が渇いたと騒いでいたうちは良かった。
ここ数日、もう騒ぐ元気もなく、ぐったりとしている。
このままじゃ死んじまう。でも、隣の家の赤ん坊が川の水で腹を壊して死んだばかりだ。
一か八か、川の水を飲むか。迷いながら一縷の望みに縋って枯れた井戸に足を運んだ俺は、そこにこんな西の辺鄙な村にいるはずのないド派手な人間を見て眉を潜めた。
「お~ほっほっほ! わたくしの土魔法を使えば、この問題は解決ですわ!」
村長と並んで立っているのは貴族でしかありえない綺麗な金髪を縦に巻いた、真っ赤なドレスの女だ。
何をする気だ、と眉を潜める俺の前で、その女が地面に膝をつく。
村長が慌てているがの見える。
そりゃそうだ、お貴族様の服を汚したなんて難癖付けられたら、カンタンに殺されちまう。
かかわらねぇほうがいい。
そう思って物陰に隠れた俺の前で、地面に手を押し付けたまま、女がなにかをぶつぶつと言っていた。
「お任せあれ! わたくしが死ぬ気で訓練した土魔法で……! ほら! この通りですわ!!」
自信満々によくわからないことを喋っている女の前、井戸の隣で地面が割ける。
ありえない。なんだこれ。
もしかして、魔法って本当にあったのか?!
貴族だけが使えるって父ちゃんが話してた!!
「きちんと井戸の形に整えますわ!」
ぐにぐにと地面が波打ち、少しずつ盛り上がって形を作っていく。
石でできた井戸と同じ形をとった二つ目の井戸に、俺は思わず飛び出した。
「水が飲めるのか?!」
こっちの足元をみた行商人が吹っ掛ける、バカみたいな値段の水を買わなくていいのか?!
井戸に駆け寄って覗き込むと、下には確かに水が見える。それも、澄んだ綺麗な水だ。
「水源は枯れてはおりませんでした。ただ、少し勢いが落ちていたので、深く掘りなおしたのです!」
「お前、すっげーな!!」
「こら! 貴族様になんて口を!!」
ごん! と村長に頭を殴られた。よろけた俺の前で、貴族の姉ちゃんが笑っている。
「あらあら、元気があってよいことではありませんか」
「なあなあ、お前なんて名前だ?!」
「わたくしはドロッセル・シュザンヌ・ロビック! また困ったことがあったらわたくしの名を呼ぶのです!!」
「わかった!!」
興奮して何度も頷く俺の頭を、ドロッセル様がなでる。
村長のくそジジイとは違う、柔らかくて暖かい手だ。
「では、わたくしはこれで! なにかあればご連絡くださいませ!」
「おう!」
「言葉遣いというとろーが!」
ドロッセル様、覚えた。俺たちにとっての、女神の名前だ!
▽▲▽▲▽
「ドロッセル様」
「あら、なにかしら」
お屋敷への帰りの馬車に揺られるドロッセル様に静かに話しかける。
傍付きのメイドとして仕えて十年。ドロッセル様独特の破天荒な行動には慣れているけれど、毎回いさめるような口調になってしまう。
「女神ムーブはほどほどにしていただかなければ、今ではドロッセル様は聖女より敬われておりますよ」
国民の誰もが、直接手を差し伸べ助けてくださるドロッセル様を慕っている。
それは良いことなのだが、危険もはらんでいる。だから、どうしても苦言を呈さなければならない。
「お~ほっほっほ! 女神の称号はくすぐったくはありますが、望むところですわ!」
豊満なお胸を張るドロッセル様に、思わず笑みがこぼれる。
誰を敵に回しても民に手を差し伸べる。
そんなこの方を、心から尊敬している。
だって、ドロッセル様は人買いからわたしを守ってくれた、わたしの女神様だから!!
読んでいただき、ありがとうございます!
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