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97 乱れ

「……アリア、まだ返事は聞かせてもらえないか」

エルヴィンの懇願するような眼差しに、心臓が大きく鳴った。


「……私……その……」


彼のことを異性として意識しているのは自分でも分かる。彼が私に示す愛情を嬉しいと思っていることも。それでも、義理とはいえ、私とエルヴィンは兄と妹だ。その関係性が、私の気持ちにあらかじめ蓋をし、歯止めをかけている。そんな感覚だった。


「すまない。そんな顔をさせるつもりではなかった」

彼は一瞬だけ目を伏せ、そっと私の手を取った。

「このところ、おまえが私の手から離れたように感じて、少し焦っていた」


私はおもむろに口を開く。

「お義兄様の気持ちは、うれしく思っているんです。でも私は、義理とはいえ妹です。だから、どうしてもお義兄様のことを家族として見てしまって、それ以上に――」


そこまで聞くと、エルヴィンは「ああ」と小さく頷いた。

「そのことだが――おまえの父であるロウの子爵家を、再び立たせられないかと考えている」


……え?


「ロウにも了承を得た。あとは皇帝陛下の御裁可を待つだけだ。おまえがロウ子爵に養女として入れば、名実ともにロウの娘になれる」


いつの間にそんな話が進んでいたの?ロウお父様、手紙では何も言っていなかったじゃない。実の娘に相談も無しだなんて、秘密主義にもほどがある。けれど――確かに、私がアザル公爵家の一員でなくなったら、もっと自分の気持ちに素直になれるかもしれない。


でも。待てよ。元々、私が養女になったのって、(ハウス)の名を残すためじゃなかったっけ。私がいなくなってアザル家は大丈夫なんだっけ?


「お義兄様、公爵家はどうされるのです?私が婿取りをしないと、アザル家が……」

「心配ない。そのことも考えてはいる」


エルヴィンは言いにくそうに、言葉をはいた。

「元々、公爵である私が伴侶を持たずにいたのが、この混乱を招いた。私が、誰かを選べば良いだけの話だ」


さらなる衝撃が落ちる。エルヴィンが、誰かと結婚する。(ハウス)を維持するために。そりゃ、そうか。この国の筆頭公爵であるエルヴィンがいつまでも独り身を通せるわけがなかったんだ。貴族にとって婚姻は義務だもの。エルヴィンとは、いつまでもこのままでいられるような気がしてたけど、そんなことはない。時は刻々と関係を変えてゆく。


「そう……ですか。お義兄様は、結婚されるのですね」

「……いやか?」

「いや……ではありませんわ。少し驚いただけで……お義兄様が幸せになれるのであれぱ、喜んでお祝い申し上げます」


さっきまで温かかったはずの胸が、冷たくなっているのが分かる。急に、エルヴィンが遠い存在になった気がした。


「アリア……そうではない」

「え?」

「私と結婚するのはいやか?と聞いている」

「……え?」


「私に娶られるのは、いやか?」


思考が、停止した。


「おまえがロウの娘になれば、私はおまえを娶ることができる。身分の差はあるが、おまえは黎明星の乙女でもある。帝国も乙女をこの国につなぎ止めておきたいと考えているはずだ。それに――子爵家の娘となれば、皇家の縁談の波からも外せる」


「……え?」


ちょっと待って。いつの間に、そんなところまで考えてたの?さすが、仕事ができすぎる義兄というべきか。でも、こんなところで急にサラッと言うのってどうなの。これってもはや、プロポーズじゃない?感情のジェットコースターが激しすぎて、ついていけない。


ぐったりとした私を見て、

「すまない。また、焦りすぎているな。おまえの意に反することはしない」とエルヴィン。


衝撃的過ぎて、話を受け止めるだけで精一杯だ。それでも――。


「どちらにせよ、お義兄様の妹でなくなるのは、少し寂しいですわ」

「おまえはすでに、私にとって妹ではない。――誰よりも愛しい女性(ひと)だ」


そう言うと、彼はそっと私の手を握ったまま、耳元に口づけた。

「気長に待とう」


耳元が、熱い。彼に触られたところが一気に熱を持ち、主張を始める。その熱は胸にも、顔にも広がった。


「お義兄様、困ります……」

「私もだ」


予想外の返答だった。思わず、笑ってしまう。すると、エルヴィンもくつくつと声を出して笑う。その声は軽やかで、胸に溜まっていたものがほどけ、心が一気に軽くなった。


穏やかな丘に、柔らかな笑い声が響いた。


「そろそろ戻ろうか」

「はい」


私は彼の手をとった。


帰り道、彼の腕の中で、私は考える。


いま、この時、兄妹でなくなったら、私はどうするんだろう。少し考えてから、彼の体温に当たり前のように身を任せてしまっている自分に気づいた。


そっか。

たぶん、私は、とっくの昔から――。


その先を想いながら、私は静かに彼の腕の中で呼吸した。


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