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86 父の記憶

魔導陣の上には、金の髪の美しい女性、そして紫の髪の小さな女の子の映像が映しだされた。


「私は、もともとエリドゥの侯爵家の次男でした。政務よりも“黎明星”という存在に強く惹かれ、若い頃、セレスティアへと留学しました。そこは、聖女伝承や古文書の解析を行う小さな学術院で……私はそこで、妻と出会ったのです」


先ほどまでの厳しい表情が消え、柔らかな光がロウの瞳に宿る。


「妻は誇り高い家に生まれた娘でしたが、家の教えよりも、祈りの意味を探ろうとする心を持った人でした。……ふたりで研究を語り合う日々は、私の人生で最も満ち足りた時間だった」


腕の中で眠るアリアを見つめ、エルヴィンはゆっくり瞬きをした。

アレクセイは腕を組んだまま、リュシアンは目を伏せて、話に聞き入っていた。


ロウは続ける。

「しかし……妻の家は、私との結婚を認めてくれませんでした。身分ではなく、“運命”を理由に、です」


「運命?」

ヴァルデルが眉をわずかに寄せて呟いた。


ロウが魔導陣を消すと、家族の笑顔が静かに消えていった。

「妻の家は――オリア以前に、複数の巫女を輩出してきた家系でした。巫女は血統では決まらない。しかし、巫女が出やすい家系というのは、少ないながらも存在するのです。妻の母親もまた、そのわずかにあった巫女の力で、未来を感じ取っていたのでしょう」


「それでも、彼女はあなたを選んだのか」

アレクセイの問いに、ロウははっきりと答えた。


「はい。迷いなく」

その声音には喜びがあった。


「結局、私たちは駆け落ち同然でエリドゥに戻りました。そこで私は子爵としての位を得て……まもなく……アリアが生まれました」


微笑とも痛みともつかないものが、ロウの顔を過った。

「アリアは、よく笑う子でした。妻に似て、春の風のような子で……家は小さくとも、私たちは幸福でした。しかし、――アリアが五歳になったとき、“黎明星の乙女”の力が発現したのです」


祈りの間の空気がわずかに刺す。


リュシアンのまぶたがゆっくりと開き、美しい金の眼があらわになった。

「あなたは魔導院にも、皇家にも届け出ずに、アリアを“隠した”。それは――虚星に狙われると知っていたからですね」


ロウは目を閉じ、小さく頷く。

「ええ。黎明星の伝承を研究していた私たちは、知っていました。虚星は必ずその乙女を喰らおうとする、と」


アレクセイが低く問う。

「……それで、逃がしたというわけか」


「妻と私で話し合い、決めました。アリアを守るために――この世界からいったん“遠ざける”しかない、と。妻には巫女としての素質がわずかにありました。彼女の命を賭けた祈りは届けられ、アリアは、虚星の手の届かぬ世界へと渡った。……だが、力を使い果たした妻は、そのまま亡くなりました」


ロウの声が途切れる。

「私は……セレスティアに逃れました。虚星と、アリアの存在を追う者たちから身を隠すために。妻と古くからの知り合いだった星央殿のミレイナ神官長が、私をここにかくまってくれました。ここであれば、黎明星の乙女や虚星の情報も手に入りやすい。ちょうど良かったのです」


エルヴィンがふいに静かに問うた。

「……アリアが幼いころ、アザル公爵家に来ていたのは?」


ロウはわずかに目を細め、懐かしげに微笑んだ。そして、ぱちりと指を鳴らす。とたん、ロウの髪が金から薄紫へと変わった。


「私は、アザル公爵家の遠縁にあたるのです。先代公爵――あなたの父親とは、全く性格が違うのに、若いころから気が合った。よく屋敷に招かれました。……アリアもあなたと遊ぶのが好きだった」


エルヴィンの瞳がわずかに揺れた。


ロウは、彼に向かって優しく言った。

「大きくなりましたね、エルヴィン。あの頃、アリアの手を引いて庭を走っていた少年が……今では、国を背負う騎士だ」


エルヴィンはわずかに眉を伏せ、静かに答えた。

「……アリアが、再び私の前に現れるとは思っていなかった」


ロウは、穏やかに言う。

「それもまた、星々の縁なのでしょう。私もまた、あの子に会えるとは思っていませんでした」


「あなたが生きていると知ったら、アリアは喜ぶでしょう。ずっと、ご両親の行方を気にされていた」

リュシアンは優しい眼をして、呟いた。


ロウは少し気を落としたように下を向く。

「どうでしょうか。親に見捨てられたと思っているかもしれません。ただ、それでも良いんです。アリアが無事ならば。彼女は、守られるべき“黎明星の乙女”。しかし同時に――私の妻が命をかけて守った、たったひとりの娘です」


ロウの言葉に、誰よりも強く反応したのはエルヴィンだった。無意識に拳を握りしめる。


アレクセイが椅子から立ち上がり、アリアを見下ろした。

「であればこそ……これからは我らが護ろう」


リュシアンが息を吐き、指先で空間に小さな魔導式を描いた。

「アリアには、すべてを話すべきでしょう。それに、虚星…イリヤが、まことにアリアの“守護星”であるならば、限りなく細い糸ですが――救える可能性はまだあります」


ヴァルデルが視線をアリアに落としながら言った。

「……どんな未来を選ぶかは、彼女の心で決まる」


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