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無能と呼ばれた妹は、完璧な義兄の愛で帝国を救う  作者: おりもきた
セレスティア神聖国 =ふたりの聖女=
84/95

84 イリヤと約束

私は、イリヤに、彼が虚星となって帝国を苛む未来を伝えた。


彼は黙って聞いていたが、言葉を重ねるごとに、その表情は徐々に翳りを帯びていく。


「……だから、君は僕のことを気にしていたんだね」

「黙っていて、ごめんなさい。でも、本当にあなたのことが――」

「大丈夫。分かってるよ」


イリヤは静かに息を吐いた。

「……これまでの僕なら、きっと虚星になっていたかもしれない。でも、今は違う。君という光を知ったから。僕は虚星には、ならないよ」


淡々としているのに、その声には一切の迷いがなかった。


「でも、もし……運命を変えられなくて、僕が虚星になってしまったら――」

悲しげに微笑む。

「そのときは、君の手で僕を終わらせてほしい」


それは、鮮やかな日没の美しさにも似ていた。


「そんなお願い、聞けるわけないじゃない……!」

思わず声が上ずった。胸の奥が、ひどく不快だった。


「君に殺されるなら、僕はそれでもいいんだよ」

「私は、何度だってあなたを救う未来を選ぶわ!あなたが虚星になったら、私があなたを助ける!絶対に、元のあなたに戻す……!」


感情が高ぶって、思わず涙がこみあげてくる。終わらせてほしい、だなんて。あんまりだ。そして同時に、そこまで彼を追い詰めてしまった自分にも腹が立った。


イリヤの瞳が、優しく弧を描く。

「君は、本当に……僕をどこまで駄目にするつもりなんだろう」

彼の指先が、私の頬をつたう涙をそっと拭った。


あふれる涙をおさえようと、ポケットからハンカチを探った。そのとき、指に触れた柔らかな布――“大吉”守り。そうだ。これを、イリヤに渡すのはどうだろう。黎明星の乙女の加護があるみたいだし、もしかしたら、虚星化を防いでくれるかもしれない。


「イリヤ……あなたに渡したいものがあるの」

氷花の刺繍が入った小さなフランネルの袋を差し出す。


イリヤは両手でそっと受け取り、胸に抱いた。

「これを……僕に?」

「これはお守りなの。良いことがありますようにと願いを込めて私が作ったのよ」

「大切にするよ、ずっと」

その声は、深く沁みわたるような喜びに満ちていた。


ん?

ちょっと、待て。


もしかして、ここで私がイリヤにお守りを渡したから、ヴァルデル陛下の呪いの依り代になったんじゃないか……?そうに違いない。呪いを防ぐには、渡さないほうが良かった……よね……?


「い、イリヤ……あの、そのお守り、あんまり出来が良くないから、やっぱり……」


イリヤはキラキラと目を輝かせて、こちらを見つめている。


ま、眩しい。こんな純粋無垢な瞳を向けられて、今さら返してなんて言えない……ごめん。ヴァルデル陛下、セレスティア皇家のみなさん。でも、獣化の呪いは未来の私が解きますので勘弁してください。


そっと、心の中で手を合わせていたとき、イリヤが腕を回して、私の背を包み込んだ。土と草の匂いに交じって、ほのかに石けんの薫りがした。


「アリア、僕の愛しい星。さよならは言わない。でも、もう一度会えるとも言わないよ」

「……ええ」


言葉よりも先に、温もりが胸に沁みた。別れの予感、どうしようもない名残惜しさ。全部が静かに、互いの腕の中へ沈んでいく。


「僕は君の守護星だから。たとえ時が違っても、君を見ている。ずっと」

「……ありがとう」


イリヤは私から身体を離すと、そっと、私の髪を指先で整えた。それは、別れのための準備のように思えた。


「君と会えてよかった」


◇◇◇


夜が明け、天穹殿の空気は澄み切っていた。


ミハイルに伴われて向かった祈りの間では、オリアとアレク、そしてイリヤが待っていた。


床一面に描かれた星脈が淡く脈動し、静かな星光が満ちている。この場所だけ、世界の息づかいが違うようだ。


オリアが私の前に歩み寄り、そっと手を握った。

「あなたの進む道に、星の加護がありますように」


「イリヤのことは、僕たちに任せて。エリドゥの行く末が心配だったけど、それも問題なさそうだし、ね」

アレクはミハイルに一瞬目をやると、意味ありげな笑みを浮かべる。


あれ?もしかしなくても、私たちが未来から来た人間で、ミハイルがエリドゥ帝国の皇子って、アレクは全部知ってる……?その笑みは、そういうことですよね?


ミハイルが私の隣へ立った。胸のペンダントが、かすかに震える。呼ばれている。未来へ、戻るべき場所へ。


私は深く息を吸い、目を閉じ、祈りを捧げた。

「――星々よ。どうか、私たちを帰して。元の時代へ」


光がふくらみ、祈りの間が揺らぎはじめる。星図が脈動し、足元の世界が柔らかくほどけていくようだった。


そのとき――。


「アリア」

イリヤが小さく呟いた。


「……元気でね」


光がすべてをさらっていく。視界が白一色に染まり、音も重力も溶けていく。私は泣きそうになるのを必死で堪えて叫んだ。


「元気でね。イリヤ!――私の第五星(ノクティス)!」


光がはじけ、イリヤとオリア達の姿が掻き消えた。

そう思ったときには、もう、私たちは元の時代に戻ってきていた。

読んでいただきありがとうございます。

次回、現代での時間が動き出します。


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