表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と呼ばれた妹は、完璧な義兄の愛で帝国を救う  作者: おりもきた
セレスティア神聖国 =ふたりの聖女=
83/94

83 星を外れた者

淡い光が、閉じていたまぶたの裏側にしみ込んでくる。


――ここは……?


固い寝台の感触。薬草の匂い。魔力を安定させる浄化水の、かすかな気配。目を開けると、白い天幕と淡い青の布が視界に広がった。


天穹殿の治療室――。


そこまで理解した瞬間、自分の手の甲に触れている温度に気づく。そっと視線を落とすと、椅子に座ったまま眠るイリヤがいた。白い僧衣の袖は乾いた血で黒く染まり、乱れた髪が頬にかかっている。


イリヤ。無事だったんだ。私はあのあと、魔力切れで気を失って……どうしたんだっけ?記憶が全くないぞ。そっと身体を起こすと、イリヤの身体がぎくりと震えた。


「……サラサ……?」

眠りの底から引き戻されたように、彼が目を開く。


「……目が覚めたんだね」

その声には、隠しきれない安堵が満ちていた。


「イリヤ……私、どのくらい眠っていたの?」

「丸一日……。君の魔力はほとんど枯渇していて、治癒班が三度も循環術式を試みたんだ。でも、反応が無くて……」


彼はそこで言葉を切り、目を伏せた。言わなかった“最悪の可能性”を、静かに飲み込んだ気配がした。


「……僕は、もう……」

唇が、痛いほど固く結ばれる。


その沈黙を破ったのは、近づいてくる足音だった。


「サラサ!」

ミハイル、オリア、アレクの三人だった。


ミハイルは私のそばに駆け寄り、顔を見た途端、深く息を吐いた。

「……よかった。本当に、よかった」

心の底からの安堵が、声の震えからも伝わってくる。


オリアはゆっくりと微笑み、アレクは静かに頷いた。

「ずいぶん心配したのよ、サラサ」

「目が覚めて良かった」


「ごめんなさい……」

ふと、胸の奥で引っかかっていた疑問が浮かぶ。

「……あのあと、何が起きたの?私、覚えてなくて……」


それを聞いた瞬間、オリアの瞳がわずかに揺れた。彼女は、そっと寝台のそばまで歩み寄る。


「イリヤが、意識の無いあなたを抱いて地上へと戻ってきたの。あなたの魔力は、ほとんどなくなっていた。ミハイルやアレクたちが魔力を分けて、天穹殿に運び込んだんだけど。本当に、今生きているのが不思議なぐらいよ」


アレクがあとを引き取る。

「サラサ、君に見てもらいたいものがある」

イリヤの肩を軽く叩き、目で何かを促した。


イリヤは、少しだけためらってから胸元の衣を開く。そこには、青銀に輝く“天秤”の紋が刻まれていた。


紋を見た瞬間、ミハイルの瞳が鋭く見開かれる。

「……これは、まさか……」


第五星(ノクティス)の紋だ――。イリヤはオリアの守護星と認められていたけど、守護星の紋はなぜか、持っていなかった。イリヤが言うには、この紋は、君の魔力と共鳴したときに浮かび上がってきた、と」


オリアはそっと目を細め、懐かしい人を見るような眼差しで私を見た。


「サラサ……あなたからはずっと、懐かしい光を感じていたの」

「懐かしい……?」

「ええ。あなたは、どこか遠くからここへ来た存在――けれど、あなたと私の光は、あまりにもよく似ているわ。魂の色が、ほとんど同じなの。修行場で初めてあなたの手を握ったとき、それに気づいたわ」


私と同じ、光……?魂の色が一緒って?意味が掴めず、息が浅くなる。


オリアは続ける。

「だから、イリヤは私に共鳴したの。あなたと似た光を宿していた私に。――イリヤは、本当はあなたの第五星(ノクティス)よ」


アレクは静かに頷く。その瞳は、すでにすべてを悟っているようだった。

「イリヤは“外れ子”だ。“外れ子”は、星脈の乱れから生まれる。イリヤは本来定められていた運命の輪から外れて、ここに現れたと考えるのが自然なんだ」


大きな衝撃が、胸の奥に落ちる。イリヤは、本当は私の守護星だった。星脈の乱れによって、イリヤの生まれるべき時代がずれて、オリアの守護星と間違われてしまったということ――?頭の中が混乱して、パニックだ。


オリアとアレクは私の様子を見て「まずは、ゆっくり休んで」と、部屋を出て行った。


ミハイルは、しばらくイリヤを強い視線で見つめていたが、一歩私に近づくと耳元で囁いた。

「アリア様……明日が約束の日です」

そして、それ以上何も言わず、静かに退出していった。


◇◇◇


治療室には、私とイリヤだけが残された。


「……サラサ、君が目を覚まさない間、僕はずっと君のことを考えてた」

紅い瞳が熱を帯びて、私を見つめる。


「君のことを考えると、苦しくなる。でも、君の顔を見るとうれしくて、君の声を聞くと心が温かくなって、君がそばにいると、つらくて、幸せなんだ」


彼は膝をつき、私の手を胸に抱くように握りしめた。

「サラサ。君が、どこの誰でも、どれほど遠く離れても――もう二度と会えなくても。僕は君に、僕の全てを捧げると誓うよ」


彼の胸の紋が、ふっと強く光った。溢れた光が私の胸にも触れ、そこにも静かな灯がともる。二つの紋は、お互いを呼び合うように、柔らかく光りあった。


イリヤは、もう心を決めたのだ。私の守護星として生きると。その強い覚悟に、私もイリヤに本当のことを話さなくてはと、そう思った。


「私の本当の名前は、アリア。三百年先の未来から来たの。天穹殿で祈っていたら、ペンダントが光って、この時代に来ていて……一緒にいたミハイルも巻き込まれてしまったの。彼は私の義弟じゃなく……友人よ」


「アリア。綺麗な名前だね。それに、ミハイルはどうりで……」

イリヤは意味ありげに微笑んだ。その横顔には、何とも言えない艶が差していた。


「元の時代で義兄(あに)たちが私を待っているから、帰らないといけないわ……あなたを連れていければ良いのだけれど……」

「星々の未来を、勝手に書き換えてはいけないからね。アリアのその気持ちだけで、十分だよ」

イリヤは私の手の甲に、そっと口づけを落とした。


ん?今、さりげなく手の甲にキスされた……?不意打ちに恥ずかしくなっていると、イリヤは少し微笑み、「可愛いね、アリア」と呟きながら、再び甲にキスする。今度は、短く二度。


「イリヤ!女の子に……こんなことばっかりしちゃいけないのよ!」

「僕は君にしか、こんなことしないよ」さらりとかわされた。


イリヤって、もっと儚げな男の子じゃなかったかしら?なんだか色気と凄味が増してない?若干、アレクセイっぽくなっているというか。これってもしかして、黒曜星(オブシディアン)の血なの?女たらしの家彩(カラー)なの……?


「アリア、僕は君が大切だよ」

彼は私の頬を撫でて、顔をぐっと近づけた。


紅い宝石の瞳。

その虹彩は金細工のようで――

近い。

近すぎる。


「ちょ、ちょっと待って。あなたに伝えなきゃいけないことがあるの……!!」

私はたまらず、声を張り上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ