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無能と呼ばれた妹は、完璧な義兄の愛で帝国を救う  作者: おりもきた
セレスティア神聖国 =ふたりの聖女=
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81 魔物討伐

「君がサラサのことをとても大事にしているのは分かってる。でも、彼女の話も聞いてあげて」


ミハイルはイリヤの言葉に、少し冷静さを取り戻したようだった。深く息を吐くと、私から手を離す。


「ごめん、サラサ。……乱暴にして。痛かった?」

「いえ、大丈夫よ」


ミハイルはイリヤに向き直った。

「イリヤ、サラサは僕の大事な人だ。彼女が傷つくのは……僕にとって、自分が傷つくよりつらい。それを君には分かってほしい」

そしてそのまま、部屋の外へと出る。

「少し、頭を冷やしてきます。話が終わったら、部屋に戻ってきて。あまり遅くならないように」


「ありがとう、ミハイル」


ミハイルの足音が少しずつ遠のき、私たちは再び二人きりになった。


イリヤに、本当のことを話さなくちゃ。私とミハイルは遠い未来から来たんだってことを


決心して私が口を開いた瞬間。

硬い声が部屋に響いた。


「君の義弟は、凄いね。君を本当に大事に想ってるんだ。……自分より大切なものがあるっていう感覚は、僕には想像がつかないよ」


そう言うと、イリヤは私に背を向け、机の上のものを片付け始めた。その様子は、まるで私を寄せ付けまいとするようだった。


「君も、もう帰るといい。ミハイルを心配させないうちに」


私は、発せなかった声の代わりに、唇を噛んだ。少し気持ちが通じ合えた気がしていたけど、私の勘違いだったんだ。寂しいけれど、イリヤにしてみれば、私に騙された気持ちなのかもしれない。そう思うのも無理はない。

もうこれ以上、私が、彼にできることは無いのかもしれない。名残惜しく思いながらも、それを振り切るようにして部屋を出る。


「おやすみなさい、イリヤ」

「おやすみ、サラサ」


彼は、最後まで私に背を向けたままだった。


◇◇◇


部屋に戻ると、魔導灯は消され、ミハイルはすでに寝台に入っていた。ミハイルを起こさないように、静かに明日の身支度をしていると、くぐもった声が聞こえた。


「アリア様、今日は、すみませんでした」


「私の方こそ、あなたに心配をかけてしまってごめんなさい」


ごそ、とミハイルが布団の中で身じろぎする気配がした。

「……僕は不安なんです。あなたがどこか遠くに行ってしまいそうで。さっきは、この時代に残ると言い出すんじゃないかと気が気じゃありませんでした。アリア様、あと二日です。あと二日で、ちゃんと僕と一緒に元の時代に帰りますよね」


「ええ。結局、私は彼を傷つけただけだったし、何も、できなかったもの。……帰りましょう」


ミハイルが、何かを言おうとする気配。

でも、それは言葉にならず、夜へと溶けていった。


◇◇◇


激しい警報で目が覚めた。

耳の奥まで震わせるような、鋭い音。


「アリア様っ!」


寝台から起き上がるより早く、ミハイルが私の肩を支えた。薄暗がりの中でも彼の黒い瞳がはっきりと見える。眠りから覚めたばかりとは思えないほど、状況をすぐに把握していた。


「これは、天穹殿の警報……?」

「はい。星脈の異常時にしか鳴らないものだと思います」


ミハイルは外套を私に差し出し、自分も素早く支度を整える。ただならぬ気配が、廊下の向こうから押し寄せてくる。巫女見習いたちの足音と声が、次々と寮を駆け抜けていった。


寮を飛び出すと、明け方前の蒼い空気が、肌にひやりと触れる。天穹殿の外壁を伝って淡い光が走り、まるで巨大な器そのものがどこか痛みに呻いているように見えた。


広い回廊を曲がったところで、足早に先を歩いている白い影と出会う。


「……イリヤ!」


私が声をかけると、イリヤはかすかに振り向いた。眠気など欠片も感じさせない静かな表情で、すでに守護星の僧衣に着替えている。


「イリヤ、状況は?」ミハイルが質問する。


「南方の星脈に歪みが出ている。神官の話では、魔物が街へ流れ込んでいるらしい。天穹殿の大広間に集合だって」


そう言うと、イリヤは私の顔を一瞬だけ確かめるように見た。その視線は短く、すぐに逸らされる。昨夜の感情をどこに置けばいいのか分からない――そんな沈黙が、彼のまとう空気から伝わってくる。


「行こう。オリアたちが待ってる」


イリヤは言い、先へと急ぐ。


大広間の前では、すでに巫女たちと守護星が整列していた。

独特の張りつめた空気が、広場の隅々にまで満ちている。


神官が前に進み出て、声を張った。

「南方街区に魔物が複数出現!星脈の歪みの影響と見られる!治癒班・後方支援班は、前線の巫女と守護星を援護せよ!」


騒ぎが広がりそうになるのを、神官長が手を振り下ろして抑えた。

「落ち着いて動きなさい!見習いは後方支援へ!」


巫女や守護星たちが慌ただしく動き回る中、ミハイルが私をそっと呼んだ。


「僕は前衛に配属されました。……守護星ではありませんが、魔力量はそこそこありますので」

ミハイルが少し微笑む。

「アリア様は、絶対に無茶をしないでください。危険には近づかない事。後方で治癒に専念してください」


そう言うと、ミハイルは前衛班の列へと走り去った。列にはイリヤの姿もあった。オリアとアレクサンドルの近くにいながらも、視線はどこか街の方向を向いていた。


◇◇◇


天穹殿の結界を抜けると、空気の質が変わった。街に向かう石畳が、かすかにざらついた光を帯びている。星脈の乱れが視界にまで影響しているのだと分かった。


街に近づくにつれ、人々の叫び声や、ものが割れる音が遠くに混ざって聞こえ始めた。


そして――最初の魔物が姿を現す。


青白い星殻を背負った星殻蜥蜴(リザリウス)。背中の甲板が不規則に明滅し、周囲の空気を震わせている。一体、二体……石造りの家の影から、複数がこちらへ向かってくる。


前衛の列から、一人、前に出たのはイリヤだった。白髪がゆらりと揺れ、彼のまとう魔力が静かに拡がっていく。


「――理を開き、我が誓いを聞け。蒼環流(アズレア・フロウ)


詠唱と共に、青銀の光が彼の足元から立ち上がり、円を描くように魔物へと押し寄せる。光が触れた瞬間、蜥蜴たちは音もなく、霧散した。


「すごい……」


イリヤの魔力は、最初に見た時より強く、大きくなっていた。ミハイルも、前衛で黒曜星(オブシディアン)の力を操り、魔物をせん滅している。少し離れたところでは、オリアとアレクが共鳴しながら、巨大な防壁結界を張り、街の人たちを魔物から守っていた。


私も自分のやれることをしなくちゃ。

そう心を決めて、負傷者たちのもとへと向かった。

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