08 無能な妹は立ち尽くす
「セレス=ヴァルナローデンと申します」
魔力測定を執り行う魔導士は、柔らかな声で言った。
淡い光を孕んだプラチナシルバーの髪に、穏やかな光を宿す琥珀色の瞳。帝都魔導院に学匠を輩出してきたヴァルナローデン伯爵家の家彩をまとう先詠みの魔導士は、魔術だけでなく剣をも自在に操るという。研ぎ澄まされた理性の光に、誠実な温もりがにじむ青年だった。
……この世界の貴族って、イケメンしかいないのかな。
「アリア嬢、緊張するのは無理もありませんが、できるだけ心を落ち着けて臨んでくださいね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
隣で、エルヴィンがすかさず言う。
「気負う必要はない。結果がどうであれ、お前が誰より愛しい存在であることは変わらぬ。魔力が無ければ縁談の数も減ってちょうど良いやもしれん」
ん?あなた私をさっさと結婚させようとしてませんでしたっけ?縁談減っちゃったら、困らない?
そんなことを考えていると、魔導士が腕を上げ、静かな風が部屋を満たした。水晶球が青白い光を宿してわずかに揺れる。
「アリア嬢、両手をこの球にかざしてください」
地面には古代文字の魔導式が淡く光り、中央の大きな大理石のテーブルには水晶球が置かれている。
「はい」
手をそっと近づけた瞬間、胸の奥で何かがざわめいた。
次の瞬間、球の中心がぼうっと光を帯びる。淡い紫、そして淡金色。様々な色が現れ、まるで春の庭のような柔らかな光を放つ。遠い昔、似た光を見たような――そんな錯覚が走る
「これは……」
魔導士が息をのむ間に、光は瞬く間に膨れあがった。
音もなく、世界が白に呑まれる。
それはもはや光ではなく、奔流だった――
あらゆる影を押し流し、目を開けることさえ許さぬほどの純白。
「魔力が暴走している!」
その瞬間、エルヴィンが私の背中に手をあてて、何やらつぶやいた。
とたん、背中があたたかくなり、そのぬくもりに安心する。
光がふっと静まり、何事もなかったかのように消えた。
……え、今、何が起きたの?
見ると、水晶球に大きな亀裂が入っている。
「す、すみません!わたくしのせいです!大事な水晶球を壊してしまって申し訳ございません!」
「いや、おまえのせいではない」
エルヴィンは短く答えた。その声は低く、冷静で、それでいてどこか震えていた。
セレスをはじめ、帝都からやってきた魔導院の人たちが信じられないといった目で私を見てくる。
うわ~ごめんなさい。きっと私の馬鹿力で水晶球が壊れちゃったんだ。毎日重い資料とPCを持って通勤してた前世の私、そういえば何にも鍛えてないのに、けっこう筋肉ついちゃってたもんなぁ。
「測定はこれで終わりだ」
「しかし、このような前例のない状況は!帝国に報告が必要です!」
「必要ない」
「いえ…これは、由々しき事態です。この家彩は失われた聖女のものとあまりに…」
「それ以上言えば皇家への侮辱罪に問われることになるぞ。貴殿はそのようなことを軽々しく言えるような立場にないはず。セレス=ヴァルナローデン殿」
ああ、美形二人が不詳の妹のせいでなんだか揉めている。本当にごめんなさい。それに聖女がどうのとか、なんだか不穏すぎませんか。庶民のアリアがそんな力持ってるわけないんだから、何かの勘違いです。
あまりの深刻な雰囲気に、私はおろおろとその場に立ち尽くしたのだった。
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