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76 星に触れる

聖女オリアの時代にやってきて二日目。

朝、ミハイルは守護星見習いの修行があると言って、アレクに連れられて早々に部屋を出て行った。


天穹殿(ケルべリオン)の修行場に行くと、白い衣をまとった巫女見習いたちが、先輩巫女から祈りの姿勢を教わっている。オリアが「あなたの世話係に立候補したの」と言って、修行場を案内しながら説明してくれた。


「天穹殿には今、星守の巫女が四人。見習いは十人いるの。見習いは二年間、巫女から直接教えを受けたあと、試しの儀を受けるのよ。認められた子は天穹殿に残り、認められなかった子は故郷へ戻ったり、地域の星殿で巫女を続けたり……どちらにしても、ここで学んだことはこれからのあなたの人生に何か役に立つと思うわ」


その声には、巫女見習いを思いやる柔らかな響きがあった。オリアって本当に良い人だな……。聖女で偉い人のはずなのに、朝もはよからこんな正体不明の巫女見習いのお世話をしてくれるし。そりゃアレクサンドルも恋に落ちちゃうし、帝都に銅像が立っちゃうよね。


巫女たちは笑い合い、教え合い、ときには失敗してはしゃいでいた。ここでは聖女は、近寄りがたい存在ではなく、「人々とともに生きる者」として大切にされている。虚星の影響がない未来なら――私の時代にも、複数の聖女が生まれて、こんなふうに穏やかに暮らしていけるのかな。そんな想いが、胸の内に静かに灯った。


オリアの指が、そっと私の手を包む。

「それでは、まず、祈りの形を学びましょうね」


繋がった手から、オリアの中の黎明星の力が伝わってくるのが分かる。やがて、オリアは、何かを見極めるようにじっと目を凝らした。


「……サラサ、あなたはもうすでに強く黎明星と結ばれているのね。それに…………いえ、何でもないわ。それでは次に進みましょう」


オリアは、立ちあがると次の修行場へと私を連れ出した。


◇◇◇


午後からは、ミハイルも合流して、巫女と守護星の共鳴を見学することになった。

修行場の中央に立つオリア。その両脇には――二人の守護星。


ひとりはアレクサンドル。のちにオリアの夫となる人物。柔らかな微笑と気品のある佇まいが印象的で、オリアの隣がとても自然に似合っていた。


そしてもう一人は――イリヤ。淡く透ける白髪に、孤月のような紅い眼差し。その佇まいには、光にいながら影を呼び込むような冴えた静けさがあった。


「では、共鳴の基礎をやってみせるわね」


オリアがそっと手を伸ばす。アレクサンドルがその指先を受け取った瞬間、白金の光がふわりと立ち上る。呼吸の深さも魔力の流れも、自然とひとつの律動に重なり――まるで一つの星が脈動しているようだった。


「さすがオリア様だわ」

「やっぱり……アレクサンドル様との相性は抜群ね」


巫女見習いの感嘆が、やわらかな風のように広がる。


一方、イリヤは一歩下がり、控えめな魔力でオリアを補助していた。彼の光は青銀に揺れ、澄んだ水面の反映のように静かで美しい。けれど、アレクサンドルのような強さはない。イリヤの横顔には、淡い諦念のようなものが薄く影を落としていた。


「アレクとイリヤの共鳴度には、かなりの差がありますね」

いつの間にか、隣に来ていたミハイルが言った。


「ええ、守護星によってこんなにも共鳴度に差があるなんて、知らなかったわ」


私は、星央殿でヴァルデル陛下の呪いの結界を解いたときのことを思い出していた。あのときのアレクセイとリュシアンの光は、今のイリヤとオリアの光よりも強かった気がする。思い出すと、なんだか寂しくなって、二人に会いたくなってしまった。


「サラサ、大丈夫ですか?」

ミハイルが心配そうに呟いた。


「なんでもないの。ありがとう、ミハイル」


◇◇◇


見学が終わり、皆が寮へと戻ってゆくなか、私はその流れに逆らうようにして、イリヤへ歩み寄った。


「……あの、イリヤ…様」

紅い瞳がこちらを向く。静かで、どこか孤独に慣れた色だった。


「君は、巫女見習いのサラサ、だったね。イリヤ、で良いよ」

「覚えてくださっていてうれしいわ。あなたのさっきの共鳴、青白い光が、とっても綺麗だった」


イリヤは少し怪訝そうな顔をした。

「僕の光なんて、大したものじゃないよ。アレクのほうが、ずっと強くて綺麗だっただろう?あれは、オリアと深く心が結ばれているからだよ」

それは、誰かに叩き込まれた理由をそのまま口にしているような声音だった。


「そんなことないわ。どちらも素敵だった」

思わず言い返してしまった。


「気を使わなくていいよ。オリアのことは巫女として信頼しているし、尊敬している。行き場のなかった僕を守護星として受け入れてくれて、感謝もしてる。でも、それだけなんだ。僕は、誰かと心を通わせたことがない。大切にしたい誰かも……大切にされたことも、ない。だから、僕の光は弱い。本来あるべき守護星の紋も、浮かび上がってこないほど。……守護星としては、できそこないなんだよ」


静けさの中で、その言葉だけが鋭く響いた。


「……そんなふうに、言わないで」

「どうして?」

「あなたが今言ったことが……とても、悲しかったから」


イリヤの睫毛がわずかに揺れる。


「……君が悲しむ必要なんて」

「あるわ!」


思いもしない大きな声が出てしまい、私自身が驚いた。しかし、イリヤはもっと驚いた顔をして、言葉を飲み込んでいた。


「……ごめんなさい……でも、やっぱり……自分の事をそんなふうに言わないでほしいの」


胸が苦しくて、それだけ言うのが精いっぱいだった。

私は逃げるように、修行場をあとにした。


◇◇◇


部屋へ戻ると、ミハイルが温かな茶の香りとともに待っていた。


「少しお疲れのようですね」

「……ミハイル様」


隣に腰掛け、立ち上る湯気に心を落ち着けるように息を吸った。


「今日、昼休みに書庫で、一つ気になる資料を見つけました。“星が堕ちる条件”についての記述です」

「星が……堕ちる条件?」


ミハイルは言葉を慎重に選ぶ。

「――光をすべて喪ったとき。そう記されていました」


背筋に冷たいものが走る。イリヤの“僕には大切なものがない”という言葉が、胸の内で重く沈んだ。


私は先ほどの出来事をすべて話した。ミハイルの表情が、語られるごとに曇っていく。


「……イリヤは、すでに世を儚んでいるようですね。拠りどころであるオリアがアレクサンドルを選べば……絶望し、堕ちてしまうということでしょうか」


どうすれば、彼の絶望を回避できるんだろう。今からでも、私たちにできることは――


「……ミハイル様。オリア以外にも“大切だと思えるもの”を増やしてあげればいいのではないかしら」

「大切なもの……ですか?」

「ええ。今の彼にとって、光がオリアだけなのだとすれば、守りたいものや、心を寄せられるものを、もっとたくさん育ててあげられれば……オリアがアレクサンドルと結ばれても、虚星にならずにすむかもしれないわ……」


ミハイルがぽつりと呟いた。


「……僕は少し、羨ましいです」

「え?」

「そんなふうにお姉様に想ってもらえるイリヤが、です」


思いがけない言葉だった。私は、目の前のミハイルの顔を手で包み、微笑む。


「ミハイル様、あなたが一緒にこの時代にいてくれて、すごく感謝しているのよ」

「……そんな……」


本当だった。もし、一人だったら、イリヤに働きかけようなんて思いもしなかっただろう。隣にこうしてミハイルがいるからこそ、この時代で頑張ることができている。


「アリア姉様……そんなに近くで見つめられると……恥ずかしいので……」

ミハイルは紅潮した頬を隠すように、うつむいていた。


はっと我に返り、手を離す。

これではまた、エルヴィンに「慎みがない」と叱られてしまう――

そう思った瞬間、ここに彼がいないことを思い出し、胸に小さな空白が広がった。

次回、アリアがイリヤに少し近づきます。

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