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75 星の名を知る

闇夜に浮かび上がってきたのは、一人の青年の姿だった。


ゆるやかに揺れる白髪は光を受けて淡く発光し、紅い瞳は暗がりの中でひとつの宝石のように煌めく。白く透き通るような肌は、青銀の光に今にも溶けてしまいそうなほど儚い。


「君たちは、ここで何してるの?」

少し、探るような言葉の響きだった。


「す、すみません……」

咄嗟に頭を下げると、隣でミハイルも同じように頭を下げた。

「僕たちは、今日ここに入ってきたばかりで。なかなか寝付けないので、星に祈りを捧げようと……」


青年の目が、わずかに和らぐ。精緻な人形のような容貌に、ふいに幼さがのぞいた。今の私より少しだけ上、十七、八ぐらいだろうか。


「新しく入ってきた巫女見習いだね。……僕はイリヤ。巫女オリアの守護星のひとりだよ」


隣にいたミハイルの肩が、僅かに震えたのが分かった。

「ミハイルです。こちらは姉のサラサです……」

「初めまして、巫女見習いのサラサです」


イリヤは、私たちを交互に見た。

「この祈りの間には、星々の強い力が集まっている。神聖国の星脈が乱れている今、迂闊に祈りを捧げれば、君たちの身に危険が及ぶ可能性だってあるんだ」


え。祈りの間ってそんなにパワーのある場所だったの?それで、私たちも古代に移動してきちゃったのか。ヴァルデル陛下もロウ守司長も、そういう大事なことは前もって教えておいてほしい。報・連・相は、社会人の基本ですよ。


「……だから今夜は、もう部屋へ戻ったほうがいい」

それは叱責というより、“危険から遠ざけようとしている”ような響きだった。


「……わかりました。ご忠告、ありがとうございます」

ミハイルが緊張した様子で頭を下げ、私の肩を抱き寄せながら、祈りの間の外へと出る。


扉を閉める直前、もう一度だけ振り返る。青白い光の中に立つイリヤの姿は、どこか孤独だった。守護星と呼ばれているはずなのに、誰とも肩を寄せ合ってはいない――そんな印象だった。


◇◇◇


部屋に戻ると、ミハイルが魔導陣でランプに灯りをともした。

私は寝台の端に腰を下ろした。


しばらく、どちらも口を開けなかった。さっきの緊張がまだ残っている。


沈黙を破ったのは、ミハイルだった。


「……アリア姉様」

「はい」


「先ほどの、イリヤ。……彼が……虚星です」

「えっ……」

「間違いありません」

「……でも、虚星はセレスティアの皇族だったはず。彼は白髪に紅い眼だったわ」

「ヴァルデル陛下から聞いたのですが、虚星は皇家の“外れ子”でした。黒髪黒眼ではなかったと伝わっています」


「その、“外れ子”というのは、一体何なの?さっきも言っていたわよね」


ミハイルは少しだけ視線を伏せた。

「“外れ子”というのは、その家の家彩(カラー)を持たずに生まれてくる子のことです。古い時代には星脈が乱れるたび、こうした子どもが一定数生まれていたそうです。外れ子は身体も丈夫でない事が多かったので成人する前に儚くなる事がほとんどで。外れ子が生まれたら孤児院に入れたり、養子に出してしまうこともあったと聞いています」


「そんな……髪や目の色が違うだけで…!?」


ミハイルは寂しそうに笑った。

「アリア姉様のような人ばかりではないのです。皇族や貴族にとって、家彩は権威の象徴です。守り継いで行かねばならない伝統とされていますから」


「……イリヤも、養子に出されたの?」

「イリヤは、オリアの守護星に選ばれるまでは相当に酷い扱いを受けていたそうです。彼の母親が、下級貴族出身の側妃だったというのも大きい。分家や臣下の家をたらいまわしにされ、満足に食事もさせてもらえなかったと」


「なんてひどいことを……」

「魔力が顕現して守護星に選ばれた後は、再び皇家預かりになりました。しかし、後ろ盾もない状態で皇家にいるのも、つらかったでしょう」


ミハイルが、痛みに耐えるような表情をしていた。自分と重ねるところがあったのかもしれない。


「でも、さっきのイリヤは、まだ虚星になっていないようだったわ」

「たしか、聖女オリアがエリドゥの皇子と結ばれてから、虚星となるのでしたね」

「……虚星になる前に……止めることはできないかしら」


少しの沈黙のあと、ミハイルが顔を上げる。その瞳には、迷いと、それでも消えない優しさが混ざっていた。


「アリア姉様は……イリヤを、救いたいと?」

「何をどうすればいいのかは、わからない。けれど、もし、私たちの言葉や行動で、別の未来へ進める可能性があるなら――今ここで何もしないほうが、きっと後悔すると思うの」


それは、自分で口にしてみて初めてはっきりした本心だった。


ミハイルはしばらく黙っていた。ランプの火が揺れ、その光が彼の横顔を柔らかく照らす。


「……危険です」

ようやく、彼が口を開く。

「イリヤに下手に近づけば、虚星の覚醒を早めるだけかもしれません」


「でも……あのとき、僕は、アリア姉様に救われました。絶望して、全てを諦めて……あなたが手を伸ばしてくれたから、今ここにいます」


その言葉が、じんわりと胸に染みる。


「僕は心配です。お姉様が傷つくのも、危険に巻き込まれるのも、嫌です。でも……それでも、アリア姉様が“やりたい”と言うのなら――」


彼はゆっくりと微笑んだ。いつもより少しだけ、大人びた笑み。


「僕は、その望みを叶えたい。イリヤが虚星にならずに済む道があるのか、一緒に探りましょう。……ただし、期限を定めてください。一週間経ったら、必ず元の時代に戻ると、約束してください」


「……ありがとう、ミハイル様」

私は、勢いのままミハイルの両手をぎゅっと握っていた。ミハイルの手は思っていたよりしっかりしていて、温かい。


気づけばミハイルは耳まで真っ赤だった。そんなに暑かったっけ。この部屋。なんだか可愛くなってしまって、私はつい、彼の顔を覗き込んだ。


「しばらく、よろしくね。私の弟さん?」

「っ……!姉様!からかうのはよしてください」

「だって……ミハイル様が可愛いんだもの」

「かっ…かわいいだなんて……!」


ミハイルって、マスコットとかぬいぐるみ的な可愛さがあるのよね。冬のふくら雀とか、シマエナガのふわふわ感というか……つい、モフモフしたくなるような感じ。第三皇子だから、私とは身分が違う人のはずなのに、つい、ため口で話してしまっている。……かたや、イリヤはミハイルとは、全く印象が違う。彼は、どこか冷めたような顔をしていた。“外れ子”としてのこれまでの経験がそうさせたのだろうか。


窓の外では、三百年前の星々が静かに瞬いていた。


この時代で、虚星の運命を書き換えられるのか――答えはない。

それでも、私はここで立ち止まらずに進もうと思った。

きっと元の時代で待っているエルヴィンも、私の選択を支えてくれる。そう信じて。

読んでいただきありがとうございます!

みなさまのリアクションが日々の励みになっております。


次回から、アリアたちの期間限定・学園(?)生活が始まります。

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