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74 夜の星

オリアとアレクに、天穹殿(ケルべリオン)の事務室に連れていってもらった私は、巫女見習いとして寮の部屋をあてがわれた。


「エリドゥのサラサさん、ね。まだ、こちらの名簿にあなたの名前は無いようですね。ただ、あなたと黎明星の間に一定以上の魔力交感があることは計測できましたので、いったん仮の入殿、ということで受け付けさせてください、ハイ。巫女見習いの制服は、一階の購買部でお引き取りください。次の方、どうぞー」


……なんか、どこかの学校の入学案内みたい。ものすごく、事務的だ……そして横を見ると、ミハイルは私の守護星見習い、ということでなぜか入殿を許可されていた。なぜ……?


すんなり受け入れられたことに驚いてオリアから事情を聞くと、ここ最近、セレスティアでは全土で魔物が出没し、情報網は混乱中。紹介状や名簿なども揃わないのはよくあることで、身分照会はほぼ、神官の目利き頼みになっているらしい。ただ、天穹殿の敷地内には強い結界が貼ってあるし、神官となれば強力な魔眼を持った者も多い。万が一にも、黎明星とつながりのない者や悪意のある者の入殿は許可されないんだとのこと。


う~ん。そんなこと言いながら、私とミハイルという部外者を間違えて入れちゃってますけどね。ま、三百年前のセキュリティ―ってこんなものなのかもしれない。


◇◇◇


与えられた部屋は質素だが清潔で、小さな寝台が二つ。窓からは天穹殿の中庭が見下ろせた。


「……なんだか、本当に普通の学校みたいですね、アリア姉様」

「そうね……予想外のことばかりだわ」


寝具を整えながら、そんな軽口を交わしたものの、胸の奥の不安は消えなかった。私たちは、三百年も前の過去にいる。ここには、当たり前のように隣にいたエルヴィンもいない。何か大切なものを置き忘れたまま歩いているような、そんな感覚。


枕を抱き寄せ、ぽすりと顔を埋める。その静けさの中で、ミハイルの声が、そっと私を現実に引き戻した。


「アリア姉様……頼りないかもしれませんが、僕があなたを精一杯お守りします」

「ミハイル様、ありがとう」


ミハイルの気遣いに、少し不安が和らいだ。前世で二十二歳の社畜OLだった私からすると、まだ十六歳のミハイルが、こんなことを言ってくれるなんて……いじらしくて、可愛くてしょうがない。


「頼りにしてますわ」と頭をポンポンとすると、ミハイルは顔を真っ赤にして「……これが…あの…兄上が言っていた、アリア姉様の無自覚攻撃……」と訳の分からないことを言ってたけど。


やがて順々に灯りが落とされ、宿舎が静寂に包まれる。部屋の中には、小さなランプの明かりだけが残っていた。


「……ミハイル様」

「はい」


私が寝台の上で身を起こすと、彼も、すでに同じように上体を起こしていた。


「今なら、天穹殿も静かよね」

「……はい。見回りも、さほど多くはなさそうです」


「祈りの間まで行ってみましょう。さっき、あなたが言ってくれたとおり、同じように祈れば、元に戻れるかもしれない」


ミハイルはしばらく黙って私を見ていたが、やがて小さく頷いた。

「……わかりました。お供します」


◇◇◇


夜の天穹殿は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。


高い天井に、星光を模した魔導灯がぽつぽつと灯り、廊下には銀の帯のような光が伸びている。私たちは足音を忍ばせ、オリアから聞いた祈りの間の位置を頼りに歩いた。


「……なんだか、ちょっとした忍び込みですね」

「そうね。なんだか泥棒になった気分ですわ」


小さく笑い合いながらも、心臓は落ち着かなかった。ひとつ曲がり角を抜けるたび、昼間とは違う、濃い魔力の流れを肌が拾う。やがて、重厚な扉が見えてきた。


「……ここね」

「ええ。見張りも……いないようです」


私とミハイルは顔を見合わせ、小さく息を整えてから扉に手をかけた。軋む音とともに、扉が内側へ開く。祈りの間は、昼間と同じように、いや、むしろそれ以上に澄んだ空気に満ちていた。青白い紋が床に浮かび、祭壇の周囲だけが柔らかな星光に包まれている。


「……誰も、いないみたいですね」

「ええ……今のうちに」


私達は祭壇の前まで移動すると、胸元のペンダントにそっと触れた。ミハイルが隣に立つのを感じながら、私は目を閉じる。


どうか、私たちを、元の時代へ戻してください。エルヴィンや、皆のもとへ――

祈りの言葉が形をとり始めた、そのときだった。


「……誰か、いるの」

低く、よく通る声が、静寂を断ち切った。


「っ……!」

思わず声のほうに目を開ける。祭壇の反対側――影になっていた柱のそばに、人影が立っていた。ミハイルがとっさに私の前に立つ。


「君たちは、だれ?」


影は一歩、こちらへ踏み出した。

天穹殿の青白い光に照らされ浮かび上がってきたのは、一人の少年だった。

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