70 ヴァルデル陛下の趣味部屋
エルヴィンとともに部屋へ戻ると、侍従が前で待っていた。
「皇帝陛下が、皆さまをお呼びです」
五人揃って連れられた先は、宮殿の中でもほとんど人の寄りつかない区域だった。
「ヴァルデル陛下の私室に近い区画のようですね」
リュシアンが目を細める。
侍従が立ち止まったのは――古い木扉の前だった。
「こちらで、陛下がお待ちでございます」
扉が開き、私たちは中へ通された。
◇◇◇
「……わ、あ……」
部屋の中の至るところに、古代の石板、金属片、ひびの入った仮面、光る鉱石、謎の魔道具。棚にぎっしり詰め込まれ、まるで遺跡を丸ごと持ってきたようだった。
「ようこそ、私の部屋へ」
声に振り返ると――
世にも面妖で巨大な仮面、
を、つけた男性。
「わっ……」
驚いて思わず声が出る。と、その男性は慌てて仮面を外し――ヴァルデル陛下が現れた。昨日と違い、まるで別人のように穏やかで、お肌もつやつやしている……あの獣化の姿と同じ人物だとは、正直信じられない。
「すまない、驚かせたか。そなたたちに、改めて礼を言わせてほしくてな。呪いを断ってくれたこと……皆に感謝する」
陛下は深く頭を下げた。
エルヴィンもアレクセイも姿勢を正す。私も思わず胸に手を当てて頭を下げた。
「私はようやく、自分の時間を取り戻せた。そして今日、こうして……久しぶりに、趣味に向き合うことができたのだ」
……趣味。
皇帝陛下の趣味部屋なのね、ここ。
私たちの戸惑いをよそに、ヴァルデル陛下は、にこにこ笑って、棚のひとつを指さす。
「巫女殿。そなた、これが何かわかるか?」
「え、えっと……すごいですわ!なんだか……迫力が!」
「さすが、星守の巫女。これは古代第十二期の護符でな。星脈を安定させる儀式で――」
説明が、一つもわからない……でも、説明しているヴァルデル陛下の顔があまりに嬉しそうで、私は素直に耳を傾けた。
「陛下。こちら、古代文字が一部残っておりますね」
リュシアンが、前のめりに石板を覗き込む。
「ほう!分かるか?これは“祈り子文字”の簡略体で――」
「では、この破線は術式の起点でしょうか」
「その可能性は大いにある!」
二人だけで勝手に盛り上がって、どんどんマニアックな話になってゆく。リュシアンの顔が“学者”に変わっているのが面白い。……ていうか、陛下、ほんとに楽しそうだな。
二人の趣味談議が延々と続くなか、アレクセイが軽く咳をした。
「陛下。我々も、陛下にご相談があります」
「……ああ、そうだったな」
ヴァルデル陛下は、振り返って私を見つめた。
「巫女殿。そなたの“両親”のことで聞きたいことがあるとか」
私は、禁書図書館で得た言葉を告げた。
「“父は聖域にいる”……そう言われました」
自分の言葉に胸が痛むのが分かった。隣にいたエルヴィンが私の肩をそっと抱く。
ヴァルデル陛下は静かに目を閉じた。
「――この国で聖域といえば、ただひとつ」
全員の視線が、ヴァルデル陛下に集まった。
「聖女オリアが祈りを捧げたとされる天穹殿。我らの血族が、虚星へと堕ちた場所でもある。古き世が分かる貴重な遺跡として、皇家の者以外は立ち入り禁止になっているがな」
天穹殿……もしそこに、父がいるなら――
「陛下。その遺跡に行くことはできませんか。どうしても……確かめたいのです」
私が言うと、ヴァルデル陛下はまっすぐ私を見つめた。その瞳は強い温かさを灯していた。
「もちろんだ。そなたは私の命の恩人。望む場所へ行く権利がある」
と、陛下は棚の奥に手を伸ばし、細い鎖を取り出した。
「巫女殿。これは、古代の巫女が身につけたとされる加護のペンダントだ」
細い青銀の鎖に、小さな星を立体的にかたどった銀細工。金平糖のようで可愛い。
「まぁ、なんて、繊細な……」
陛下は私に近づき、そっとペンダントを持ち上げた。
「そなたにこれを贈ろう。私からの感謝を込めて」
「えっ、そんな……」
「そなたの旅路を護ってくれるだろう」
その声音は、短く、優しく、どこか甘かった。
「そういえば、そなたの名を聞いていなかったな。なんという?」
「ア、アリアです」
黎明星の乙女だってバレてるし、本名を言っちゃってもいいよね。
「アリア、か。美しい名だ」
陛下は私を優しく見下ろすと、ペンダントを首にそっとまわす。指が私の首元で止まり、視線が絡む。
ちょっと待って。皇帝陛下って、こんなに優しい顔ができる人だったっけ?先日までずっと眉間に皺寄せてたような。呪いが解けたから、イケメン度が上がったのか……?侍女たちが騒ぐのも、無理ないわ。
「ときに。そなた、すでに約された相手はいるのか」
「え?約された相手、ですか?それは、どういう意味で……」
「いや、よい。よく分かった」
カチリ。
鎖が閉じられ、ペンダントが胸元に落ち着いた。
「この首元に触れてよいのは、誰までなのかと思ってな」
陛下はにやりと笑った。
後ろで、エルヴィンの冷気が漂い、アレクセイの黒曜の瞳が静かに細くなり、リュシアンの視線が若干鋭くなったのが分かった。……ミハイルだけが「わぁ、アリア姉様に似合っていますね!」と素直だ。
帝国オールスターズが、怒ってる……そりゃ、こんな価値のある物、勝手にもらったらだめだったよね……知らない人じゃないから受け取っちゃったけど。重要文化財とか、国宝とかだったら、国際問題になってしまう。
私の心中に気づくことなく、陛下は満足げに微笑んだ。
「準備が整い次第、天穹殿へ向かうとよい。そなたの旅が、黎明星の導きで満ちることを祈る」
私はペンダントをそっと指でおさえると、頷いた。
しかし、これが、後に私を窮地へ導くとは、この時の私はまだ知らなかった。




