63 禁書図書館とリュシアン
――セレスティア神聖国に来て、二日目。
星央殿の控えの間で、私は膝の上の手を落ち着かない気持ちで重ねていた。
アレクセイたちが、ヴァルデル陛下と会談をしている間、リュシアンと私は、第一神殿である星央殿で、両親の手がかりを探す手はずになっていた。この星央殿に、世界の全てを記録した書物が収められた図書館があると聞いたからだ。
突如、隣のリュシアンが、はっとした顔をする。
「アリア、ひとつ大事なことを思い出しました」
「ま、また、何か忘れてらっしゃいましたの?」
「忘れていたのではなく、思い出したのです」
だから、それを“忘れていた”と言うのでは……セレス、あなたがいないとリュシアンへのツッコミ係が私になるのよ……あなたの不在が身にしみています。私は心のなかで、セレスに向かって手を合わせた。
「魔力が強い者には、黎明星の光が見えてしまうかもしれません。念のため、あなたの輝きを隠しておきましょう」
……え、今、それを?皇帝陛下との謁見の前にやるべきでは?すでに、やや手遅れじゃないか?もしかしてヴァルデル陛下が私を見てたのって、それか……!?
考えを読んだかのように、リュシアンが微笑む。
「ご安心を。あなたの光は黎明星によって普段から覆われています。私と同等の魔力を持つ者でなければ、感じ取ることさえ難しいでしょう。そして、そんな者は――大陸に数人もいません」
指先が空気をすくうように動き、淡い白金色がうすく漂った。
「――理を開き、我が誓いを聞け。魔力遮断」
光が私の肩から胸の奥へ流れこみ、静かな湖面のように魔力の揺らぎが収まっていく。
「ありがとうございます。これでひと安心ですわ」
その言葉に、リュシアンは微笑んだ。
「あなたを護るためなら、どれほどでも」
◇◇◇
“静かの間”と呼ばれる大広間に通されると、神官長たちが待っていた。
白髪の神官長は自らを――“ミレイナ=サリエル”と名乗った。この星央殿を四十年支えてきたという、穏やかながら芯のある女性だ。
「オルフェウス様。お送りいただいた“黎明星の古記録”と“星脈に関する写本”――あれほど精緻な写しを拝見したのは久方ぶりです。星央殿一同、深く感謝しております」
神官長は、丁寧に頭を下げた。
リュシアンは「お力になれたのなら幸いです」と静かに返し、言葉を続ける。
「虚星や黎明星に関する記録は、両帝国がともに抱えるべき知です。星をめぐる現象は、一国の問題ではありませんから」
「ええ。世界の均衡に関わる問題ですからね」
神官長はゆるやかに頷き、本題を切り出す。
「――では、オルフェウス様が求めておられた“失われた聖女の系譜”について、お話しいたしましょう」
神官長が語った内容は、以下のようなものだった。
建国期、二つの帝国には複数の“聖女”が存在し、エリドゥでは黎明星の乙女、セレスティアでは星守の巫女と呼ばれていた。いずれも黎明星の加護を受け、世界の星脈を安定させる存在だったという。
だが三百年前、巨大な闇――虚星の出現。聖女オリアは、その闇を封じるため、“次代の聖女が使うはずだった光”をすべて使い果たした。その結果、世界は新たな聖女を生むだけの光を失い、他の聖女たちも同時に力を枯らし、聖女という存在は世界から姿を消した。
リュシアンは深く頷き、静かに言葉を継ぐ。
「つまり……聖女が絶えたのではなく、光が絶えた、ということですね」
「その通りです。我々はそれを“黎明星の消尽”と呼んでおります」
神官長は続ける。
「しかし、エリドゥ帝国ではつい最近、聖女が顕現されたとか。お慶び申し上げます。黎明星の力が再び満ち始めた兆しでしょう」
「ええ。で、あれば、今後はセレスティアにも聖女が現れる可能性がありますね」
リュシアンの問いに、神官長は少しの沈黙の後、声を低くして答えた。
「虚星が元々、七星の一つだったことはご存じですね。あの星は――セレスティアの者でした。神聖国は、その影響を今も受け続けているのです」
「……サリエル様、それはいったいどういう……」
ふと、神官長の視線が私に向いた。ほんの一瞬。けれど、その目には“どこかを探すような”色があった。
……私?
魔力遮断陣を掛けられているから、彼女には私が“ただの人”にしか見えないはずなのに。
神官長は、会話を断ち切るように、立ち上がった。
「それでは最後に、オルフェウス様ご所望の禁書図書館へご案内します」
神官長の案内で、星央殿の奥へと進む。いくつの階段を降り、いくつの扉を超えただろうか。やがて、大きな青銀の扉が姿を現した。扉一面に古い魔導式が織り込まれ、淡い光を帯びて脈動している。これって…
「帝都魔導院の星祈の間によく似ていますね」
リュシアンが私の心を読んだように、呟いた。
神官長は静かに続ける。
「ここには、世界のあらゆる出来事が記録されています。記録は書物ではなく“光”として保管されています。どうぞ、お行きください。あなたが真に知りたいと思えば、図書館は答えをくれるでしょう」
◇◇◇
扉が開くと、そこには――一本の巨大な樹。天へ向かってそびえ、枝先に星々を宿すような光が散っている。樹の根元では、無数の光の粒が呼吸するように舞っていた。
「これが……禁書図書館……」
言葉が息に溶けた。
「アリア、危険が無いとも限りません。まずは私が」
リュシアンが胸の前で手を組み、眼を閉じた。光が彼を包み、渦を描き、やがて一冊の本が現れる。
彼は本を手に取ると、確かめるように読んだ。時間にして、わずか数分だろうか。やがて顔を上げると、本は光の砂となってほどけていった。あとに残ったのは、険しい表情だけだった。
「……リュシアン様、差し支えなければですが……何をお聞きになったのですか」
リュシアンは、わずかに目線を落とす。
「私は――“あなたを黎明星の運命から解き放つ方法はないか”と問いました」
「……え?」
「私はあなたに、“乙女”ではなく、人として、自分の人生を生きられるようになってほしいと願った。そして、それを叶える道を問いました」
図書館で一人の人間が一度に問えるのは、たった一つだという。それを他人のために使うなんて。この人は、なんて……優しいんだろう。
「……そんなふうに、思ってくださっていたのですね」
「図書館は、はっきりとは答えませんでした。けれど――黎明星の力が完全に戻り、かつてのように“複数の巫女”が生まれる時代が再び来れば……あなたは、“たった一人”で背負っている重荷から自由になれるかもしれません」
リュシアンは私に微笑んだ。
「あなたの未来を、あなたの手に戻したい。……それが、私の願いです」
じわりとした温かさが胸に広がる。うれし涙がこぼれるのをこらえて、私は彼の眼を見る。
「ありがとうございます。そのお気持ちが、なにより嬉しいです」
「泣かせてしまいましたね、アリア」
リュシアンは、私の瞳にとどまっている涙をそっと指ですくった。
そして、ふわりと白の光が目の前に広がった。背中に回された両腕。頬にかかる白の髪。
「リュ、リュシアン様!?」
私は、リュシアンに抱きしめられていた。
「……いけませんね。守護星ともあろう者が、欲を出すなど」
リュシアンは自嘲するように言うと、ぱっと手を離した。
「――さて。危険は無いようです。次はあなたが、どうぞ」
「え?…え?……リュシアン様、今のって?」
リュシアンは、にこりと笑ったまま、何も答えない。
あ、これは、何も説明してくれないやつですね。分かりました。リュシアンも、異国の地でちょっと寂しくなっちゃったのかな。よくわからないところがある人だし、そういうことにしておこう。
私は、深呼吸をしてから、胸の奥でそっと問いを結んだ。
――私の両親は、今どうしているの?
――生きているの?どこにいるの?
光が私を包み、渦を描き、やがて一冊の本が現れる。ひとりでページが開き、淡金の文字が一つずつ、浮かび上がる。
“聖なる乙女は、虚星の影に狙われたり
母は古き星守の裔にて
星脈の理をもって娘を包み、
異界へと移したり
母なる星守は力尽きて
血と骨を原郷へ返す
父なる人は、追う影を避け
聖地に身を潜めたり”
浮かび上がったのは――残酷な運命の影だった。
リュシアン様は、ふところにリンゴを入れていたので、アリアはごつごつとした気配を感じてました。




