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57 無能な妹は義兄を想う

朝。

目覚めた瞬間、脳内で昨夜の記憶がばちんと点灯する。


――お前を、一人の女性として愛している。


「……ぁぁぁああ……」

思わず枕で顔を覆い、上体を丸める。誰か、昨夜のエルヴィンの発言の意味を解説してほしい。あれって、なんだったの?一人の女性として愛している…?女性として?愛している?どういうこと?あまりに衝撃的すぎて、あのあとの記憶がない。夢、だった?いや、むしろまだ夢の中にいるのか?


そんな惨状の中、扉をノックしてサラサが入ってきた。頭を抱えイモムシ状態の私を見て、声を上げる。

「アリア様、なんですか、そのお姿は……あら? なんだか今日は、いつにも増してお疲れのような……?」

「……そう、見える……?」

「はい。ご気分が悪いのでしたら、紅茶の種類を変えましょうか? それとも、寝具が合いませんでした?」


違う。違うのよ。でも説明できない。昨夜のアレを他人に説明できる度胸なんて持ち合わせていません。


「べ、べつに大丈夫……ただ、ちょっと寝つきが悪かっただけだから……」


サラサは心配げに額へ手を当てる。

「熱はありませんね……。お祝いで気疲れされたのでは?皆さま、とても案じておられましたから」


「……うん、そうかもしれないわね……」

サラサの親切が、つらい。……昨日のあれを自分一人だけで抱えるの、心の筋肉が足りない……私は心あらずのまま身支度を整え、朝食もそこそこに、馬場へ向かった。


◇◇◇


帝都別邸の広い馬場は朝の光に満ち、馬たちの毛並みがビロードのように輝いていた。

今日は軽い乗馬訓練の予定だ。身体を動かせば、気持ちも少し落ち着く――と、信じたい。厩舎の前に立っていたドゥーニアが、私を見るなり、ほんの一瞬だけ怪訝な顔をした。


「……アリア様」

いつもの硬く礼儀正しい声。それなのに、どこか探るような響きがある。


「……恐れながら、体調が万全ではないように見受けられます。何か、ございましたか」


え、なんで分かるの? この人の観察眼って、一体どうなってるの?


「えっ、えっと……その……」


言いよどむ私を見て、ドゥーニアはさらに眉を寄せた。普段の彼なら“詮索はしない主義”という空気を崩さないのに、今日に限っては躊躇いがちに声を低くする。


「エルヴィン様と何かありましたか」

「っ――!?」


心臓が一瞬潰れかける。まって、なんでそれに直結するの。


「ど、どうして、そのようなことを?」

「長年、あの方の傍におりますので」


ドゥーニアは静かに視線を落とす。少しの間を置いて、低く続けた。

「エルヴィン様は、古くより仕える者以外には、ご自身をほとんど見せません。先代公爵様とお母様を相次いで亡くされ、あの方の心はより深く閉じてしまわれた」


確かに、若くしてアザルという名家を継ぐことになったその苦労は、きっと測り知れないものだっただろう。氷刃公、なんて呼ばれるようになるほどに。でも――


「確かにお義兄様は、言葉は少なめだし、表情も分かりにくいけれど、本当は温かい人だわ」


「ええ。アリア様とお会いになってから――あの方は、ご自分の色を取り戻しました」

ドゥーニアはわずかな笑みを浮かべた。

「感謝しております。……あの方を、救ってくださった」


そんな、お礼を言われるようなことは、何もしてないんだけど。でも――ドゥーニアのように、古くからエルヴィンを見ている人にそう言ってもらえると、なんだか嬉しい。


「……ドゥーニア、あの、私……エルヴィンに……。でも……まだ答えは出せていなくて」


「それで、よろしいのです。アリア様の思うようにされてください」

はっきりとした声だった。冷静で、優しくて、揺らぎがない。


「ただ……」

ドゥーニアは空を仰いで言葉を続けた。

「お二人に、幸せになってほしい。それが私の願いです」


その言葉は、まっすぐだった。整った表情の下にある、揺るぎない情の温度が伝わってくる。私はゆっくりと息を吸い、胸の底に沈んでいた感情を手繰り寄せる。


「……ありがとう、ドゥーニア」


私はエルヴィンを義兄として、優しい幼馴染として、ずっと見てきた。だから、彼に対して持っているのは、家族への愛情、親愛の情に近い。今すぐ、彼の気持ちに答えることは難しい。でも――昨夜のことで、エルヴィンを嫌いになったりもしていない。そして、もう一つ――セレスティア神聖国。私の家族の可能性。たどるべき道が、今はっきりと前に伸びている。


私は馬の背に乗ると、朝の光を見つめた。

「私……エルヴィンの言葉に向き合ってみます」


ドゥーニアは、深くうなずいた。

「エルヴィン様も、きっと喜ばれるでしょう」


「……ええ。私も、前に進みたいから」


まだ、恋ではない、と思う。でも、昨夜の言葉は確かに私の心に温かな灯りを置いていった。それを胸に抱いて――私は進みたい。自分の過去へ。そして、未来へ。


朝の馬場に、爽やかな決意がにじんだ。



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