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56 無能な妹は心乱される

華やかなサロンが静まり返り、アレクセイの声だけが響いた。


「星冠宮の奥深く、誰の目にも留まりにくい場所に隠されていた。とある子爵家に関する記録だ。十数年前、館が全焼し、当主夫妻は行方不明。……そして“女児”も、同じく消息を絶った、と」


エルヴィンの指先がぴくりと動き、リュシアンが静かにその瞳を揺らした。


「……女児の年齢は?」とエルヴィン。

「四、五歳。薄い紫の髪だったと記録にある」


「火災の直後、正体不明の馬車が隣国セレスティア神聖国へ向かったという目撃情報もある。それが何を意味するか……断言はまだできない」


「私の両親は虚星に狙われて……セレスティア神聖国に逃げ延びている可能性がある、ということですね」

自分の吐いた言葉が、静かに胸の奥へ沈んでいく。気を抜けば、そこから何かがこぼれ落ちてしまいそうで。


アレクセイが安心させるように柔らかく微笑んだ。

「大事なのは、おまえがどうしたいかだ。ゆっくり考えると良い。真実を知りたければ、私が力を貸そう」


リュシアンは、私の不安を感じ取ったように囁く。

「アリア。私は、いつでもあなたと共に参ります」


ミハイルもまた、気品をまとった笑みを添える。

「セレスティア神聖国には、僕も縁があります。どうか遠慮なく仰ってください」


胸に張り付いていた硬さが、わずかに和らぐ。――この人たちがいてくれて、本当に良かった。


快気祝いは穏やかに続き、やがて静かに閉じていった。


◇◇◇


その夜。

エルヴィンに呼ばれ、私は執務室の扉を叩いた。扉はすぐに開き、エルヴィン自ら私を迎え入れる。


「……アリア、こちらへ」


促されるまま、私は大きなソファに腰を下ろす。エルヴィンも隣に座り、まっすぐに向き直った。


「今日はいろいろあって疲れただろう……そんなときに、申し訳ない。だが、おまえとはきちんと話さねばとずっと思っていた」


「いえ、私もずっとお義兄様とお話をしたいと思っていましたの」


「……そうか。まず、おまえの両親のことだが、もしおまえがセレスティアに行きたいと言うのなら、私も共に行こう。おまえの望みを叶えるためなら私はどんなこともしよう」


エルヴィンはいつも優しい。いつだって私の気持ちを一番に考えてくれる。

「ありがとうございます。お義兄様。心強いですわ」


「それから……舞踏会でのことだ。……あのときは、おまえを不安にさせてしまってすまなかった。私が黙っていたのは……言葉にしたら二度と戻れなくなると分かっていたからだ」


エルヴィンが私の手をとる。

「アリア。私はずっと、おまえを“妹”として大事にしてきた。家族として守り、支え、無事でいることを願ってきた」


はい、それはもう十分すぎるほど伝わっていました……過保護なくらい大切にされていることは。私は小さくうなずき、続きを待つ。


「だが……いつからか、それでは足りなくなった」

静かな声だった。けれど、その一言の衝撃は大きかった。


エルヴィンは、私をまっすぐに見つめる。

「アリア。今の私は――おまえを、一人の女性として愛している」


視線が絡んだまま、時間が止まる。理解が追いつかない。耳の奥で、心臓の音だけが大きく響く。


「……え……?」


情けないほど小さな声しか出せなかった。頭がうまく働かない。今、エルヴィンはなんて言ったの?私は“妹”ではないということ?突然、今まで信じていた世界がぐにゃりと変形してしまったようで――戸惑いが波のように胸に押し寄せる。


エルヴィンが微笑んだ。その笑みは苦く、でもどこか決意を含んでいる。

「混乱するなというほうが理不尽だ。すまない、アリア」

「わ、私は…」

「答えを急かすつもりはない。今すぐ答えなくていい」


「……アレクセイやリュシアンが、おまえに向ける好意を見るたび、胸の奥で、どうしようもなく痛むものがあった。その痛みの正体に気づいていながら、私は見ないふりをしてきた。義兄でいれば、おまえのそばにいられる。その立場を失うのが、ただ、怖かったのだ」


エルヴィンは、かすかに息を整える。


「だが……おまえが眠りから戻らなかったとき、私は思い知った。もう二度と、おまえに触れられないかもしれない。声も届かないかもしれない。あの瞬間、ようやくわかったのだ。――この気持ちを胸に閉じたままでは、必ず後悔すると」


「アリア。私は、おまえを慕う男の一人だ。兄でも、保護者でも、庇護者でもない。……一人の男として、これからは見てほしい」


言葉にならないまま、私はただその瞳を見つめ返す。


エルヴィンは一瞬だけ目を伏せ、それから、ゆっくりと顔を上げた。


「――愛している」


「……どうか、私を嫌いにならないでくれ」

その眼差しは、一人の名もなき青年のように脆く見えた。


私は何も返せないまま、ただ、その言葉の意味を理解しようと必死だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


ずっと悶々としていたエルヴィンが、ついに。

次回、アリアはどうする?

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