55 帝国オールスターズ 疑い
私の快気祝いという名目で開かれた会は、蓋を開けてみれば、ただの静かな茶会だった。
……出席者が、誰ひとり“普通”ではなかったことを除けば。
私はポットを傾け、蒸らし具合を確かめながら紅茶を満たしてゆく。
香りが広がった瞬間、アレクセイのまなざしが和らいだ。
「令嬢がみずから茶を淹れるとは、なかなか見ない光景だ」
「アリアの紅茶は帝国随一だ」
エルヴィン、それは言い過ぎだから……ハードルを上げるのはやめて。
全員のカップを満たし、息をついたとき──テーブル中央のデザートが目に入った。
淡い紫と白の層が幾重にも重なり、七芒星の小さな砂糖菓子が散らばったパルフェ。見たことがないほど精巧で、菓子というより芸術品に近い。こんなものを作れる職人が、帝都別邸にいたのかしら。
私の視線を察したように、セレスが言った。
「こちらは、リュシアン先生が作った“紫星のパルフェ”。アリア様仕様です」
「アリアの快気を記念して実体化したものです。紫の層は髪色、白は黎明星の清澄さを象徴し――」
「先生の説明は長いですが、要するに“アリア様を讃える菓子”です」
あ、この二人、いつものテンポだ……良かった。ほっとする。
アレクセイは、自然な所作で私の隣へ腰を下ろす。
「味も悪くない。アリアも、一口どうだ」
スプーンを、迷いもなく口元へ差し出してくる。
「で、殿下!?」
「遠慮はいらない。ミハイルにもよく、こうして食べさせたものだ」
「はい。小さい頃、僕は食が細くて……でも、兄上のおかげで好き嫌いがなくなったんです」
ミハイルが微笑む。
皇家では“あーん”が普通なの!?むしろ皇家の伝統芸なの?パニックになっている間にも、スプーンはゆっくりと近づく。全員の視線が一点に集中しているのが分かる。これは絶対、食べちゃ、だめなやつ……!
「……あっ、あのっ!」
私は慌てて両手を出した。
「自分で食べられますわ!私、赤子ではありませんのよ」
スプーンが止まり、「そうか」
アレクセイは意外そうな顔をしている。どうやら“恥ずかしい理由”を理解していないようだ。
私はスプーンを受け取り、そっとパルフェを口へ運んだ。甘さが静かに広がり、層のひとつひとつが淡い香りをほどく。自然と笑みがこぼれた。
「とても美味しいですわ」
「あなたの好みに最適化されていますので」
リュシアンが淡々と告げる。
「アリア、口元に……」
アレクセイがそっと私の口元に触れ、ほんの僅かに残ったクリームを指先で拭う。そしてその指を――そのまま、何事もないように自分の口へ運んだ。
え。
なにいまの。
予想外の展開に、しばし固まってしまった。……こんなの、乙女には刺激が強すぎます。耳まで真っ赤になっているのが、自分でもわかる。
「相変わらず、可愛い人だ」とアレクセイ。横ではミハイルが「懐かしい光景だなぁ」と無邪気に頷いている。
なるほど、皇家では、ここまでがひとセットなのね。恥ずかしがってる私のほうが、おかしいのか……
気づけば、サロンが、ちょっとした氷嵐にさらされたような沈黙に包まれていた。エルヴィンもリュシアンも、セレスですら目が笑っていない。
アレクセイはそんな空気に気づいていないかのように、平然と話を続ける。
「さて──皆に、報せがある」
空気が一変する。
「アリアとミハイルが目覚めた直後、夢蝕病で倒れていた者たちは全員、意識を取り戻した。虚星の支配が断たれた影響だろう。帝国から、病は一掃された」
サロンに静かなため息が落ちた。良かった。あの病院にいた人たちもみんな助かったんだ。
「同じ頃、ヴァンデル商会のジラルドが消えた。国外へ逃げた形跡もない。“痕跡ごと消えた”と、言うべきだ」
「つまり、ジラルドが虚星だったと?」とエルヴィン。
「あるいは、操られていただけかもしれん」とアレクセイが返す。
少しの沈黙のあとを、リュシアンが引き取る。
「虚星は弱体化し、姿を消しました。しかし消滅したわけではありません。いずれまた、帝国――そしてアリアを狙うでしょう。守護星を集め、黎明星の力を高めておく必要がある」
エルヴィンが低く呟く。
「……七星を……」
沈黙のあと、アレクセイが、もうひとつの報せを差し出すように口を開いた。
「それから……エルヴィンの依頼で、探していたものだが……皇家の極秘文書から、“薄藤色の髪を持つ女児”に関する記録が見つかった」
心臓を掴まれたような感覚が、広がった。
次回、薄藤色の髪の女児の情報とは。
そして満を持して、エルヴィンが動きます。




