54 帝国オールスターズ 招集
夢から醒めた一週間後。アザル公爵家帝都別邸の裏庭。
人気のない場所で、私は護衛騎士のドゥーニアに両手首を掴まれていた。
「力を上に逃がさず、足幅は指二本ぶん狭く……はい、そのまま」
「こ、こう……かしら?」
「いいえ。このように」
淡々とした声とともに、ドゥーニアが私の腰に手を添えて体の重心を直す。
実は、これ、エルヴィンに内緒で始めた護身術の訓練なのだ。夢蝕病の一件で、私は気づいてしまった。……アリアって、体力が全くない。社畜時代の私より疲れやすいし、筋肉も全然ないし、運動神経もいまいち。深窓の令嬢ならそれでもいいかもしれないけど、帝国を救う聖女として活動するには、正直厳しい。そこで、ドゥーニアにお願いして体術や乗馬などを習い始めたというわけだ。
「アリア様、それではこの状態から、抜け出してみてください」
「はい…!」
力を入れた瞬間、ドゥーニアが手首を軽くひねって止める。
「逃げようとすると、こうして捕まります。ですから反対側へ――はい、重心を低く」
「は、はいっ……!」
裾がふわりと揺れ、バランスを崩した私をドゥーニアが支えるように抱きとめた。
「申し訳ございません、アリア様。怪我をさせるわけにはまいりませんので……やむを得ず」
「では、次は、間合いの詰め方を――」
そう言ってドゥーニアが私の手を取った、その瞬間。ふ、と空気が張り詰めた。背後から落ちてくる気配が、ひどく冷たい。
「…………アリア」
静謐な冬を思わせる声だった。振り返ると、エルヴィンがそこに立っていた。
「お義兄様……」
「アレクセイたちが到着したと伝えに行ったが、おまえが部屋にいなかった。サラサに聞けば、ここにいると。――だが、これは何の真似だ。ドゥーニア」
足元には、白い霜が薄く広がりつつある。
「お、お義兄様、ドゥーニアが悪いのではないの!私がお願いしたのよ。自分で自分の身ぐらい守れるようになりたいと思って」
「ほう……。私では頼りないと?」
「えっ」
「それとも、おまえが私より強くなって、私を守ってくれるのかな?」
……だめだ。エルヴィン、ちょっと楽しそうだ。こういうところ、ちょっとアレクセイに似てるんだよね。相手を困らせて楽しむのって、皇家の血なのかしら。悔しくなって思わず、口が滑った。
「お義兄様の、いじわる!」
その瞬間。エルヴィンもドゥーニアも目を丸くし、ぴたりと固まった。
今だ!
私は優雅に一礼し、にっこり笑って逃げ出した。
「それでは私は、サロンへ向かいますわ」
◇◇◇
帝都別邸の小サロンは、淡い陽光を受けて穏やかに輝いていた。白磁のティーセットが並び、窓辺には客人から贈られたと思われる色とりどりの花が、小さな花園のように咲き乱れていた。
「アリア様、こちらのお席へどうぞ」
案内してくれた侍女の頬が、うっすら赤い。そわそわと落ち着かない。視線を向けた先。そこに揃っていた“顔ぶれ”を見て、私は思わず立ち止まった。
サロンの中央にはアレクセイ第一皇子。黒髪と横顔に射した光が妙に艶やかで、静かな色香をまとっている。その隣では、リュシアンがセレスと語らっていた。白い髪が光を受けて淡くきらめき、ふと微笑んだ瞬間の破壊力はすさまじい。セレスは知性を宿した眼差しと折り目正しい所作が、彼本来の端正さを浮かび上がらせている。そして、端にちょこんと座るミハイル第三皇子。指先で小花を弄ぶさまは、春の気配を宿したような柔らかさをまとっていた。
……美、美、美。美が溢れすぎている。さすがは帝国が誇るオールスターズたちだ。破壊力がすごい。
サラサが耳元で囁く。
「……アリア様、壮観でございますね……」
四人は、私を見ると一斉に立ち上がる。アレクセイが、近づいてきた。
「アリア、こちらへ。身体に無理はないか?」
「はい、殿下。お心遣い、ありがとうございます」
「今日は、おまえの許しもあったので、ミハイルを連れてきた」
アレクセイが私に向き直る。その顔は真剣そのものだった。
「ミハイルを救ってくれてありがとう。アリア、おまえに万の感謝を」
ミハイルはおずおずと近づき、私を見つめた。今にも泣きださんばかりだ。
「アリア様、ご無事で……本当に、よかった……あの時は、ほんとうに申し訳ありませんでした。謝って許されることではないのは承知しています。でも、今日はどうしてもあなたに会って謝罪したかったのです」
「殿下。……謝られる必要はございません。あのとき、殿下が必死に抗ってくださっていたことは、感じていました。どうか、もう、ご自分を責めるのはやめてください」
リュシアンとセレスも、言葉を添える。
「虚星の支配は、常人には抗えぬほど強大なもの。殿下は最善を尽くされました」
「先生の言う通りです。虚星に狙われ、よくご無事でいらっしゃいました」
しかし、ミハイルはなお、深く頭を下げたままだ。私は、その顔を覗き込んだ。
「殿下、殿下は私と友達になってくださいますか?」
「えっ……」
ミハイルの頬が、ほのかに紅く染まった。
「わたくし、帝都に知り合いがほとんどいないのです。殿下が、いろいろと教えてくださるとうれしいですわ」
ミハイルは泣きそうなまま、こくりと頷いた。
「はい。アリア…お姉様」
か、可愛い……これまで私のまわりにいる男性って、揃いも揃って年上の、背が高い人ばかりだったから、なんだか弟ができたみたいでとってもうれしい。私たち、義理ではあるけど、いとこ同士だから、お姉様呼びされてもおかしくないのね。
そこへ、ふっと横から声がする。
「アリア、私の乙女はまた信奉者を増やしたようだな」
気づけば、エルヴィンが私の隣で、微苦笑を浮かべていた。
ドゥーニアは、帝都にも隠れファンがいる器量良しで、家柄も良いのですが、エルヴィン命なので縁談も断り続けています。




