53 夢とリュシアン 誓願
――私は、ゆっくりと目を開けた。
濃い紫の髪。
エルヴィンが私の枕元に伏しているのが見えた。
「お義兄様……?」
「アリア……」
エルヴィンが、私の声に反応して顔を上げた。彼の瞳が私を見る。眼光はいつもより鈍く、深い影があった。髪はわずかに乱れ、額には汗が浮かんでいる。
「お義兄様……」
ふと、指先に温かな気配を感じる。彼は、私の手を固く握っていた。その手の温度が、私は確かに現実に還ってきたのだと教えてくれる。
「……良かった。戻って来たのだな」
祈るように、彼は私の手に自らの額を寄せた。
そのとき。
「エルヴィン、ミハイルが目覚めた。――アリアの様子は!」
黒く光る影が、部屋に入ってきた。アレクセイだった。外套も脱がず、艶のある黒髪は乱れている。彼は、息を切らしながらこちらへ近づき、寝台の私を見つめた。
「アレクセイ殿下……」
私の声に、アレクセイはようやく、深く長い息を吐いた。そして寝台の横の椅子に、倒れるように座り込む。その仕草だけで、どれだけ彼が心をすり減らしていたかが伝わってきた。
アレクセイは、私の頭を撫でると、弱弱しい笑顔を見せた。
「心配をかけるのも、いい加減にしろ」
黒曜の瞳は、わずかに揺れていた。
「おまえとミハイルは、一昼夜、目を覚まさなかった。――おまえたちを失ったらと思うと……私は……気が気ではなかった……」
そうか。私、そんなに寝てたんだ。体感としては小一時間くらいだったんだけど。そりゃ、みんな心配するよね。エルヴィンもアレクセイも、疲労困憊で今にも倒れそうだ。本当ーっに申し訳ない。
「殿下、お義兄様、ご心配おかけして本当に申し訳ありませんでした」
そのとき、視界の端で、白い光が揺れた。
ベッドのそばの大きな長椅子の上。けだるそうに身を起こした影――
「……リュシアン様……?」
白金の睫毛がかすかに震え、ゆっくりと瞼が開き、淡金色の瞳が私を映した。
「……アリア」
その声は、夢の中で聞いたあの声と同じだった。弱く、かすれて、でも確かに私を呼ぶ声。
「せ、先生っ……!」
セレスが涙をこぼしながらリュシアンに飛びつく。
「よかった……本当に……!」
覆いかぶさられたリュシアンは、うれしそうだった。
私はリュシアンに向き直る。
「リュシアン様……ありがとうございます。助けてくださって……」
彼は、かすかに微笑んだ。その瞬間、視線が重なる。まるで――ふたりだけが共有する秘密を確かめ合うように私たちは、そのまま静かに見つめあった。安堵、親愛、敬意。リュシアンの気持ちが、じわりと胸に伝わってくる。夢の中で溶け合った心が、今も確かにつながっている証。
リュシアンは立ち上がり、私の元まで来ると、片膝をついた。金の瞳が揺れる。
「……アリア。私は、夢の底であなたに救われました。あなたの光は、私の心に触れて――溶け、熱となり、今もこの胸で、静かに灯っています」
その声は、月光のように澄んでいた。
「あなたの光が揺らぐときは、私が支えましょう。あなたの心が曇るときは、私が照らしましょう。あなたが闇に落ちるときは、私も共に参りましょう」
彼は、祈るように私の手を包み込んだ。
そして手の甲に唇を触れさせると、ゆっくりと顔を上げて、私を見つめた。
「アリア……分かちがたい運命を……あなたと共に歩ませてください」
その言葉は、私の心に深く響き、そして、しみこんでいった。リュシアンの胸に白い光が灯る。それはやがて、輝く七芒星の紋となって彼の胸に宿った。光は私の胸へと溶け込んでゆく。淡い光の中心で、リュシアンはただ、私を見つめていた。
――アレクセイが、静かに呟いた。
「……第二星の、覚醒だ」
「先生が、守護星に……!」
セレスが、憧れと喜びと、寂しさが入り混じった瞳でリュシアンを見つめる。
ふと、エルヴィンが視界に入る。
彼は、何かを覚悟したかのような顔で、静かに私を見ていた。
読んでいただきありがとうございます。
セレスは、リュシアンが目覚めるまで一睡もせず、必死で祈り続けていました……
次回から、エルヴィンがそろりそろりと動き始めます。




