表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/66

52 夢とリュシアン 接触

夢を、見ていた。

闇の中で、リュシアンが私を呼ぶ夢だった。


「……アリア!」


突然、意識が鮮明になった。霧が薄れ、世界が再び形を取り戻す。白い花が一面に咲き誇る平原。その中心に私は立っていた。


目の前には、リュシアンが膝をついていた。いつもの穏やかで冷静な彼とはまるで違う。肩で息をし、涙すらにじませている。


「リュシアン様……!」

私は彼に駆け寄った。思わず、その手を取る。彼の指先は震えていた。


「アリア……ようやく、あなたに会えました」

私を見るその瞳に、胸が潰れそうになるほどの痛みと安堵が満ちていた。


「リュシアン様、助けに来てくださったんですね」


「いえ、助けられたのは、私のほうです」

リュシアンは俯き、唇を震わせた。

「私は、この夢の中で、一人になって……」


不思議だ。リュシアンが何を考えているか、何を言おうとしているのか、なぜか分かる。夢の中だからだろうか。まるで、リュシアンと私の精神が溶けあい、一つになってしまったようだった。


私は、そっと、その手を握り締めた。

「リュシアン様は、ひとりじゃありません。私がここにいます。セレスだって、魔導院のみなさんだって、お義兄様だって、アレクセイ殿下も、みんな、あなたを大事に想っていますわ」


そう言うと、彼の瞳が――ゆっくりと私を見つめ返した。

「アリア……」


白い花が風もないのに揺れ、足元から光が広がっていく。


「リュシアン様。帰りましょう」

その言葉に、彼は静かに頷いた。


その時だった。花畑の外側が、再び揺れた。黒い霧が集まり、姿を成したのは――ミハイルだった。彼の顔は苦痛で歪み、その肩は震えていた。


「アリア様……虚星の力が弱まっているうちに……早く逃げてください……」


ミハイルだ。本物の。

「ミハイル殿下!」

私は、思わず一歩踏み出した。


「来ないで!これ以上……あなたを巻き込みたくない……」

ミハイルの声は、怖がる子どものようだった。


……こんな状態の彼を、置いていけるわけがない。


「ミハイル殿下、私達と一緒に帰りましょう」

ミハイルへ近づくと黒い霧が牙を剥くように揺らめく。でも不思議と怖くなかった。


「アリア様、僕は……汚れています……僕の心は、嫉妬と劣等感で……いっぱいで……こんな僕に……もう帰る場所なんてありません」


そんな……そんなふうに思う必要なんて、何もないのに。

私は大きく息を吸った。


「殿下!」

私は叫んだ。


「殿下は、初対面の私に優しく挨拶してくださったでしょう。アレクセイ殿下の体調のことも、気遣ってらっしゃいましたわ。それに、あのスケッチ。あんなに美しい絵を描けるんですもの。殿下は、善い御心をお持ちです!」


私の言葉に、霧は小さくなり、ミハイルから離れていこうとする。


「それに、嫉妬と劣等感があったって、構わないじゃないですか!」


「……アリア様……」

ミハイルの表情に、驚きの色が混じる。


「私だって聖女なんて呼ばれているけど、そんなに立派な人間じゃありません。醜い感情だっていっぱいありますわ。それが、人間じゃありませんか」


前世の社畜時代、同期が大きなプロジェクトに抜擢されたり、社内コンペで賞をとったりするたび、妬ましく思ったり、自己嫌悪に陥ったりしていた。この世界に来てからも、自分が嫌になるときはもちろんある。でも、その気持ちがあるから、逆に頑張れるときもあるわけで。負の感情を持つこと自体は悪いことじゃないはずだ。


黒い霧が勢いを減じ、ミハイルの身体が鮮明になる。私は彼に近づき、その手を取った。

「一緒に帰りましょう、殿下。ここはあなたの居るべき場所じゃありません」


「……僕は……」

ミハイルの眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「黎明星。どうか、ミハイル様にとりついた闇を祓って――」

私がそう祈ると、白い光柱がミハイルの胸から溢れ、黒い霧が一気に爆ぜた。白い光が花の海を満たし、ミハイルの身体が、私の腕の中へ崩れ落ちる。その身体は弱々しくて、でも、重くて温かかった。


「アリア様、ありがとうございます。ごめんなさ……」

ミハイルが言葉を出し切る前に、身体は光の粒子となって消えた。


リュシアンが私の手をそっと握る。

「ミハイル殿下の魂は、解放されました。今頃、意識を取り戻しているでしょう。――アリア、私たちも帰りましょう」


私は頷き、光の中へ身を委ねた。


そのとき、うっすらと誰かの声が聞こえた。

「アリア、またね……」

その声は、どこか懐かしかった。

次回は

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ