46 無能な妹は舞踏会で踊る
アレクセイの指先が私の掌をすくい上げ、音楽に合わせてゆるやかに導いていく。
その瞳が、静かに私を見つめている。
「……なぜ、泣いていた?」
「泣くつもりはなかったんです。気づいたら、勝手に……」
「おまえを苦しめているものは、なんだ」
短く言い切るその口調には、皇族らしい威厳と、妙なあたたかさがあった。
「お義兄様と話して……少し、不安になっただけです」
「エルヴィンか」
ふ、とアレクセイは目を伏せる。
「どうせ、言いたいことの半分も伝えられぬまま、おまえを泣かせたのだろう。あいつはそういう男だ」
エルヴィンをよく知る者の、淡い苦笑。
「どのような話かは聞かぬが、おまえがまだ胸につかえているなら、エルヴィンともう一度話をしてみると良い。縁あって兄妹になった、たった二人の家族だろう。もっともあいつは、おまえのことを妹とは……まあ、その話は今は良いか。……エルヴィンは黙って耐えるところがある。放っておくと……余計にこじれるぞ」
アレクセイって、本当に優しい人だよね。兄弟のことも大切にしてるし、家族を大事にしろと言ってくれるし、陰謀渦巻く皇家の人とは思えない。言われてみれば、確かにエルヴィンってちょっと言葉が少ないときがあるから、さっきの会話も私が勝手に誤解しちゃってることもあるのかも。
「ありがとうございます。アレクセイ殿下は……本当に、お優しいですね」
すると、アレクセイは少しだけ眉を寄せた。感情を抑え込んだような表情。
「……どうだかな」
「え?」
彼の視線は私を逸れ――しかしすぐに、強い力を帯びて戻ってきた。黒曜の瞳が、深い熱を帯びる。
「アリア、言っておくが、私は、愛しい女性の口から、他の男の名が出るのを平気で聞き流せるほど、心が広くはない」
……愛しい……女性……?聞き間違いか?愛しい女性って?あ、守護星として、黎明星の乙女は大事な存在、ってことか。わかりますよ。守られる側がフラフラしてたら、守る側としては心配だもんね。大丈夫です!心配かけないようにエルヴィンとは仲直りしますので、安心してください!……私は、アレクセイを見つめて、にこりと笑った。
「アレクセイ殿下、心配は無用ですわ。私、エルヴィンお義兄様と、もう一度話してみます」
その時、ちょうど、曲が終わった。でも、アレクセイは、私を抱いたまま放そうとしない。腰に添えた手に、力がこもっている。彼は小さなため息をついてから、私の頬を、そっと撫でた。
「おまえが、わかっていないようだから言っておく。私は、自分が案外、嫉妬深い男だったと今日、自分でも知ったところだ。おまえが誰に心を向けるか――思っていた以上に気にかけているらしい。相手がエルヴィンだったから、今回は目をつぶる。おまえにとって、大切な“家族”だからな」
囁きは甘くもなく、飾り気もない。
「だが、次はない」
アレクセイはふいにいつもの皇子の顔に戻り、静かに微笑んだ。
その瞳には、どこか名残惜しい熱がわずかに残っている。
「私の乙女――エルヴィンと話してくるが良い」
アレクセイは、大家族の長男のような包容力の持ち主です。
エルヴィンはどこにいったんでしょう。
お正月休みも終わりまして、
ここから週四日更新に戻らせていただきます。
みなさま、改めまして今年もよろしくお願いいたします。




