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44 無能な妹と舞踏会と皇子たち

「アレクセイ殿下、このたびは、まことにおめでとうございます……!」

「アリア様、黎明星のご加護を得られたこと、謹んでお祝い申し上げます」


お披露目のあと、私とアレクセイは途切れることのない祝辞を受け続けていた。まるで巨大な渦の中心へ飲み込まれていく感覚さえ覚えるような、人いきれだ。


エルヴィンは私のすぐ後ろで、ひとりひとりの視線や挙動を鋭く観察している。一方のリュシアンは穏やかな表情を保ちながらも、魔力の流れを読むように行き交う人々を見つめていた。――みんなが、私を守ってくれている。そう分かっていても、緊張はなかなか抜けない。だって、この中に虚星がいるかもしれないんだから。


「アレクセイ兄上、お久しぶりです」

少し遠くから、よく通る声が聞こえた。空気がひやりと締まる。


肩までまっすぐ伸びた漆黒の髪は、一目で皇家(オブシディアン)と分かる。深い黒の瞳は、光をほとんど反射していない。華やかな兄とは対照的な、研ぎ澄まされた“静”の美しさだ。


アレクセイは、近づいてくる男性を見ながら、私の耳元へそっと顔を寄せる。

「彼が、セルゲイ。第二皇子だ。私とは母親が違うがな。厳しいが、公正で、頭も切れる男だ。誰よりも帝国の未来を考えていると、彼を推す者も多い。……それが、後ろの連中だ。軍部とつながり、領土拡大を狙う強硬派だな」


き、距離が、近い……アレクセイの艶やかな声が、直接、脳に響いてくる。思わず離れようとする私を、アレクセイが楽しげに見やった。い、いじわるだ!この人……!


セルゲイはアレクセイの前に立つと、礼を取った。

「兄上、第一星(ルーメン)となられたとは。お喜び申し上げます。帝国の大きな力となりましょう」


「セルゲイ、久しいな。星々が選んだ。それだけのことだ」

「兄上は昔からそうやって、淡々と言ってのけるところがずるいんですよ」

「おまえこそ、また戦功を立てたと聞いた。帝国地図をまた描き直す羽目になったと、宰相が頭を抱えていたぞ」


セルゲイは軽く笑い、冗談めかして言う。

「レオニス叔父上が、ですか?……あの方の嘆きは半ば趣味みたいなものです。……ですが、もう少し待ってもらいましょう。北境に手を入れるのは、これからですので」


「まったく、相変わらずだな」


あれ?意外と二人は仲良しなんだ。本人同士の仲は良いけど、後ろについてる派閥が争いあってるってことなんだろうか。皇家に生まれるっていうのも、大変なんだなぁ。


ふと、セルゲイが、私へ鋭い視線を向けた。

「黎明星の乙女、アリア殿。お目にかかれて光栄です。あなたの光が、帝国にとって力となることを切に望みます。――ただし、強すぎる光は影を生む。その影に潜むものを……どうか見落とされぬよう」


アレクセイが苦笑して「またおまえは、厳しいことを言う」と言うと、セルゲイはわずかに微笑み、去っていった。


セルゲイの言葉は冷たい警告のようなのに、嘘のない真摯な気配があった。なんだか、悪い人ではなさそうだな。なにより兄想いみたいだし。少なくとも虚星の気配が感じられなかったことに、私はほっと胸をなでおろした。


◇◇◇


セルゲイが去ると、今度は大広間へ柔らかな光が流れ込んだ。

線の細い体つきに、あどけなさが残る白い頬。皇家を表す淡い黒髪は柔らかな輪を描いて無造作に跳ね、光を含むとわずかに深みを変える。その黒い瞳は、私たちを見つけると花が開くようにゆるんだ。


「第三皇子のミハイルだ。芸術と祈りを愛する、優しい子だ。まだ十六で、本人は政争を望まないが……商人ギルドに担ぎ上げられている」


わずかな苦みがアレクセイの声に滲んだ。ミハイルの背後に目をやると、確かに、豪奢な衣をまとい、宝石をぎらつかせている男たちがいた。あれが、商人ギルド……。ミハイルは、彼らを存在を気にすることもなく、祝いの言葉を口にした。


「アレクセイ兄上、そして黎明星の乙女、アリア様……お会いできて嬉しいです。本当に。お美しく、輝いてらっしゃる……」


こ、この子、ものすごく良い子じゃないか!!目元がアレクセイに似てるけど、より可愛らしい雰囲気で、なにより仕草が初々しい。一言で言うと、弟感がある!!ここ最近大人びた美形ばかり見ていた、前世年齢・二十二歳の私には、なんだか新鮮だった。


ミハイルはアレクセイの方を向くと嬉しそうな顔をした。

「兄上が第一星となられたこと、心よりお祝い申し上げます。きっと帝国に、新しい時代が訪れましょう」


「そなたも健勝のようで何よりだ。第七塔(アグライア)での働き、聞き及んでいるぞ。文化芸術を通じてセレスティア神聖国との友好を深めているとか――見事な成果だ」


「兄上たちに比べれば、まだまだです。でも……兄上のお顔を拝見できて安心しました。……このところ、お忙しそうでしたので」


アレクセイの黒曜の瞳が、わずかに細められる。

「相変わらず、よく見ているな。――心配には及ばない。私は大丈夫だ」


「ええ。でも、兄上が“そう仰るときほど”無茶をしておられる気がするのです」

ミハイルは控えめに微笑んだ。


「良い子だろう?」と、アレクセイが私に耳打ちした。その声には弟を思う優しさが混じっていた。


「殿下は、ミハイル様を大事にされているのですね」と言うと、アレクセイは「そうだな」と遠くを見るような目つきをした。その瞳からは、愛情、不安、責任感、様々な感情が見えた気がした。


「殿下の、その優しいお気持ちは、きっと伝わっていますわ」

そう耳打ちして返すと、アレクセイは一瞬戸惑ったような顔をして、それから私に微笑んだ。私たちの様子を、ミハイルはどこか興味深そうに見ていた。


ミハイルとの挨拶が終わると、背後に控えていた商人たちが互いに視線を交わし、一人が歩み出てきた。豊かな金刺繍の礼装をまとい、どこか香り立つような微笑を浮かべた男だ。


「黎明星の乙女、アリア殿。お初にお目にかかりマス。ミハイル殿下を長らク支えております、ヴァンデル商会のジラルドと申す者デス」


エリドゥ語は母語ではないのか、ジラルドの言葉には独特の癖があった。そして、その眼差しは――“人”を見る目ではない。もっと別の……利益、価値、所有物を見るような冷たい光だった。ねっとりとしたものがまとわりついてくるような気配を感じる。


怖い。


思わず肩が震えた瞬間、アレクセイが私の腰を抱き寄せ、手の指を絡めとるように強く握った。エルヴィンも、リュシアンも、私の背にそっと手を添える。大丈夫。私には、力強い味方がいる。深呼吸して、気持ちを落ち着けた。


ジラルドは、私の様子など気にも止めない様子で続けた。

「アレクセイ殿下が黎明星の守護星となられたとは、誠に見事。帝国の“未来ノため”にも、ぜひ私どもも、お力添えをさせていただければと考えておりマス」


さらに一歩近づき、私が思わず身を引くほどの距離に、平然と踏み込んできた。その瞬間、アレクセイが私の前へ出た。動きは優雅だが、有無を言わせぬ強さがあった。


「ジラルド卿。彼女は黎明星の乙女であり――私の守護すべき光だ。その意味を、これ以上説明させるな」


「これは失礼。殿下は、まこと、黎明星の守護星でいらっしゃいますナ……」


その瞳には、食い下がるような執着の影があった。しかし、やがて肩をすくめると、そそくさと退いていった。な、なんとか切り抜けた……。良かった。ほとんどアレクセイのおかげだけど……。


安堵しかけた胸の奥で、理由の分からないざわめきが起こる。

この広間のどこかに――虚星の気配が、確かに漂っていた。

読んでいただきありがとうございます。

セルゲイ、ミハイル、ジラルド、なぜか全員四文字でした……


みなさまからのリアクション、いつも&このたびはありがとうございます!

とても励みになっております!


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