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42 無能な妹は舞踏会で困惑する

侍従が馬車の扉を開き、星冠宮(アストラリア)へと続く石畳に降り立つと、夜気がほんのわずかに肌を撫でた。


エルヴィンが手ずから外套を脱がせてくれると、私の耳元で短く囁く。

「足元に気をつけろ。……視線もだ」

「視線?」

「すぐに分かる」


外套を脱いだあと、一瞬でその意味を悟った。無数の視線が遠慮もなくこちらへ注がれている。絢爛なドレスをまとった令嬢たちも、端正な顔立ちの令息たちも、宮廷の侍従までが私を見つめ、眼を逸らそうとしない。


悪意はない――でも、視線の奥に熱っぽいものを感じて居心地が悪くなる。思わず、ぎゅっとエルヴィンの手を握った。絹の手袋越しに、彼の皮手袋の感触が伝わる。その奥から、もどかしいほどの熱と力が反ってくる。


エルヴィンは周囲の視線を一瞥すると、氷を思わせる眼差しを静かに返した。途端、無遠慮な視線がふっと消え、息がしやすくなった。階段を上ると、星冠宮の大扉がゆっくりと開いていく。天井から連なる魔導灯(ルミナライト)が、白銀のきらめきを降らせた。


その奥、光の中心で二つの影がこちらへ振り向いた。

黒と白。アレクセイと、リュシアンだ。


アレクセイの黒の燕尾服には、襟や袖に細やかな金糸の刺繍が走り、胸には双頭の黒鷲の紋章が鈍い光を宿していた。上げられた前髪が端整な額を露わにし、いつもより静かな威厳を際立たせている。


一方のリュシアンは、今日だけは馴染み深い僧衣を離れ、白金を基調とした燕尾服をまとっていた。星冠宮の光を受けるたび、生地の奥に秘められた淡い輝きがふわりと揺れる。長い髪は同系色の白の組み紐で丁寧に束ねられ、その佇まいには凛とした気配が宿る。


二人の視線が私に触れた瞬間、空気が固まった。

アレクセイの黒曜の瞳は大きく開かれ、リュシアンの弓のような唇は、ぽかりと月を掬うように開いている。

「アリア……」

「アリア嬢…」


うーん。二人とも、やっぱりこの宝石のせいで、早速目つぶしをくらっちゃったみたいだな。アレクセイは左耳の黄金のカフに触れたまま、黙り込んでしまったし、リュシアンは胸元に手をあてて「美の極致」「美の極致」と何やら呪文のような言葉をつぶやき始めた。


なんだろう……。ちょっと……怖い。


そのとき、エルヴィンが静かに一歩前に出た。

「貴殿らの驚愕は分かるが、アリアを必要以上に怯えさせないでいただきたい」


その言葉に、まるで氷から解けたようにいつもの二人が戻ってきた。

「すまない。ただ……あまりにも……」

「まぶしすぎた、と?」

エルヴィンが淡々と問い返すと、二人は黙り込んだ。


やっぱり、この宝石のせいだったんだ。思わず胸元を隠して言う。

「あの……。失礼いたしました。眩しすぎたようでしたら、申し訳ございません。何か上に羽織るものを持ってきます」


するとアレクセイが、何かを堪えるように深く息を吸った。

「アリア。隠す必要などどこにもない。……ただ、おまえが、あまりに美しすぎて……言葉を失っただけだ」

「え……?」


リュシアンも、目の前の現実をどう処理するべきか分からないといった顔だ。

「困りましたね、アリア嬢。あなたの美しさは測り知れない」


うーん。アレクセイとリュシアンからそんなこと言われても。二人の方がよほど美の競演だと思うんだけど。


「アレクセイ殿下とリュシアン様こそ、とてもご立派で素敵ですわ」


にこりと笑って言うと二人の間に、短い沈黙が落ちた。アレクセイは咳払いを一つして、再び左耳に触れた。その肌はほんのりと色づいている。一方のリュシアンは、うっとりした顔で「氷花のブランマンジェ……あなたの輝きに、新たなレシピが浮かびました」と、指先に金の魔導陣を浮かべた。


二人のリアクションが予想外過ぎてよくわからないけど、今の私の発言は公爵令嬢としてマナー違反ではなかったわよね……?あと、リュシアンの新作スイーツは、食べてみたい。


やがてアレクセイが一歩近づき、恭しく手を差し出した。

「アリア、美しい私の乙女。今宵は、第一星(ルーメン)である私に、あなたとともに過ごす栄誉を与えてもらいたい」

凛とした声。皇子の威厳と個人の情が一つになったような響きだった。


と、おもむろにリュシアンが割って入る。

「殿下、アリア嬢の魔力は繊細で未だ不安定です。観察と保護を兼ねるには、魔導院の長である私が最適でしょう」


二人の間に剣呑な空気が走る。慌てて口を開こうとしたそのとき――


「アレクセイ殿下、リュシアン閣下。我が愚妹を、お二人に任せるわけにはいかない。義兄(あに)である私が彼女を連れて行きます」

柔らかだが、有無をいわせぬ迫力。背中から、冷気が上がってくるようだ。


三人の間に冷たい視線が飛び交う……えーっと、みんなが仲良くするにはどうすれば。そうだ。

「……あの、皆さまのお気持ちはうれしゅうございますが、争うのはおやめください。そうだわ、四人で一緒にまいりませんか?」


苦し紛れに出した私の言葉に、三人は、動きを止めた。互いに視線を交わすが、誰も反論はしない。……よかった。とりあえず、喧嘩は防げたみたい。


「仕方ない。乙女は、まだ誰のことも選んではいないようだな」

アレクセイが言うと、エルヴィンが眉をぴくりと動かした。


「アレクセイ、おまえのこともな」

エルヴィンはそう言うと、一歩前に立ち、さりげなく私の進路を確保する。


アレクセイは右隣へ、リュシアンは左隣へと歩み寄り、三人に挟まれる形で私は星冠宮の奥へと足を踏み入れた。


……あれ?これって、“エスコート”というより、“厳重警備の中、連行されてゆく容疑者”じゃない……?


そんな私の内心とは裏腹に、楽団の調べが、夜の幕開けを告げていた。

アリアの胸元の宝石には、エルヴィンが保護魔術をかけていて、見知らぬ人が触れると感電します。


今年も今日で終わりですね。

みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。

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