41 無能な妹は舞踏会へ向かう
朝から胃がキリキリする。……いや、別に何か悪いものを食べたわけじゃない。
今日は――エリドゥ帝国建国の日を祝う舞踏会。
でも、ただの舞踏会じゃない。
黎明星の乙女として、私が初めて帝都の貴族たちの前へ姿を見せる日なのだ。
「アリア様、衣装のお支度を」
サラサの差配で、侍女たちが私の周りをくるくる回る。
魔導灯を浴びて、淡い光を返す白銀のイブニングドレス。胸元には黎明星を象る小さな星形の宝石が埋め込まれ、裾には氷花の刺繍がきらめいていた。このドレスはエルヴィンが、少し前に贈ってくれたものだ。結局、当のエルヴィンが過保護を発揮したために着ていく機会が無く、一度も袖を通していなかったのだけれど。
「アリア様、本当にお似合いです」
「ありがとう、サラサ。でもドレスがちょっと大人っぽすぎないかしら…」
「いえ、これはアリア様の美しいお身体をこれでもかと見せるデザインですわ。さすがエルヴィン様、アリア様にぴったりです。今夜、この姿に心奪われない人はいないはずですわ!」
鏡の中に映るのは、いつもよりずっと大人びた自分だった。大きく肩と背をあらわにしたドレスが、白磁のような肌を際立たせ、光の角度で淡く艶めく。胸元は上品さを損なわぬぎりぎりのラインで開かれ、その奥に、まだ咲ききらぬつぼみのような温もりが宿る。薄紫の髪は丁寧に結いあげられ、うなじに落ちる一筋が、幼さではなく――静かな艶を描いていた。
でも、鏡の中の顔が、こわばっているのが分かる。そりゃそうだ。なんたって、この舞踏会で、私は“囮”になるのだから。
――アレクセイが話してくれた計画は、この舞踏会で、私が黎明星に選ばれたことをお披露目をするというものだった。
「黎明星は今や帝国の均衡を揺るがす存在だ。おまえの顔を見せれば、第二皇子や第三皇子を推すものは、必ず動くだろう。」
アレクセイいわく、皇族も、その取り巻きも、黎明星の乙女という“光”をどう扱うか探っている。そんななか、私が公式の場に顔を見せれば、パワーバランスが変わり、彼らは次の手に打って出ざるを得なくなる。
まぁ、あの後、過保護なエルヴィンが「アリアを囮にするつもりか」と食ってかかり、一触即発の空気になったけど、リュシアンを含めて全員で私を守り抜く、ということで最後はなぜか一致団結したのよね。
状況はかなり厳しいが、元社畜のプライドをかけて、この困難なプロジェクトに立ち向かってみせますよ。
「よし……やるぞ」
鏡に向かって、小さく呟いた。
◇◇◇
支度を終えて階下へ向かうと、吹き抜けの玄関ホールに、ひときわ冷ややかな光が立っていた。
「――お義兄様?」
エルヴィンがいた。纏っているのは、氷銀と白を基調に仕立てられた燕尾服。肩から流れる礼装外套は、裏地に淡い氷花の文様がかすかに浮かび、歩みとともに薄氷の膜がきらめくような光を返す。美しい紫の髪は結い上げられ、前髪もきちんと後ろへ撫でつけられている。その整った額と引き締まった横顔が、彼の端正な容貌をより一層際立てていた。
――さすが、目の保養だわ。
目が合った瞬間、エルヴィンが一瞬だけ言葉を失った。視線が私を捉えたまま、わずかに息を呑む音が聞こえた気がする。
「アリア……その姿は……」
彼は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「変ではありませんか?」
「……いや、あまりに美しすぎて、目を逸らすのが難しい」
さらっと言ってのけたあと、彼は眉をわずかに寄せ、苦しげに視線を落とした。
「これほどの光を、どうすれば隠せるのだろうな……」
確かにこの胸元の宝石、エルヴィンが贈ってくれたんだけど、ものすごく光ってるのよね。もはや目つぶしか、っていうぐらいにまぶしくて……ちょっと周りの迷惑かもしれない。
――この宝石を、両手で隠せば、なんとかなるか?
私は右手と左手を胸の前であわせ、エルヴィンに近づき見上げた。
「お義兄様、これで輝きは少しは隠れましたでしょうか?」
その一言に、エルヴィンがわずかに目を見開いた。
一瞬、何かを言いかけて、また黙る。
そして、口を開けようとして、また黙り、何かを諦めたような声で言った。
「……むしろ、悪化している」
え。
なんでだ。
エルヴィンが私の手をとり、ゆっくりと歩き出す。
「アリア、人と話すときは、相手の眼を見つめないように」
ん?それってマナー違反じゃありませんか?宮殿の壁でも見てろ、と?そもそも、もう誰とも話すなってことかしら……。
なぜかお疲れ顔の執事と侍女たちに見送られて、私は帝都別邸をあとにした。
アリアとエルヴィンは、いざ舞踏会へ。
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