38 無能な妹は、夢蝕病と出遭う 陰謀
「――いや~、疲れた~」
医術院からほど近い、皇家別邸にたどり着いた私は、通された客室の長椅子に倒れ込み、そのまま寝落ちしてしまっていたようだ。目が覚めるとエルヴィンの姿はなく、代わりに護衛騎士のドゥーニアが部屋の外に立っていた。
全身がまだふわふわしている。そりゃそうだよね。魔力をほぼゼロになるまで吸われちゃったんだもん。黎明星の乙女って、もっとこう、キラキラした優雅なポジションじゃなかったっけ?これじゃ、ブラック企業もびっくりの、命をかけた重労働ですよ。
エルヴィンを探して、ドゥーニアと共に二階の客室を出る。館は静寂に包まれ、魔導灯がゆらめいていた。声のするほうへと降りてゆくと、晩餐の間の大きな扉の隙間から、エルヴィン、アレクセイ、リュシアンがいるのが見えた。
ドゥーニアが扉を開けると、その音に気づいた三人が一斉に立ち上がる。金の魔導灯が、彼らの晩餐用の装いを照らした。アレクセイは黒曜と金の礼服、リュシアンは白銀の刺繍を施した僧衣、そしてエルヴィンは深紫の軍礼服に身を包んでいる。みな、夜にふさわしい気品が漂っていた。
え……全員、完璧に着替えてる。私だけ移動用のドレスなんですけど!?しかも、寝てたからしわくちゃだし、髪もぼさぼさだし。居心地の悪さと恥ずかしさをおさえて、テーブルへと進む。
エルヴィンが私に近づくと、静かに椅子を引いてくれた。その手は、まるで宝物でも扱うように丁寧だった。
「アリア、ぐっすり眠っていたようなので起こさなかった。大事はないか」
「ありがとうございます、お義兄様。もうすっかり元気ですわ」
ついで、リュシアンが私の席に近づいてきた。
「アリア嬢、少しだけお手をよろしいですか。魔力の戻りを確認したく」
リュシアンは左手で私の手をとり、右手で小さな魔導陣を発動させた。
「ふむ……魔力量は低いながらも安定。循環速度に問題は無し。エルヴィン殿の魔力がうまく溶け合っていますね。他人の魔力がここまで馴染むのは珍しい」
リュシアンは白く長い睫毛をふせながら、なおも続ける。
「体温、やや高め。骨密度、良好。疲労度が少し高い。相手を大事にするあまり、自分のことは後回しにする傾向あり。人知れず無理を溜め込むタイプですね」
ん?最後、占いみたいになってなかった?というか、なんで手を握るだけでそこまで分かるの?ふと、部屋を見回すと、エルヴィンやアレクセイが、うんうんと頷きながら聞いていた。いや、なに、納得してるのよ二人とも。
落ち着き、冷静になってみると、良い香りが漂っているのに気づく。
銀の食器が並ぶ長卓の中央には、スープが湯気を立てていた。
隣からアレクセイの低く落ち着いた声がした。
「そなたのために、体に良いものを用意させた。……食欲はあるか?」
「ええ、少しだけなら」
「薬草を煮出したスープだ。消耗した魔力の回復にも効く」
「ありがとうございます」
淡々とした口調なのに、声の底には温もりがある。スープを口にすると、やさしい香草の風味が広がり、体の芯がゆっくりと溶けていく。
「もう二度とあのような無茶はするな。そなたを大事に想う者のためにもな」
晩餐の灯りが、アレクセイの黒曜の瞳を照らした。その視線の奥に、真っ直ぐな優しさが宿っている。
あれ?なんかアレクセイ、すごく優しくなったよね。最初会ったときは自信満々な皇族って感じだったのに。私に黎明星の乙女の力があるってわかって、帝国のためになると思ったのかな。大事に想う者っていうのは、義兄のエルヴィンのことだよね。家族を大事にしろって、めちゃくちゃ正論だけど、その通りだし。
「ありがとうございます。殿下のおっしゃるとおりですわ。私も、家族のことは大事に想っています」
アレクセイが、わずかに呆れたような顔をして、
「エルヴィン、おまえも苦労するな」
エルヴィンが、誤魔化すように小さく咳ばらいをした。
今のは貴族の令嬢として百点満点の回答だったはずなのに……なぜか壁に立つドゥーニアまで、私の方を残念そうな目で見ている。あなただけは常に冷静で中立な立場だと思っていたのに!?
「アレクセイ殿下――」
穏やかな空気を一変させるように、リュシアンが表情を引き締めた。
「私の見立てでは、夢蝕病は“黎明星の乙女の力”を狙う何者かの仕業です」
「力を、狙う?」
アレクセイの瞳が鋭く光る。
「ええ。アリア嬢が祈りを捧げたとき、魔力の流れが“逆流”していました。吸われた――そう表現するのが近いでしょう」
「つまり、アリアの力を欲している存在がいる、ということか」
エルヴィンがリュシアンに問う。
「その通りです。逆探知の魔導陣を展開した結果――」
リュシアンの指先が宙をなぞると、金色の紋がテーブルの上に浮かび上がる。
「反応は……星冠宮の中からでした」
晩餐の間が静まり返る。
「星冠宮……?」
エルヴィンが眉をひそめる。
「皇家の結界の内側に干渉できる者など、限られている」
アレクセイは黙してグラスを傾けた。その横顔には、思索の影が落ちている。
「……皇家の誰か、あるいは皇家の名を騙る“何か”だろう。いま、宮廷では皇位継承をめぐり、第二皇子、第三皇子を推す派閥が、水面下で争いを繰り広げている。黎明星の乙女を取り込み、己の派閥の力をより強固なものにしようと望む者もいる」
ま、また穏やかじゃないことになってる……!それって帝国の存亡がかかった重大事態じゃないですか。でも、黎明星の乙女を取り込むって……私、開運グッズとかじゃないんですけど。
「事は急を要する。宮殿に巣食う闇をあぶり出し、病の根を断つ。明朝、星冠宮へ戻ろう」
アレクセイはそう告げると、ふいに口元へ柔らかな弧を描いた。
「――ちょうど良い機会も、あることだしな」
ちょうど良い機会、ってなんだろう?悪い予感しかしないんですけど……
「黎明星の乙女の身を第一に守る。それでいいな、エルヴィン」
「異論はない」
エルヴィンの声が低く響く。晩餐の間の空気が再び張り詰めた。




