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33 無能な妹は帝都で第一皇子と遭遇する

いや~疲れた。もうくたくたです。

黎明星の乙女認定されて、皇帝陛下と謁見したら、帝都に流行る夢蝕病の謎を解いてほしいと言われて――

この数か月、怒涛の展開すぎる。


でも――こういう時こそ、社畜メンタルが生きる。そう、やはりここは「前任者からの引き継ぎ」が大事でしょ。


聖女オリア。三百年前に現れた黎明星の乙女。帝国六百年の歴史の中でも、最も強力な力を持った聖女として帝国を救った女性。オリア以降、帝国では黎明星の乙女は現れてこなかった。


今後の身の振り方のためにも、帝国を救った伝説の聖女が、どんな人だったのか知っておきたい。そんなわけで夢蝕病の調査に行く準備が整うまでのあいだに、聖女の資料館へ足を運ぶことにしたのだ。


エルヴィンは帝国騎士団本部のある第三塔(アウストル)から呼び出しがあって、本人は行きたがっていなかったのを半ば強引に送り出した。義妹のお世話ばかりしてるのも気の毒だし、たまには、義兄にも一人で息抜きしてもらわないとね。エルヴィンは、護衛騎士のドゥーニアに、絶対に私から目を離すなとしつこく言って去っていったけど、ちょっとは義妹を信用してほしいものだわ。


◇◇◇


アザル公爵の帝都別邸を出て、馬車を降りたのは中央区のはずれだった。

聖女資料館は石造りの家のような形をしており、少し大きめの民家と言っても差し支えないほど庶民的だった。館の前には、星を抱いたオリアの像がある。


――オリアって今の私と同い年ぐらいだったのかな。まじまじと像を見て、改めて思う。


エルヴィンが話を通してくれていたからか、入るとすぐ「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた地下の書庫に案内された。中に入ると、聖女について書かれた書物や絵画が所狭しと積まれている。どこから手をつけたらいいものか、と迷っていると、視界の端に1冊の書物が目に入った。


古びた表紙に、金の七芒星が刻まれている。星授の儀(セレモニア)で私の胸元に輝いていたものと、同じだ。本を開くと、古い紙の香りが立ちのぼった。


“黎明星の御代、星々乱れ、帝国は均衡を失えり。

七の守護星そろい、乙女の力にて、帝国ふたたび安寧を得たり。

その七のうち、一は若き皇帝なり。


黎明星と黒曜星、心を通わせ、愛を知るに至る。

されど、選ばれざりし星ひとつあり。

羨の焔に身を灼き、虚星となりて黎明星を奪わんとす。”


これって――虚星(アストラ・ヴォイド)は、聖女を恋い慕うあまり、闇に落ちた守護星のうちの一人ってこと!?だから、今もなお、聖女の力を持つ者を狙い続けてるの!?


「アリア様」

書物に夢中になっていると、ドゥーニアが短く私の名前を呼ぶ。見ると、厳しい顔つきで手を剣の柄にかけている。


「――これはこれは乙女殿。こんな場所でお会いできるとは」


低く響く声。

書庫の入り口に、アレクセイが立っていた。

柔らかく波打つ黒髪が魔導灯(ルミナライト)の光を受け、黒曜の瞳の冴えとともに、その美貌を際立たせている。


「アレクセイ第一皇子殿下……」

「子どもの頃からここにはよく来ていてな。しかし、乙女殿がいるとは、これは星々の導きかな」


アレクセイは、ドゥーニアを一瞥すると「乙女殿は私がお守りする。おまえは入り口を見張れ」と言って部屋の外に追いやった。


第一皇子から言われたら逆らえないよね。ごめんね、ドゥーニア。でも、こんなイケイケ皇子と二人きりは、心細いよ。


アレクセイは振り返ると、いつもの“営業スマイル”を浮かべた。

「乙女殿は今日も麗しい。……聖女オリアに興味がおありか?」

「はい。どんな人だったのか知りたくて」

「彼女は、一人の若く美しい女性だった。世界の安寧を祈り、そして――ひとりの男を愛した。その愛が、帝国に繁栄をもたらしたという」


アレクセイは私に近づき、髪をひと房、指先ですくい上げた。

「私も、乙女殿の守護星として……そのように愛されたいものだ」


低く艶やかな声。けれどその奥には、どこか冷たい影が隠れていると感じた。この人は、聖女を愛しながら、同じくらい憎んでいる。愛を求めて、でも信じきれず、自ら仮面を被ることを選んだ人。そして、今、皇子として、聖女を“帝国のための道具”にしようとしている。


「……帝国の安寧のために、あなたは私を“必要としている”だけではありませんか」

私の声は、自分でも驚くほどはっきりしていた。


アレクセイは、少しだけ目を細める。


「聖女は、都合のいい駒ではありません。意思を持つ――一人の人間です」


アレクセイの笑顔が、音もなく消えた。黒曜の瞳が、初めてまっすぐに私を見る。


「乙女殿は……愚かだな」

その声は、嘲りでも叱責でもなかった。ただ、心の底から出た、静かな驚き。


そして――

左耳につけている黄金の耳飾りを触ると、彼の唇に柔らかな微笑が宿った。

「愚かで……聖女そのものだ」


完璧な皇子の仮面ではない、人間としての、弱く痛い笑み。だが、それも一瞬だった。すぐに、先ほどの強く整った表情に戻る。

「……アリア、と言ったな。また、会おう」


黒い衣が翻り、アレクセイは静かに去っていった。

残された空気は、香のように甘く冷たい。


窓の外で、黎明星が瞬いていた。

その隣で、聖女オリアの像が――ほんの少しだけ、微笑んだ気がした。

次回は、アレクセイの聖女への想いがあきらかに。


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