30 無能な妹は帝都で皇帝陛下に謁見する
――星冠宮。
七塔連環・第一塔の根元に築かれた宮殿は、まさしく“星々の冠”を戴くにふさわしい威容を誇っていた。磨き抜かれた黒曜の床は魔導灯の光を星のように散らし、壁面を走る金糸が、まるで星脈のように淡く脈動している。歩を進めるたびに、空気が張りつめてゆく。
「ここに……皇帝陛下が……」
思わずこぼれた私の声が、広間に反響して大きく響いた。
「大丈夫だ」
隣から、やわらかな声。エルヴィンがそっと私の手を取る。冷たくもあたたかいその掌の感触に、緊張がふっと解けた。
「……お義兄様」
「何があっても、私が隣にいる」
その言葉だけで、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。――さすが、完璧と呼ばれる義兄。やっぱり頼りになる。
扉が開かれ、黄金の光があふれた。
玉座の間の中央に、イヴァン=アーヴェント=ノワール皇帝陛下が静かに座している。少し皺が刻まれたその顔は、威厳の奥に、静かな慈愛を湛えていた。陛下の背後では、皇家を表す双頭の黒鷲の旗がゆるやかに翻り、そのまわりを七塔の紋章が円を描くように並んでいた。
「エルヴィン、久しいな。そして――黎明星の乙女、アリア・アザル。よくぞ参った」
穏やかで、深く響く声だった。
「顔を上げよ。帝国は今、星々の揺らぎに見舞われている。黎明星の乙女の光こそが、星脈を鎮め、均衡をもたらすだろう。そなたと、そして七星の存在を、天の星々に感謝する」
皇帝陛下は、私をどのように扱うつもりなんだろう。不安にかられ、思わずエルヴィンを見上げると、彼はこれまで見たことのないほど険しい顔をしていた。
「聖女は魔導院に入り、世俗を離れるのが古の定め。だが――」
陛下の視線が、隣に控えるリュシアンへと向かう。
「魔導院院長がそれを退けた。“聖女は籠の鳥ではなく、星の風に生きる者”と」
リュシアンが静かに微笑み、深く頷いた。
リュシアン……!ありがとう!おっしゃるとおり、前世の社畜時代ならともかく、いまの私に“籠の鳥”生活なんて絶対に無理です。もう、あなたに足を向けて寝られません。感謝を込めて笑みを返すと、リュシアンはあたふたと手にしていた書類を落としてしまった。いや、あれは――パンだ。さすが“至高のポンコツ”。期待を裏切らない。
そんな微笑ましさも束の間、イヴァン陛下の声が再び空気を張りつめさせる。
「黎明星の乙女が帝国のために祈りを捧げる限り、自由に生きることを許す。だが、乙女よ。どうか余の頼みを、一つ引き受けてほしい」
頼み……?皇帝陛下の“お願い”って、嫌な予感しかしないんだが。
皇帝は続けて言う。
「帝都で今、怪しげな病が流行りつつある。その病にかかると人々は強い眠気に襲われ、やがて目を覚まさなくなり、死に至るのだ。虚星の影響ではないかという声もある。黎明星の乙女に、この病の謎を解き、民を救ってほしい」
「陛下……恐れながら、発言の許可を」
エルヴィンの低く落ち着いた声が響く。
「エルヴィン、そなたの亡き母は我が妹。畏まることはない。申せ」
「アリアへの寛大なるご配慮、心より感謝申し上げます。しかし乙女は聖女として目覚めたばかり。そのような任は、あまりに重き務め。どうか、ご再考を」
鋭冠帝と呼ばれるイヴァン陛下の瞳に、かすかな驚きが宿る。
「……エルヴィン、そなたはこの義妹にずいぶんと目をかけているようだな。しかし、黎明星の乙女は、帝国に護られ帝国を護るのが定め。余もすでに最大限の譲歩をしているのだよ」
エルヴィンは静かに目を閉じ、深く頭を垂れた。
陛下は、薄く微笑み、その眼差しに確信の光を宿した。
「案ずるな。乙女の助けとなるであろう者を遣わそう。――余の息子の、アレクセイだ」
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次回、高貴な皇子殿下の登場です。
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