29 無能な妹は帝都で七星を得る
リュシアンに手を引かれて、星祈の間の奥へと進む。
私の動きに合わせて、小さな星々が光の粒となって舞い、まるで息づくように私のまわりをくるくると回った。やがて光はゆるやかに色と形を変え、金、銀、紫、紅、蒼、翠、桃色の七つの光となって、私を守るように円を描く。
「星々が……あなたに反応している」
リュシアンの声が、ほんのわずか震えた。
そして彼は一歩進み、胸に手を当てる。
「これより、星授の儀を執り行う。黎明星の乙女、アリアに問う。汝、何のために力をのぞむ」
その言葉が、胸の奥に直接響く。――何のために、力を。私はゆっくりと息を吸い、言葉を探した。
「私は……」
光の粒が私のまわりで脈を打つ。色とりどりの光の粒を見て、エルヴィンやリュシアン、セレスを思い出す。この世界に来てからできた、大切な家族と仲間たち――
「自分と、周りの人たち……この世界の人たちの幸せを、守りたい」
その瞬間、天から黎明星の白く大きな光が降りてきた。
さらに七色の光が引かれるように集まり、やがてそれは一輪の冠の形をとる。
――温かい。まるで天が、私の髪を撫でたような感触。
光の冠が溶けていくと同時に、胸の上にひとつの紋が浮かび上がった。
丸い円の中に、七芒星が描かれている。
「……これは」
リュシアンが息を呑む。
星々が、まるで礼をするように一斉に沈黙し、空間全体が静まり返る。
柔らかな光の中で、リュシアンの声が響いた。
「これをもって――アリア=アザルを、星々に認められし、黎明星の乙女とする」
世界が呼吸を取り戻したように、星空が再び瞬き始めた。
◇◇◇
扉を出ると、エルヴィンとセレスが待っていた。二人の顔には、安堵と不安が入り混じっている。
「……終わったのか」
エルヴィンの問いに、リュシアンが深く頷き、礼をとる。
「アリア=アザルは、正式に帝国の聖女として認められました。アザル公、おめでとうございます」
エルヴィンの表情は変わらなかった。彼の視線が、私の胸元で止まる。
「……アリア、それは……」
そこには、淡い光を宿した七芒星が、まだ消えずに輝いていた。
リュシアンが静かに口を開く。
「星の加護を示す紋です。心配いりません。数日経てば見えなくなります」
セレスが一歩前に進み、興奮した口調で言った。
「ですが先生、この形は……!」
「ええ。黎明星のもとに、七つの星々が一斉にはせ参じました」
「信じられません…!まさかこんなことが……!聖女オリアと同じ数だなんて」
リュシアンとセレスの話によれば、黎明星の乙女には、その身を護る“守護星”が存在する。乙女はその守護星と契約を交わすことで、その力を何倍にも増すのだ。守護星はいわば乙女の力を増幅する星の器。だが、古の記録によると、通常、一人の聖女が持つ守護星の数は一つなのだという。
けれど――私の場合、七つの星がその光を差し伸べているという。そしてそれは、聖女オリアのそれと同じなのだそうだ。守護星のもとに生まれた者は、黎明星の乙女と強い運命で結ばれているため、いずれ何らかの形で黎明星のもとにその姿を現す、と言われている。
「……なんて、美しい……」
セレスが、私の胸元の七芒星を、熱を帯びた目つきで見つめる。その瞬間――横から、ひやりとした影が差し込んだ。エルヴィンだ。
「……近い」
低く落ち着いた声。だが、ほんのかすかな棘が混じっている。
セレスは、はっとして一歩退いた。
「し、失礼しました!あまりに珍しいものでしたので、つい……」
氷刃公モードのエルヴィンを眺めながら、私はリュシアンの説明を反芻していた。
聖女オリアと一緒っていうけど、七つの星、ってことは、つまり七人のガードマンがつくってことだよね?普通なら一人で十分だけど、私は頼りないから、大勢で守るしかないですよ、ってことでは?私、どんだけ力の無い聖女なんだろう……歴史上最弱?いや、むしろ無能な聖女?
誰にも気づかれないよう、ひっそりと落ち込んでいると……リュシアンが、懐から小さなノートを取り出すのが見えた。
「これは、しっかり記録しておかないと」
ぱらぱらとページをめくるが、途中で固まる。
ノートをちらりと見て、セレスが目を細める。
「……“紫星のパルフェ”。先生、これ、お菓子のレシピ帳ですよね」
「学問とお菓子作りは、どちらも“再現実験”ですから」
「また、研究ノートとレシピ帳を間違えたんですね」
落ち込んだ気持ちがふっとほどけ、胸の奥まであたたかくなった。この二人がいてくれることが、どれほど心強いだろう。
「良かった。いつものあなたに戻られたようですね」
リュシアンが私を見て、かすかに微笑んだ。だが、その穏やかな瞳に宿った光は、次の瞬間、理の刃のように鋭く変わる。彼は静かにエルヴィンへと向き直った。
「この結果はすぐに陛下へ報告します。お二人は予定通り、星冠宮へ」
「……承知した」
◇◇◇
リュシアンとセレスが去ると、あたりには再び静寂が満ちた。
私は胸の上にある七芒星をそっと撫でる。その光は、確かに私を温めてくれていた。
エルヴィンが、私の胸元に視線を落とす。
ためらうように伸ばされた指先が、触れるか触れないかの境で、七芒星をなぞった。
「……美しい。……しかし……」
言葉の続きを探すような間のあと、彼の腕が動いた。
引き寄せられ、額が彼の胸に触れる。力ではなく、体温が先に伝わる抱擁だった。
「私の手を離れてしまうのではと、胸が痛む」
囁きは、独り言のように低い。
しばらくして、エルヴィンはゆっくりと腕を緩めた。
名残を断ち切るように、私を自由にする。
「すまない」
「ごめんなさい」
私が謝るのと、エルヴィンが謝るのは、ほとんど同時だった。
「お義兄様が謝ることなど、何もありませんわ。私こそ、心配をかけてごめんなさい。でも、リュシアン様もいらっしゃいましたし、ちゃんと戻ってきましたから、そんなに気に病まれるようなことでは――」
言い切る前に、再び彼の腕が私を抱きしめた。
今度は、先ほどよりも少しだけ強く。
「お、お義兄様?」
「……すまない。やはり、もう少し……おまえを確かめさせてくれ」
エルヴィンって本当に心配性だわ……。無事だって、さっきから何度も言ってるのになぁ。
濃紫の髪がさらりと頬を撫で、少しくすぐったくなってしまう。ぎゅっと抱きしめられていると、親に甘える子どもみたいにも思えてきて、つい、その美しく流れる背をぽんぽんと撫でてしまった。エルヴィンって若くに御両親を亡くしているし、家族への思い入れが人一倍強いのかもしれない。無意識に“よしよし”を続けていると、頭上から、低く抑えた声が落ちてきた。
「アリア……それはなんだ」
「えっ?」
「先ほどから言っている“よしよし”とは」
しまった!私、いつの間にか声に出してましたか!
「申し訳ありません……お義兄様が寂しそうでしたので、つい……」
エルヴィンは短く息を吐き、何かを呟いた。
「……おまえが私をどう思っているかは、よく分かった」
「な、何かおっしゃいました?よく聞こえなくて」
「いや、良い。こちらの話だ」
見上げると、その表情にわずかな笑みが戻っていた。思わず嬉しくなって微笑み返すと、彼と目が合う。エルヴィンは「仕方がないな」とでも言うように、私の髪を静かに撫でた。
ふと廊下の窓を見ると、空の高みには黎明星がひときわ強く光っていた。
――この先に、何が待っているのだろう。
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アリアはエルヴィンの腕の中に綺麗に収まる身長です。




