28 無能な妹は帝都で星の宣託を受ける
魔導院の内部は、外から見るよりもずっと美しかった。
通路の左右には浮遊する光球が列をなし、壁一面には美しい装飾のような星図が描かれている。
リュシアンが私たちを案内しながら言う。
「星授の儀は、星祈の間で行います」
「星祈の間?」
リュシアンは微笑んだ。
「恐れることはありません。とても美しいところですよ」
エルヴィンが低い声で問う。
「その儀式に、危険は?」
「理論上はありません」
「理論上……?」
リュシアンの「理論上、安全です」って絶対危険なやつじゃないか。
リュシアンはいつもの穏やかな口調で続けた。
「帝国では三百年前の聖女オリア以来、黎明星の乙女は現れていません。儀式の手順は文献に残っていますが――魔導院の中でも、実際に執り行った者は誰もいないのです。もっとも、星授の儀を試みた記録はいくつかありました。失敗に終わっていましたが」
「……失敗?その者は、聖女として認められなかったのか?」
リュシアンは静かに言った。
「ええ。認められず、そして命を落としました」
……え、ちょっと待って?それって「マニュアルは完璧ですが、実際にはプロジェクトは失敗しました」ってことじゃない?そんなの、絶対に安全じゃないでしょ……エルヴィンも、ものすごい顔でリュシアンを見つめ――いや、睨みつけてるし。
不穏な空気を感じ取ったセレスが、小さく眉をひそめた。
「先生、アリア様を不安にさせています」
「大丈夫ですよ。アリア嬢なら」
リュシアンは、にっこりと笑った。
◇◇◇
迷路のような回廊をゆき、やがて重厚な白い扉の前にたどり着いた。扉全体に、古代文字のような魔導式が幾重にも重なり、青い光の帯となって脈動している。
「ここが、星祈の間です」
リュシアンが静かに言うと、その声に呼応するように、扉の紋章がふっと光を増した。
「アリア嬢、手を」
促されるまま、私は手を扉の中央に置いた。ひんやりとした感触の中に、微かな脈を感じる。
――扉が、私の鼓動に合わせて息づいている?
「……生きているの?」
思わずつぶやくと、リュシアンが頷いた。
「そうです。星祈の間は、天に息づく星々と地上の我々を、繋ぐ場」
リュシアンが静かに手を振ると、扉の魔導式がひとつずつほどけてゆき、音もなく、世界が開くように――扉が左右に裂けた。
満点の星空が限りなく広がる空間。星々の光の粒が絶え間なく降りそそぎ、そのひとつひとつが祈りのように、足もとで淡く弾けて消えてゆく。そこは、現実の理から切り離された聖域だった。
リュシアンが私に向き直り、静かに手を差し伸べた。
「ここから先は、私とあなたしか入れません。――どうぞ、お手を」
その手に触れようとした瞬間――背後から、そっと手首をつかまれる。振り返ると、エルヴィンがいた。氷のように整った顔に、普段見せない影が差している。
「……アリア、すまない……つい」
その声音には、抑え込んだ焦燥が滲んでいた。
私はそっと微笑む。
「お義兄様。これは、誰でもない――私が選んだ道ですわ。必ず無事に戻ってきます。お義兄様の星にかけて、お約束します」
エルヴィンの指が、名残惜しげにほどける。その瞳はただ一心に私を見つめていた。
「危険なときは、私の名を呼べ。どんな場所でも……たとえ闇の底であろうと、必ずおまえのもとへ行く」
私は小さく頷くと、ゆっくりとリュシアンの手を取った。
そして、一歩、前へ踏み出した。
リュシアンは星脈ガチ勢なので結構怖いことを平気で言います。




