26 無能な妹は帝都を義兄と歩く
帝都の街が見えた瞬間、思わず声を上げた。
巨大な都の中心には、象牙色の七つの塔ー七塔連環が天へ向かってそびえ立ち、それぞれの塔を、天に浮かぶ橋が結んでいる。
商店や露店が所狭しと並ぶ通りは、人と香りと声であふれていた。空のあちこちに、ガラスでできた球体がゆるやかに浮かび、淡い光を放っている。
「まぁ……すごい! お義兄様、あの丸いガラスのようなものは何かしら!」
「あれは魔導灯といって、魔力で光を保つ街灯だ。雪の降るアザル公爵領ではあまり使われていないものだがな」
「香辛料屋さん、古魔道具屋さんもありますわ!一体どんなものが置いてあるのかしら!」
「まったく……子どものように喜ぶ。アリアは本当に、連れ出しがいがある」
だって、エルヴィンが心配しすぎて公爵領でもほとんど外出できたことなかったし、こんな魅力的な街、馬車の中から眺めるだけでもわくわくするに決まってる!そういうエルヴィンだってなんだか楽しそうじゃない?
「魔導院での約束の時間まで、まだ少しある」
「……!」
「少し街を歩こう」
「えっ!私、そんな……!」
「顔に出ている」
エルヴィンはその整った顔に、珍しく笑みを浮かべていた。
完全に思考を読まれていたか……会社でも上司に「お前は考えてることが顔に出やすいから相手になめられる」「もっとポーカーフェイスを身につけろ」ってよく言われてたなぁ……ま、まあここは会社じゃないからたとえ私が百面相してても問題ないんだけど。
エルヴィンは、馬車をとめ、護衛騎士のドゥーニアを呼んだ。ドゥーニアは、流れるような動きで人の波へ消えていった。そして、戻ってくると、短く報告した。
「通りは混雑していますが、危険はありません。警備の配置も完了しています。屋台通りを抜ければ魔導院の塔が見えます」
エルヴィンが手を差し出した。
「行こう。足もとに気をつけろ」
「はい、ありがとうございます」
外は香辛料と焼き菓子の匂いで満ち、まるで祭りのような賑わいだった。小さな屋台がまるでマッチ箱のように並ぶ。魔導書店には、美しい魔導陣の書かれた書物が並び、魔道具店には何に使うかわからないような不思議な形をしたガラス管など様々なものが売られている。
思わず楽しくなって、エルヴィンに「お義兄様、連れてきてくださってありがとう」と言うと、エルヴィンは、こちらを見て微笑を浮かべた。
……ん? なんか、周りから見られてる…?女性だけじゃない。男性も、ちらちら。あ、そっか。エルヴィンの美形が駄々洩れなんだ。こんな下町に、どう見ても貴族な義兄が歩いてたら、そりゃ誰でも二度見するよね。男女問わず惹かれてしまうとは、さすが完璧な義兄。恐るべし。
と、隣のエルヴィンを見ると先ほどまでの笑みは消え、なんだかとっても機嫌が悪そうだ。気のせいではなく、周りの空気が冷えているのを感じる。……きっと、美形には美形の苦労があるんだな……
◇◇◇
賑わいの通りを少し外れた先、細い路地に差しかかったときだった。
「……やめろ……やめてくれ」
かすれた声が耳に触れ、思わず足を止めた。
見ると、石畳の脇に一人の男が倒れていた。肌は褐色で、痩せすぎて骨ばっている。着ているぼろ布は破れ、目元には帯布が巻かれていた。
「大丈夫ですか……?」
しゃがみ込もうとした私を、後ろからエルヴィンの腕が制した。
「アリア、触れるな。魔力の気配を感じる」
「……そのとおりだ。放っといてくれ。……普通の怪我じゃ…ない。医術や魔術ではもう効かん……」
その声は弱々しくも、はっきりしていた。
男は、顔をそむけるようにして、苦痛に堪えている。
呼吸は浅く、額には汗が滲み、赤褐色の髪がべたりと張り付いていた。
こんなに辛そうなのに、なにもできることはないの……?
私は、エルヴィンの腕をそっとほどくと、男のそばへ膝をついた。
「せめて……少しでも、あなたの痛みが癒えますように」
そう言いながら、手をそっと掲げる。
こういうとき、なんて言えばいいのかな。子どもの頃よくやってた……そうだ、あれだ。
「……痛いの痛いの、とんでいけ」
指先に、金の光がふわりと灯った。
まるで小さな羽がひらひら舞い降りるように、その光が男の胸へ吸い込まれていく。やがて、光は男の身体全体を包み込み、そして静かに消えた。
男の呼吸が、ふっと軽くなった。
「……痛みが…消えた……?」
彼の手が、ゆっくりと目元の帯布へ伸びた。
布がほどけ、闇を閉ざしていた瞼が開く。
琥珀。いや、金へ揺らめく黄金の瞳。
乾いた砂のように荒れていたはずの表情が、光の中で輪郭を取り戻し、はっとするほど整った美貌が浮かび上がった。頬はこけ、肌は疲労に沈んでいるのに、瞳だけが驚くほど強い生命力を宿していた。
男は光を確かめるように瞬きをし、視界が戻った喜びに震える。
「……呪いが解けている……そなたは……一体……」
男が私に手を伸ばそうとしたその瞬間。
エルヴィンが一歩、私の前に立った。
「彼女に触れるな」
声は低く、刃のように冷たい。
男は食い下がる。
「待ってくれ!そなたが誰であれ、命の恩人だ。せめて……名だけでも!」
アリア「え、その……」
私は、静かにパニックを起こしていた。
なんで!?今のは、ただのおまじないのつもりだったのに。日本全国共通の、あのおまじないだよ!?手をかざしただけで、呪いが解けるなんて、そんなこと、ある?これも黎明星の乙女の力なの?
私が黙っていたその一瞬で、エルヴィンの判断は終わっていた。
彼はためらいなく、私の腰に手を回し――ふわり、と身体が持ち上がる。
「お、お義兄様……!?」
これって……いわゆる、お姫様抱っこだ!しかも衆目のど真ん中で!恥ずかしすぎる。私、大人なのに自分で歩けないと思われてる!?
エルヴィンは私を隠すように青年に背を向け、静かに言った。
「恩人と思うなら、ここから動くな。おまえは、何も見なかった。何も聞かなかった」
ドゥーニアがエルヴィンの隣にやってきて、前方を見ながら言う。
「閣下、この通りを抜ければ魔導院へ出ます」
「後方を頼む」
「お義兄様、私、一人で歩けますので!」
そう言うと、エルヴィンは事も無げに
「私が、おまえを一人で歩かせたくないのだ」と言って、そのまま歩き始めた。
……トラブルメーカーだから私を一人で歩かせるのが心配ってことなんでしょうか。いつも、事件を引き起こしてしまい、すみません。
ふと気づくとエルヴィンの背越しに、青年が石畳に座り込んだまま、鋭い眼差しで私たちを見送っているのが見えた。
――その視線の意味を私が理解するのは、まだ遥か先のことになる。
読んでいただきありがとうございます。
次回は、懐かしの、あの”至高のポンコツ”の登場です。
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