20 無能な妹は闘う
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――まぶしい。
光が収まっていく。
空気の粒ひとつひとつが、白く光って見える。
世界そのものが、息をしているみたいだった。
「……アリア!」
そこには、なおも剣を握るエルヴィンの姿があった。腕や足には血が滲んでいるが、それでも視線は魔獣をしっかりと見据えている。背後ではリュシアンの結界がきしみ、セレスたちが必死に魔物を押し返していた。
大丈夫。どうすればいいか、私にはわかっている。
私は、片手を空へと上げた。
「闇に迷えるものを、光へ還して」
掌から光があふれ、魔物へ向かって広がってゆく。 魔物たちは悲鳴を上げる間もなく、白い閃光の中へと溶け、消えていった。
エルヴィンとセレスが、息をのむ音が聞こえた。
その瞬間だった。足元の大地が、低く、不気味に震えた。裂けた闇の向こうから、巨大な影が姿を現した。六つの赤い目に十六本の手足。どす黒い瘴気をまとった怪物――これが、森を蝕んでいた“本体”だ。
「アリア、下がれ!」
エルヴィンが剣を構えなおす。
でも――私は一歩も引かなかった。
「……見える……」
魔物の胸郭の奥。そこだけ、闇が渦を巻くように歪んでいる。まるで‟標的を示す印”みたいに。――あれが、急所だ。どうすれば倒せるのか、誰かに教えられたみたいにはっきりとわかる。
「お義兄様……あの魔物、胸の奥に“核”があります。あそこを斬ってください」
「……視えているのか」
頷くと、彼の瞳がわずかに揺れた。しかし、すぐに真剣な光に変わる。
「わかった」
氷刃の蒼い光が剣に宿り、エルヴィンが地を蹴る。
私は片手を上げ、息を吸った。
「黎明星よ――、闇を貫く光を!」
白い光が掌からあふれ、エルヴィンの剣へと流れ込む。氷の蒼と、光の白が混ざりあい、刃がひときわ強く輝いた。
「今です!!」
エルヴィンは振り返らない。迷わず、私の声だけを信じて剣を突き立てる。光刃が闇を裂き、魔物の胸郭へ――その“核”へ、まっすぐに吸い込まれる。魔物が断末魔を上げ、黒い核が砕け散る。瘴気が霧のようにほどけ、風にさらわれていった。
――これで終わりじゃない。まだ、黒い瘴気が残っている。
私は、リュシアンのもとに近づき、自分の手を彼の上に重ねた。
「っ……アリア嬢……?」
白銀の僧衣の袖口は焦げ、魔力の光が不規則に瞬いている。
「リュシアン様。ありがとう、こんな風になるまで護ってくださって。――あなたは一人じゃありません。今度は、私があなたを護ります」
祈るように、その手を握りしめる。
「黎明星よ。どうか、すべての影を照らして――」
白く大きな光が立ち上がった。リュシアンの魔力と溶け合い、白と金の輝きが円環を描きながら空へと昇っていく。轟音が響き、星が弾けるような閃光が闇を貫いた。黒い瘴気が嘶き、やがて静かに霧散していく。
――終わった。
エルヴィンの姿が見える。剣を下ろし、こちらへ駆け寄ろうとしている。
リュシアンも、結界を解いて膝をつく。
みんなを守れた――
「……よかった……」
安堵の言葉とともに膝が崩れ、視界がふっと揺らぐ。
◇◇◇
気づけば、エルヴィンの腕の中にいた。
彼の胸越しに見える景色は、もう闇に染まっていない。氷花が咲き乱れ、森全体が淡い光に包まれていた。
「お義兄様……みんなは?」
「無事だ。リュシアンもセレスも。瘴気は消え、森は息を吹き返している。虚星は退いた」
エルヴィンの声は静かで、でもその腕は私を放そうとしない。
「……あの光を、二度と見ることはないと思っていた」
「お義兄様?」
彼は答えず、黙ったままだ。
少し離れた場所でリュシアンが魔導陣を展開し、星脈の測定をしている。白い髪が光を反射し、まるで彼自身が星明りを纏っているようだった。
彼の金の瞳がこちらを見た。
「星脈の濃度、尋常ではありません……黎明星はあなたと完全に接続されている。アリア嬢、あなたは存在するだけで世界の理を安定させ、星脈は力を取り戻す」
「え、あの……私、そんなたいそうなものじゃ……」
セレスが苦笑する。
「……先生、すでに信者になってますね」
「いえ、私はただ興味深い対象から目を離したくないだけですよ」
リュシアンはそう言いながら、こちらをまっすぐに見つめていた。その瞳の色が、熱を帯びて見えたのは気のせいだろうか。
セレスもまた、私を見ていた。
「……あんなに美しい魔力光、初めて見ました。まるであなたが光そのものになったみたいだった」
「や、やめてください、そんな言い方」
「事実ですから」
セレスが目を細め、極上の笑みを浮かべる。
……え、なにこの空気。落ち着かないんだが。黎明星の光って、もしかして何か人体に悪い影響でもあるのかな。みんなの視線が、全方位から刺さってる気がする。お願いだから誰か、話題を変えて……!
一人いたたまれなくなっていると、エルヴィンが低く呟いた。
「帝都の観測塔も、この光を見ただろう。帝国が動く。聖女として祀るか、あるいは――」
「エルヴィン、あなたには酷なことになりましたね」
リュシアンの言葉に、森の空気が少しだけ張り詰めた。
私は大きく深呼吸をして、空を見上げた。黎明星が、強く白く、光っている。
「私は、虚星が何なのか、知りたい。それに……自分に何ができるのかも」
エルヴィンがゆっくりと私の方を見る。その瞳は、冬の湖のように静かで深い。
「帝都は、安全ではない」
「それでも行きます。逃げてばかりじゃ、きっと、あの光に顔向けできないから」
少しの沈黙のあと、彼の唇がわずかに笑みをつくる。
「……私の乙女は、ずいぶんとお転婆と見える」
風が吹き、エルヴィンが私を見る。泣き出しそうなほど、やさしい顔で。
「――おかえり、アリア」
「――ただいま、エルヴィン」
黎明星が、まるで祝福するように光を強めた。
読んでいただきありがとうございました。
黎明星の乙女として目覚めたアリア、この先どうなってしまうのか…?
お話はまだまだ続きます。
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