19 無能な妹は思い出す
――ここ、どこ?
雪のように輝く光粒が漂っている。けれど寒くない。むしろ、あたたかい。
心の奥の奥にまで、やさしい光が差し込んでくる。
耳の奥で、誰かの声がした。
『……アリア。おかえりなさい』
声は穏やかで、懐かしくて――まるで星そのものが語りかけているみたいだった。
光が形をとり、目の前に“映像”が浮かび上がる。
公爵邸の白薔薇。春の風。
紫の髪の少年と少女が、笑いながら駆けていく。
「みて!ばらが、ぜんぶ白いの!」
「そんなに走ったら転んじゃうよ」
「だいじょうぶだもん! はやく、はやく~!」
「……そういうの、おてんばっていうんだぞ。父上が言ってた」
「はしるのがはやいってこと?」
「うーん……たぶん、ちょっとちがうけど……」
少年が優しい目で、少女を見つめる。
「毎年、ここに来よう。春に」
「うん。やくそくだよ」
「約束だ。アリア」
――あれは、私。まだ幼いころの、私。
そしてあの少年は――エルヴィン。
胸の奥が、痛いほどに熱くなった。忘れていたはずの記憶が、音と匂いとともに戻ってくる。
声が続いた。
『あなたはもともと、この世界の子。黎明星の光を宿して生まれた娘。その力を欲した虚星が、あなたを狙ったのです。虚星は、黎明星の輝きを持つ者を決して逃さない』
映像が変わる。
燃え上がる屋敷、夜を裂く光。父親らしき男性の手に抱きかかえられて泣き叫ぶ幼い私の胸から、まばゆい輝きが溢れ出していた。
『このままでは滅びが訪れる。だから、私はあなたの魂を星脈の外へと逃がした』
見覚えのある街並み。電車。ネオン。広告代理店のデスク。そこに座っているのは、スーツ姿の“私”。
『異世界のあなた――藤原有紗は魂を同じとする‟避難先”でした。私はあなたが、自らの足で未来へ歩き出せるその時を待って、再びこの世界に呼び戻しました』
「じゃあ……私は、転生したわけじゃなくて……戻ってきた、の?」
光の粒がゆっくりと集まり、黎明星の光輪が現れる。その光はやさしく、私を包み込む。
星々が輪を描き、すべての記憶が胸に流れ込む。過去と今がひとつになる感覚。
――私は、この世界の人間だった。
――そして今、黎明星の加護を継ぐ者として“還ってきたんだ”。虚星と闘うために。
『そうです。ただ、あなたの魂は、この世界と離れた年月があまりに深かった。そして、今の私の力では、欠けた年月のすべてを満たすことは、難しかった』
「だから二十二歳のはずの私が、十六歳のアリアとしてこの世界に戻ってきたのね。でも、どうして誰も私のことを覚えていなかったの?」
『あなたを別世界に逃したとき、あなたにつながる人々の記憶に手を加えました。ただ、強い想いがある者の記憶を完全には消すことはできなかった。それもまた星々の縁なのでしょう』
「それじゃ、このまま、みんなの記憶は失われたままなの?それに、なぜ虚星は私を――」
『愛しい子よ。ひとの春は短い。どうか大輪の花を咲かせて』
その言葉と同時に、光が弾ける。
「ちょっとー!!いろいろ知りたいことがあるのに……答えてくれないんかーい!」
再び目の前が光でいっぱいになった。
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次回、氷花の森編はクライマックスです。
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