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17 無能な妹は氷花の森をめざす

――お、お尻が痛いよぉ……


思わず、心の中でつぶやく。とてもじゃないけど、口に出しては言うことはできない。だって私は、公爵令嬢だもの…


魔力駆動車(ルナ・キャリッジ)の座席は、豪華な見た目に反して信じられないほど硬かった。文明の力って、もっとやさしい乗り物じゃなかったっけ。この車は‟至高のポンコツ”ことリュシアンの発明品で、魔力を注ぐと自動で目的地まで連れて行ってくれるのだという。


「完全自動運転なんですよ!素晴らしい発明でしょう」

「試験運転では車が大破したと聞いたが?」

エルヴィンの冷たい声。


リュシアンは満面の笑みで答えた。

「大丈夫。試験運転は試験運転。実践とは違います」

「……論理が崩壊しているな」


こんなんで本当に大丈夫なんだろうか……「危険があっても構いません!」と言った数時間前の自分を責めてやりたい……危険しかないよ、これは。


窓の外に目をやると、薄くヴェールのように雪が積もった草原がどこまでも広がっている。駆動車の少し後ろには、公爵家の騎士たちが並走する。旗に描かれた氷花(クリオフローラ)の紋章が陽光を受けてきらめき、まるで祝福されているようだと思う。


「……美しいですね」

セレスが小さく呟いた。


「ええ、まるでアリア嬢のようだ」

リュシアンが真顔で言うものだから、私は思わずむせそうになった。

「い、今、なんとおっしゃいました?」

「観測上の感想です」


隣に座っていたエルヴィンが、無言のままブランケットを私の肩にかけた。

「お義兄さま、ありがとうございます。でも、寒くはありませんわ」

「いいからかけておけ。オルフェウス卿には、おまえが目の毒のようだ」


え。私が目の毒ってどういうこと?リュシアンは、自分があまりに美形すぎるから、私のような者は見るに堪えないっていうことでしょうか。確かに、今この車内の顔面のレベルはメーターが振り切れるほど高くなってるけど。


リュシアンが、エルヴィンの言葉を物ともしない様子でつぶやく。

「観測対象が美しすぎて、理性に支障を来すという意味では、確かにアリア嬢は目の毒ですね」

「先生、そういう言い方は誤解されますよ」

「誤解ではないのかもしれません。アリア嬢、私があなたに持っている興味は…」


駆動車が大きく揺れ、体がふわりと浮いた――次の瞬間。

「わっ!」

私は思わず前のめりに倒れ込み、そのままリュシアンの胸にぶつかった。柔らかい布越しに感じる、熱。意外にも筋肉質な彼の腕が、しっかりと私の体を受け止めていた。


「だ、大丈夫ですか、アリア嬢!?」

リュシアンの声は少し裏返っていた。彼の長く白い髪が私の頬にあたり、少しくすぐったくなって見上げると、伏し目がちな金の瞳と目が合う。髪と同じ色をした長いまつ毛は、まるで窓の外の雪原のようだ。


近い。美しい。近い。

完璧に美しいお顔を近くで見すぎて、このままでは女性として自信を喪失してしまいそう…


「わ、私は平気です! ちょっと重力に裏切られただけですわ!」

慌てて身を起こそうとするも、リュシアンが私を抱き留めたまま、動かない。


「……鼓動が、速い」

白のまつ毛がわずかに震え、視線だけが私をとらえる。

「魔力反応の高まりでしょうか。いや、外的刺激による心拍変動か」

独り言のように呟きながら、彼は自分の胸と私とを何度も見比べる。


「リュシアン先生!」

セレスの声が冷ややかに飛ぶ。


彼はハッと我に返り、慌てて手を離した。

「す、すみません!急激な重力変動への、緊急的な保護行動でした」

「顔、真っ赤ですよ先生」

「魔力過剰による血流上昇です」

「はいはい」


セレスがため息まじりに呆れ、私にだけ聞こえる声で囁く。

「恋ですね」


私は思わず答えた。

「……今のは故意というより、事故だと思いますわ」

「どちらにしても、進行形です」


読んでいただきありがとうございます。

なかなか氷花の森へ着きませんでしたが…次回、ついに到着です。


みなさまからのリアクション、とても励みになっております!

いつも&このたびはありがとうございます!

毎週月曜・水曜・金曜に更新しています。

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