16 無能な妹は無自覚に信奉者を増やす
「――再測定を、現地で行いたいのです」
その一言で、屋敷の空気が凍った。
お義兄様――エルヴィンの視線が、リュシアンに突き刺さる。
「現地、とは?」
「アザル領北端、氷花の森です。星脈の“露出点”が確認されています」
彼はそう言いながら、手元の羊皮紙を逆さに持っていた。
……あの、地図、天地が逆ですよ。
セレスがさっと取り上げて、ため息をつく。
「先生、また地図が上下逆です」
「おや、そうでしたか? だが概念的には合っている」
「概念では道案内はできません!」
彼らのやり取りが、なんかもう見慣れてきたのが怖い。
リュシアンは白いまつ毛を伏せ、淡々と続ける。
「この数日、アリア嬢の協力を得て再計測を試みましたが、魔力を感知することすらできませんでした。アリア嬢の魔力は、おそらく黎明星と関係がある。星脈に直接触れる必要があるでしょう」
リュシアンによると、星脈とは星々が放つエネルギーの帯のこと。星脈は、この大陸を丸ごとくるむ巨大なネットワークを形成しているという。「魔術」とはこの星脈からエネルギーを引き出し使うことなのだ。魔力の強い者はより大きいエネルギーと共鳴し、高度な魔術を使うことができる。
ところが最近、その帝国の星脈が次々と消失していることが、帝都魔導院の調べにより確認された。星脈がなくなると当然、魔術が使えなくなって国防力は低下する。魔物も氾濫するようになるし、帝国は人が住めるところではなくなってしまう。
言い伝えでは、エリドゥ帝国は300年前にも同じような状態に陥り、当時の聖女オリアが黎明星の力を使い、星脈は力を取り戻したのだという。
“聖女オリア様が黎明星に祈ると、星々は力を取り戻し、平和が訪れたのです。めでたし、めでたし。”
エリドゥ帝国では誰もが子どものころに聞かされるおとぎ話。私も何度目かのお茶会でお義兄様から聞かされたのだけれど、伝説伝承の類で、まさか実際に起きたことだとは全く思っていなかった。
エルヴィンの声音が沈む。
「つまり、星脈と黎明星は互いに影響し合う。星脈に触れればアリアの力が引き出される――そう言いたいのだな」
「そのとおりです。そして、黎明星の力が目覚めれば、帝国の星脈もまた安定するでしょう。星脈は通常、空や地中に広がっているため、触れることはできませんが、氷花の森には、濃度の濃い星脈が地表近くを走っている地点があるのです」
う~ん。星脈とか黎明星とか……私ってほんとにファンタジーの世界に来ちゃったんだな。数か月前まで会社員やってた私が、よくこんなとんでもない展開に冷静に対処できてますよ。自分で言うのもなんだけど、結構頑張ってるよね、私。
エルヴィンとリュシアンは、互いに一歩も引かない。
「許可できん。星脈の露出点は不安定だ。それに魔物も出やすい。魔導士でも危険な場所に、アリアを連れて行くなど――」
「氷花の森の星脈は現在、比較的安定しています。それを示す計算式がこちらです」
リュシアンが指先で空を弾くと、小さな魔導式がふわりと浮かび上がる。
突然、セレスが叫んだ。
「先生!これ“星脈の周波構造”の新式ですよ!」
「おや? そうでしたか。つい、うっかり」
「つい、うっかりじゃありません!帝都魔導院の最大の難問を……こんなに簡単に……!」
……“つい、うっかり”のノリで特大難問を解くとか、さすが至高のポンコツだわ。セレスのお説教が続く横で、魔導式は気ままにリュシアンの指先を回転していた。
「お義兄様、私――行ってみたいです」
気づけば、胸の奥から言葉がこぼれ落ちていた。
「だって……もし本当に私に黎明星の力があって、いま帝国で起きている危機を解決することができるなら…知らないふりなんてできません。私も力になりたい。危険があっても構いません!」
エルヴィンの喉が、かすかに震えた。
「……アリア。軽々しく、自らを危険に投じると言うな」
結ばれた拳には、抑えきれない緊張が宿っていた。
「でも……お義兄様がそばにいてくださるのでしょう?きっと、大丈夫ですわ」
私は、義兄を安心させようと、ふわりと笑って見せた。
「……っ」
エルヴィンが、黙ってしまった。これは相当怒ってるとみたぞ。……勝手に“氷花の森御一行様”のメンバーとしてカウントしちゃっててごめん。でも、この国の危機なんだよ。
領地や領民の人たちだって守りたいし、エルヴィンやサラサ、執事のクラウスや、庭師のエルノおじいちゃん、この世界に来てからお世話になった人たちがみんな、危ないんだもんね。今こそ、広告代理店勤務・元社畜のド根性を発揮して、困難なプロジェクトを乗り切るときではないか……!
と、その様子を見ていたリュシアンとセレスが、おもむろに一歩前に出る。
「アリア嬢の崇高な志、まことに敬服します。アリア嬢のことは私が全力で護り抜きましょう」
リュシアンの声音は軽やかだったが、その瞳の奥には静かな熱が宿っていた。
「及ばずながら、私もこの身を盾としてお守りします」
セレスの声は真摯で、若々しい決意が滲んでいる。
「貴殿らの命をかけて、だ」
エルヴィンの低い声が、空気をわずかに震わせた。
「もとより、そのつもりです」
「もとより、そのつもりです!」
リュシアンとセレスが、同時に強く言い切る。
沈黙のあと、エルヴィンがわずかに息を吐いた。
「……私の義妹は、無自覚のまま信奉者を増やしてしまうようだな」
その声には、呆れと微かな苦笑が混じっていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回は、いよいよ氷花の森へ向かいます。
リアクション、ブックマークしてくださった方、いつも&この度はありがとうございます!
毎週月曜・水曜・金曜に更新しています。




