11 無能な妹は完璧な義兄に微笑まれる
騎士たちが整列しながら入場し、所定の位置についた。
来賓席にいる令嬢たちから、かすかなため息が聞こえる。
今日は、騎士団の中でも若き精鋭が集められていると聞く。公爵はもとより、国内外の賓客の前にはべることもあるのだろう。腕だけでなく家柄や見目の麗しさも考慮して選ばれているのでは、と思わせる美丈夫たちがそろっていた。
――その中に、ひときわ目をひく美貌が一人。エルヴィンだ。
帝国でも希少とされる紫紺のマントの下には、アザル家の家彩である紫の騎士服が覗く。黒革の手袋に、腰には長剣と短剣。胸元には、精緻な銀細工でかたどられた氷花が飾られ、中心に嵌め込まれた深碧のエメラルドがするどい光を放っている。
高い魔力量を示す濃い紫の髪は、薄紫の組み紐でひとつに束ねられ、何とも言えない色気を醸し出していた。
しかし、その身にまとう雰囲気があまりにも怜悧なのに驚く。
――氷刃公。
そう呼ばれる理由がようやく分かった気がする。
エルヴィンが黒革の手袋を静かに鳴らして剣を抜く。刃が空気を切っただけで、訓練場の温度が下がった。
「本日の想定は、市壁外の小規模乱戦だ。三人、まとめてかかってこい」
低く澄んだ声が風に乗る。号令も合図もなく、土が一斉に跳ねた。
最初の一撃は早かった。
槍を持った騎士と剣をもった騎士が左右から挟み込み、背後から短剣の騎士が忍び寄る。氷刃公は一歩も退かない。半身を滑らせ、足裏で土をかみ、刃がひとひら回る。白い霜が弧を描いて走り、槍の石突がきいんと鳴って凍りついた。短剣を持つ手首が、触れられてもいないのに力を失う。
氷を乗せた刃が音もたてずに舞う。すべてが、静かに、正確に、終わっていく。
気が付けば騎士たちがみな地に倒れていた。
思わず安堵のため息をつく。
良かった。エルヴィンは無事だ。怪我もしてない。完璧な義兄が負けるはずがないとわかっていながら、それでもどこかで心配していた自分がいることに気づく。私は案外、義兄思いらしい。
視界の端で、騎士たちの歓声が泡のように弾けた。
「いつにもまして、強すぎる」
「表情一つ崩さず、三人もの騎士を地に這わせるのか……」
「くそっ…どれだけ鍛錬しても、総長には勝てる気がしない」
模擬訓練を終えたエルヴィンが剣を収め、来賓席に近づいてくるのが見えた。
思わず、私は立ち上がり――気づけば走り出していた。
勢い、エルヴィンの腕の中に倒れこむ格好になる。
「アリア、私の義妹はお転婆と見える」
「申し訳ありません、お義兄様。はやる気持ちが抑えられず。あれが、アザル公爵であるお義兄様にしか使いこなせないといわれる魔力剣義ですのね。まるで演舞を見ているかのような美しさでしたわ」
「これまで幾度となくこなしてきた模擬訓練ではあるが、お前にそう言われると何か特別素晴らしいことを自分が成し遂げた気になるな。ありがとう、アリア。お前の称賛は私の心に響く」
そう言うと、冷徹な氷刃公は優しく微笑み、手袋をはめた私の手の甲に口づけをした。
その瞬間、周囲が息をのむように静まり、次いで歓声とため息が弾けた。
「エルヴィン様、笑ったよな?見たか」
「初めて見た。あんな顔」
「いつもの冷たい表情も素敵ですけれど、あのお顔の破壊力はすさまじいものがありますね」
「一度で良いから、あの方のあんなに熱いまなざしを受けたいものですわ」
うんうん、そうだよね。氷刃公として知られるエルヴィンがこんな柔和な笑顔を見せるなんて、皆さん想像がつきませんよね。でもね、伯爵家ではいつもこんな感じなんですよ!というかこっちがデフォルトなんですよ!お義兄様も今みたいに女性に愛想良くすれば、良い御令嬢と知り合えると思うんだけどなぁ。
どうすれば貴族の令嬢たちに義兄を売り込めるだろうかと考えていると、義兄に抱きすくめられ身動きが取れなくなる。エルヴィンは私をまわりから隠すように自分の外套をかけると、いつもの氷刃公の冷徹な声で告げた。
「模擬訓練は以上だ。午後は対群突破の復習をする」
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次回は騎士団員視点のお話です。
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