第一章:呪われし悪役令嬢、呪物との出会い
前世で不運な人生を終えた私は、乙女ゲームの悪役令嬢、イザベラに転生した。
なぜ悪役令嬢に転生したのかは、まったくわからない。
わかっていることといえば、私は呪いにかかっていて、このままだと、断罪エンディングまっしぐらということだった。
なぜか私の言葉や行動は、意図せず悪意に満ちたものに変換されてしまうのだ。
「こんにちは」と優しく言おうとすれば、「この愚かな女め、消え失せろ!」と言ってしまう始末。
なんでこんなことになったのかを嘆くより、明日を生きるために呪いを解くしかない!
私は、部屋にこもり、前世の趣味だった彫刻に没頭した。
硬い木片に彫刻刀を当て、無心になって削っていく。この作業だけが、私にとって唯一の安らぎだった。
そして、その日の夕方。
私が作り上げた木彫りのこけしの前に、半透明の何かがゆらゆらと揺れているのを見つけた。
「ひぃっ! 幽霊……!?」
私は悲鳴をあげたが、幽霊は私の言葉に怯えたように震えるだけで、何もしてこない。
その時、私の頭の中に、優しい声が響いた。
「イザベラ様、その声を聞いても、私たちは怖くない。あなたの言葉に、本当の悪意がないことがわかるからです」
「……私の言葉が、わかるの?」
私は、信じられない思いで幽霊に尋ねた。すると、幽霊はこけしに吸い込まれるように、すっと消えていった。
次の瞬間、私の手の中のこけしが、まるで生きているかのように、温かく光り輝いた。
「どういうこと……?」
私の目の前に、あの幽霊が、こけしの中から姿を現した。
「イザベラ様、私は、あなた様が彫刻してくださったこの器に、とても安らぎを感じます。どうか、私をこのままここに置いていただけませんか?」
(このこけしは、悪霊を封印できる……? いや、違う、悪霊が自ら入ってくれた……?)
私は、この奇妙な現象に、呪いを解くヒントが隠されていると直感した。
それから、私の部屋には、次々と悪霊を封印した彫刻が増えていった。
生前は商売人だった、情報収集に長けた悪霊は、だるまの置物に。生真面目な猟師だった悪霊は、不器用な私が彫った木彫りのクマに。そして、恋に破れた乙女の悪霊は、こけしに。
彼らは、私が呪いのせいで悪役を演じていることを知っている唯一の存在だ。そして、呪いを解くために、私の代わりに、学園や王宮の情報を集めてくれる。
しかし、周りから見ると、私はただ奇妙な置物や人形を熱心に集めているだけの、奇行に走る悪役令嬢にしか見えなかった。
そして、私は、呪いの根本的な原因を探すため、図書館へと向かった。そこで私は、この物語のキーパーソン、不幸な第二王子フェリックスと出会うことになる。
彼の隣には、誰も座ろうとしない空席があった。
(フェリックス様……! ゲームで見たとおりだわ!)
私は、心を鬼にして、彼の隣の席に座る。そして、精一杯の悪役を演じながら、彼を突き放すための言葉を投げかける。
「ふん、こんな薄暗い場所で、いつも陰気な顔をして。この図書館の雰囲気まで、あなたのように澱んで見えるわ!」
私の言葉に、フェリックス様はゆっくりと顔を上げた。
「……そうですか。あなたも、この場所が『薄暗い』と感じますか」
彼は、ふっと、儚い笑みを浮かべた。
「この図書館は、私にとって唯一心が安らぐ場所でした。誰にも邪魔されず、自分の世界に没頭できる……しかし、確かに、孤独を愛する者にとって、この薄暗さは心地良いのかもしれません。あなたも、同じ孤独を抱えているのですね」
(はぁあああ!? なにそのポエミーな解釈!? 違う! 違うんですってばー!)
私の心は叫び疲れていた。そして、この日から、私の「完璧な悪役計画」は、フェリックス様の前でことごとく空回りすることになるのだった。