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診療所、仮拠点


「あ、ごめんなさいね……勝手に運び込んでしまって。勿論、お金を取る気は無いから安心して頂戴」


 目の前の女性は、優しい笑みを浮かべて俺の隣に座る。

 俺は起き上がると、彼女の方を向く。


「すいません、迷惑かけちゃって……す、すぐ出ていきますから……」


「そんな薄情な事を言わないで……私の診療所は患者さんや怪我人さんが来なくていつもガラガラなのに……およよ……」


 彼女はわかりやすい嘘泣きを披露すると、チラッと俺の方を向く。

 俺は汗をかきながら、じとーっとした目付きで彼女を見つめる。


「ふふ、冗談よ。貴方、なんでこんな辺境の森の中で倒れていたの? 迷子かしら?」


「それは、えっと……俺もわかんなくて……誰かに魔法で転送された、とか……?」


 俺がそう言うと彼女は驚いた顔をした。

 そして少し考え込む素振りを見せると、もう一度話し始める。


「転送魔法なんて、高度な魔法を使える人が今時にいるなんて……まぁ、冗談という事にしておきましょう」


 冗談では無いんだけどな……。

 そう言える訳もなく、彼女は椅子から立ち上がり机の上を漁り始めた。


「あと、これ貴方のかしら?手紙の様な物が落ちていたのだけど」


「手紙? ちょ、ちょっと見せてください……」


 俺は見覚えのない手紙を受け取ると、他人の物かもしれないが、俺を助けてくれた人に関連する物かもしれない。

 そう思い背に腹はかえられず封を解く。


 手触りのいい、綺麗な筆跡の文字が書かれた紙が中から現れる。

 俺は手紙の内容を黙読し始めた。


『拝啓、冴羽礼殿。突然の事で驚いているだろうけれど、一応君に伝えておかなければならない事があるのを思い出し、この手紙を書いて君の元に転送した。君の前世、ライア・リーベルについてだ。彼はかなり親しい知り合いが多い。それも権力者や、剣聖と呼ばれるものまで様々だ』


 突然、『前世』という言葉が出てきて驚いたが……薄々勘づいてはいた。

 あれほど似ている人間は、ドッペルゲンガーか前世以外有り得ないと思っていたからだ。


『だが君は運がいい、英雄と称えられていた時期のライアは認識阻害魔法とローブで顔を隠していた。けれど親しい者や、一部の敵対者はライアの素顔を知っている。用心する事だ、ライアの素顔を知る奴に出会った時は何が起こるかわからない。以上だ、また忠告する事があったら手紙を転送するよ。それじゃあ、また』


 凄く几帳面に書かれた手紙が、送り主の性格を表している。

 しかし、如何せん──この人は俺に関して詳しすぎる。


 この世界の人間なら、何故俺の名前を知っているんだ? 

 あぁ、クソっ……わからない事が多すぎる、頭痛がしてきた。


「その顔を見るに、かなり重大な事が書かれた手紙みたいね。私も気になるけど、患者さんのプライベートを侵害するのはご法度だものね」


 彼女はもう一度、俺に優しい笑顔を見せる。

 この人の笑顔を見る度に、心が癒されていく感じがする。


 俺はベッドから立ち上がり、靴を履き整える。

 そして目の前の彼女に深くお辞儀をした。


「見ず知らずの奴にこんなに良くしてもらって……本当に、ありがとうございます!」


「良いの良いの、私のありがた迷惑だから。それにこの診療所はもう少しで閉じてしまうもの。最後の患者さんくらい、よく診てあげないと」


 彼女は憂いを帯びた顔で窓の外を覗いている。

 思い残しがあるのか、はたまた何かの思いにふけっているのか。

 

「きっと繁盛する、なんて言っても他人事ですから。でも……本当にあなたはいい人ですよ」


「ふふ、ありがとう。私はマナというの。マナ・ハンセル。この診療所を閉めた後は何をしようかしら……気ままに旅行でもしようかしら?」


 ……言い出しにくい、俺に行く宛てが何も無い事を。

 同情を誘ってここに泊めて貰ったり出来ないだろうか。


「あの、俺……実は家が無くて。あ、旅人って訳でも無いんです。ただ本当に家なき子と言うか……」

 

 俺がそう言った途端、マナさんは驚いた顔パート2を披露した。

 そして、何かを思いついた様な顔をすると机のタンスを漁り始めた。

 何かを見つけたのか、何かを握りしめてこちらに近付いてくる。


「これ、ここの診療所の二つ目の鍵よ。家が無いなら、暫く仮拠点として使っても良いわ」


「良いんですか?!」


「ええ、勿論。ここにしばらくは居るけど、私が旅行に出た時も薬とかも置いていくから、ある程度生活は出来るでしょう。私の家でもあるから、汚さない様にお願いね?」


 俺の腕を握ると、マナさんはウィンクをしてキラッと輝く笑みを見せた。

 俺は感動で泣きそうだった、見ず知らずの奴にここまで優しくしてくれる人がいるだなんて、予想していなかったから。


「はい、絶対汚しません! 掃除だけは得意です!」


「あら、そう? なら私の部屋のお掃除をお願いしようかしら。埃っぽくなってきてるから……ふふ」


 楽しく談笑していると、時間は過ぎていく。

 外はすっかり暗くなりマナさんは明日に備えて寝てしまった。


 ……けれど、俺は考える事が多すぎて、寝れそうになかった。

 マナさんはしばらくはこの診療所にいてくれるようで、食住の問題は解決された。


 そして、マナさんの料理は……めちゃくちゃ美味しい。


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