再会?と記憶
流されるままに俺は英雄達の本拠地らしき場所に辿り着いた。
四方八方を女の子に囲まれ、悪い気分はしないが……それよりも圧倒的な威圧感が上回る。
怯えながら隣を向くと、ネイラは優しく俺に微笑みかける。
丸い形のテーブルを囲む様に皆が椅子に座り、俺も座らなければならない雰囲気になってしまった。
ここで正直に『貴方達と面識無いです』だなんて言える訳が無い。
少なくとも、俺にそんな勇気は無い。
「さて、と……ライア、貴様は一体何処に行っておったのじゃ? 仲間さえ騙し死を偽装する程の重大な理由があったのじゃろう?」
「仲間なんだから、素直に言ってくれれば良かったのに〜! でも、ライアにもう一回会えたってだけで、嬉しくて涙が出そう……えへへ♡」
「お、俺は……えっと……」
言葉を発しようとするが、笑顔の圧にどもってしまう。
何か良い感じの言い訳がないか、頭をフル回転させて思考する。
何度も思考を繰り返し、辿り着いた結論。
俺は軽い芝居を打つことにした。
「俺、君達の事知らないんだ……わからない、覚えていたのか……? 俺は……俺は……!」
半分パニックになっているかの様に頭を抑え、頭を振る。
英雄達は心配になったのか俺に駆け寄ると背中を優しくさする。
「記憶喪失、という事ですか……? ……! 私、聞いた事があります。死から蘇る禁術が存在すると」
「という事は、リーベルは何者かに蘇らされたのか……?」
「蘇りの代償は記憶、そして能力の9割……今のライアから、少ししか『星風』の力が感じられないのも、納得が行きます……!」
せいふう? 突然の単語に理解が追いつか無いが、とりあえず俺の能力らしい。
そして俺は蘇りの禁術を何者かに使用され、蘇ったと言う定説が英雄達の中で固まった様だ。
「ライアの記憶を取り戻す方法、何か無いの……? あっ、そうだ! ライアと過ごして来た私達の記憶を、ライアに魔法で直接流し込めば良いんじゃないかな!」
「私達のリーベルの記憶で記憶喪失の状態を上書きする、と言う事か。ふっ、中々頭が冴えているな、ユイア。サリーの魔力なら可能だろう」
──俺の記憶を上書きされる?
もしかして、それって。
冴羽礼として生きてきた今までの記憶を、見た目も知らない性格も知らないライア・リーベルにされるって事か?
いや、俺の早とちりかもしれない。
ただ記憶が追加されるだけで、上書きは言葉のあやかもしれない。
「はい、可能ですよ。ですが、この記憶喪失状態の間の記憶は完全に消えてしまいますので、よほど完璧なライア・リーベルとしての存在を確立する程の記憶の質と量がないと……」
完全に、消えてしまう。
その発言を聞いた瞬間、俺は顔を手で抑えたくなってしまった。
記憶喪失でパニックになっている演技で、何とか出来ないだろうか。
「おれが、消える……? 嫌だ、俺は俺だ……! ライア・リーベルなんて、知らない……!」
「あぁ、可哀想なライア……なんか、ゾクゾクする、かも……♡ ライアはライアなんだから、記憶が戻った方が絶対に幸せだよ♡ 私が保証するから!」
「リーベル、案ずるな。私達が常に共に居る♡ 記憶が戻った暁には、絶対の安寧と幸せを約束しよう♡」
「そうじゃ、ライア♡ 記憶を失ったライアは見ていて不安を感じてしまう……大丈夫じゃ、考える時間はやろう♡ 貴様の部屋に案内してやるから、しばらく考えを整えるんじゃ♡」
「そうですね、ライア様にも考える時間が必要です……けれど。信じていますから、ね♡」
そう言われながら、英雄達に連れられ本拠地の長い廊下を歩かされる。
そして扉の前に着くと、ネイラが扉を開いた。
少し背中を押され、室内に入れられる。
「ここはライア、お前の部屋なんだ。ここを見たら思い出す物もあるだろう、しばらく一人で見回っていてくれ」
「ライア! 絶対、ぜーったい元に戻してあげるからねっ!」
英雄達は俺に手を振ると、優しく笑みを浮かべながら扉を閉じる。
俺はとりあえず、部屋の中を探索する事にした。
──────
軽くライアの部屋の中を見渡すと、まず目に入ったのは大量に立てかけられてある同じローブの服。
黒が基調の高級そうな革ローブで、『英雄』としての格が感じられる。
そしてその隣の棚には、写真立てがあった。
ギルド設立記念の垂れ幕をバックに佇むネイラと……。
──俺がいる。
そう、確信した。
俺の顔なんて腐る程見ているし、内カメの不細工な所も外カメの微妙に整っているとも言える顔も知っている。
完全に俺の体格、風貌、下手くそな笑顔。
全てが『ライア・リーベル』という存在と『俺』を重ね合わせていた。
これ程まで似ているのを、偶然だと思えない。
頭がまた痛み始めた。
頭の中に浮かび始めたこの部屋の小さな金庫。
暗証番号を、俺は何故か知っていた。
そしてこの中には、日記が入っている。
何故かそう確信していた。
恐る恐る金庫に近付き、頭の中に浮かぶ文字を入力する。
すると金庫は軽快な音を鳴らし、開いた。
中には質素でシンプルな手帳が入っていた。
俺は中を覗くと、内容を黙読し始めた。
『今日は俺達のギルドの設立日。まだまだ駆け出しの俺とネイラだけど、これからは立派な冒険者になる為に努力していく毎日だ』
『あの日から数ヶ月も経って、パーティメンバーが続々と増えてきた。二人を続々って言っていいのかはわかんないけど。格闘家のユイアと、魔法使いのサリーが仲間に入った』
『ネイラの意向で、パーティは基本この四人で追加する事は無い方針になった。俺もこの4人での空間を気に入っているし、異論は無い』
手帳の中はライアの毎日の日記。
俺は三日坊主の癖があって日記を書くのは諦めていたが、ライアはどうやら日記を書くのを趣味として確立していたらしい。
ライアの冒険譚は、読んでいるだけで心が踊る。
異世界系が大好きな俺には、夢中になる程の内容だった。
日記の後半は、異世界系小説の転換点の様な物ばかりで俺は記憶を失う不安を忘れて読み込んでしまっていた。
龍と相対し、勝利した記録。
神が仲間になるまでの数日間。
敵の策略で全てが敵になってしまったが、それを乗り越え、大逆転を手にした記録。
様々な展開が繰り広げられていた。
日記を読み込んでいると、外はゆっくりと暗くなり始める。
そして優しくコンコン、と扉を叩く音がする。
「ライア、明日に貴様の結論を聞こう。どんな結論でも我らは甘んじて受け入れよう。けれど……こちらにも、決して変えたくない意思があるのじゃ。であるからして……結論がねじ曲がることは、あるかもしれんな」
こんなの、半分脅しだろ……。
俺はここから、逃げ出す事は出来るのだろうか。
俺は日記を閉じて、ポケットに入れる。
そして、柔らかなベッドに身を落とす。
俺は決心した。
夜が更け、深夜になった頃。
俺はここから抜け出す。