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第七章 宇宙を感じた?神秘のパガン遺跡

この章で触れた楽曲、演奏者

■ファンタジー/アース・ウィンド・アンド・ファイアー

「美奈子、英一、この飛行機は自由席だからね」

「ええ、そうなの、英一さん、そうなんだって」

「だから、隆は走っているのか」


 1982年の秋、バンコックからビルマのラングーンの空港まではジェット機でおよそ一時間弱、その日はラングーンで一泊する。一行はシュエダゴンパゴダにお参りしたが、美奈子はその世界一と言われる金色に輝く大仏塔とあまりに多くの市民が参拝に来ている様に驚いた。翌朝の国内線のターボプロップのパガン行きで三時間のフライト、昼頃には遺跡に近い「ニャンウー」空港に到着。


 この国内線は自由席で早い者勝ち。

乗客のほとんどは欧米人の観光客で、ヨーロッパからみると日本もビルマ等の東南アジアも極東の魅力ある仏教圏観光地なのだ。


 隆は滑走路を駆け足で走り、素早くタラップを登って他の観光客を制して美奈子と二人分の席を確保した。巡行の高度が低く窓が大きいので、ビルマの山々、平原、そして田園風景の眺めを楽しめる。隆は、美奈子と並んで景色を見ながら雑談し、空路の旅を楽しんだ。英一は可愛そうに後ろの席で独りぼっちだ。


 ホテルの数はあまりなく、外国人が利用する「ティリピサヤホテル」を予約しておいた。ホテルに行く前にお昼をよく利用する村の小さな「Nation」というレストランに立ち寄った。

「ミン・ミン、こんにちは、また来ましたよ」

「ああ、タカシ、エイイチ、よく来たわね」

 これらは片言の英語での会話であった。この時代、日本からパガンの人たちに国際電話で通信することは難しかった。インターネットなどない時代だ。だから、いつも事前連絡なしの突然の訪問だが、彼女はいつでも店にいた。


 英一はこのレストランの若い女店主を気に入っている。「ミン・ミン・エイ」という名の店主は大学を出ているものの、八人兄弟の長女で家族を養うために店を切り盛りしているエレガントで知的な美人だ。民族衣装といえるロングスカート風の「ロンジー」が実に魅力的だった。


 彼女は欧米人相手の観光ガイドも仕事にしていて英語は堪能で、隆たちはつたない英語で何とか会話してきた。美奈子は二人より英語ができるので、ミン・ミン・エイとの会話はスムーズだった。

ミン・ミン・エイは、顔なじみになった隆たちを歓迎してもてなしてくれた。


 食事中に、ミン・ミン・エイは三人に誕生日を聞き、その日が何曜日なのかを聞いた。三人は生まれた日が何曜日なのか考えたこともなかったので、誰も答えずにいた。彼女は、あるメモを見ながらそれぞれの生まれた日の曜日を教えて、


「生まれた日の曜日ごとに守護となる動物も決まっているの。美奈子さんは日曜日だからガルーダつまり鳥ね、英一さんは土曜日だから龍、隆さんの3月17日は木曜だからネズミね」

隆は

「俺はなんでネズミなんだよ。美奈子や英一はかっこいい動物なのに」

ミン・ミン・エイは続けて、


「パゴダによっては、生まれた日の曜日ごとにお詣りする祠があって、守護動物がいるわよ。もしそれがわかったら、そこは必ずお詣りしてね」

 三人は、自分の曜日をしっかり記憶することにした。



 美奈子は、こじんまりとした質素な店と、ミン・ミン・エイの気遣い、素朴な料理も喜んだ。美奈子は隆たちの勧めで、パゴダ巡りに備えてミン・ミン・エイの店でジーパンとTシャツ姿に着替えた。寺院は裸足が必至なので、全員サンダルに履き替えた。隆はパゴダと美奈子を撮影するためのニコンも準備した。


 昼食が済むとホテルに荷物を預けて、早速遺跡巡りに出かける。遺跡巡りはホースカーだ。一頭のポニーが四、五人乗れる二輪の幌付きの台車を引っ張っていくが、速度は遅いので、時間はかかるが舗装などされていない狭い田舎道を移動するのには適している。なじみの人懐っこい「マウン・ウー」のホースカーを呼び寄せた。


 パガン遺跡の地域の佇まいは村そのものだったが、多くの欧米人観光客が訪問するので英語は通じた。「国際的な村」といえる。「マウン・ウー」ももっぱら欧米人の観光客を相手にしていて英語ができるので、通訳の役割も果たしてくれた。



 隆は心に傷を負っている美奈子をリフレッシュさせようと考えていた。


 有名寺院は別として、少し離れたパゴダには観光客もすくないので、まずは隆が気に入っている古いパゴダ「ダマヤンジーパゴダ」に案内した。すこし朽ちかけた門から境内に入るが、この時から裸足にならなくてはならない。小石などを踏みつけないように足元に気を付けながら、四方向にあるパゴダの入り口の一つから内部に入る。

 複数の仏陀像が祭られている回廊の高い天井にはこうもりが巣くっていて、人間が入るとバタバタと飛び回り美奈子を少し驚かせた。


「美奈子、このパゴダの中には照明はないし、暗いから気を付けてね。この回廊のどこかに上に昇れる階段があるはずだから、皆で手分けして探すんだ」

「ええっ?探すの?」

「ああ、一ヶ所はあるはずだから」

「へえ、面白いわね」


 一行は、回廊内の入り口の仏陀に手を合わせてから、中に進んだ。美奈子は隆と組み、英一と別に階段のある入口を探した。

「おおーい、隆、あったぞー」

 英一が皆を呼ぶ。英一は探し物には強いのだ。


「そっちかい?」

「ねえ、隆、こんなに自由に入り込んでも大丈夫なの?」

「パゴダによって入口に鉄格子の柵があったり入場制限もあるけど、こういう自由に出入りできるパゴダは結構あるんだ。」


 パゴダによっては現地の子供たちが懐中電灯を持って訪問者を案内し、チップもらって稼いでるところもある。しかしこの人気のないパゴダには子供たちの姿は無かった。


 美奈子は、この冒険を楽しんだ。まるで、機械仕掛けは無いもののテーマパークのアトラクションのようだと思った。


 英一が見つけた壁に空いた狭い穴には、煉瓦の階段があった。煉瓦の階段というよりアーチ構造の斜めのトンネルで壁も天井も床も煉瓦造で、床面が階段状になっている。


 三人は、低い天井の洞窟のような空間の階段から登って、テラスと呼んでいる尖塔の下の屋上部分に出た。現在、安全上の理由で屋上テラスに登れる大きなパゴダはほとんどない。この時代は、管理する体制はできていなかったので、登り放題だった。


挿絵(By みてみん)


「わあ、素晴らしいわね。隆や英一さんが言ったとおりね」

「そうだろう、俺は初めて来てこの景色見た時にデジャブーかと思ったんだ」と隆

「俺も、初めて見た時に感動したんだ。いろいろなパゴダもそれぞれ形が違うし建築的に見ても魅力あるね」と英一。


 テラスは高い位置にあるので、そこから遠くに見えるイラワジ川を背景にパガンの多くの大小のパゴダが不規則に並んでいるのが望める。隆は、ニコンで雄大な景色は無論のこと、美奈子の笑顔も撮影した。


 美奈子は、隆が言っていた多くの仏塔が静寂の中で林立するパガンの壮大な景観に感動した。聞こえる音は遥か遠くの子供たちの笑い声位である。


 しかし、隆には「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」の「ファンタジー」が聞こえていた。この情景は、最近はまっていて何回も聞いていたこの曲にぴったりだと感じていたからである。


 パゴダは様々な形状があり、大雑把に言うと寺院と呼ばれるのは内部に回廊があり、中に入ることが出来るタイプである。その中には仏陀像が祭られているのがほとんどだ。仏陀像もパゴダごとに大きさや顔かたちも様々で、寝釈迦像もある。


 パゴダと呼ばれるのはソリッドな仕様で原則として内部に入ることのできないタイプである。概ね、仏陀の毛髪や遺骨が祀られていると言われる。


 また、宗教的に人気があり多くの参拝者の寄進で外壁に金箔をはり燦然と輝く「シュエジゴンパゴダ」のようなタイプと、あまり人気が無く煉瓦造のままで八百年経過した歴史を感じさせるタイプがあり、隆と英一は日本的な感性からか後者のタイプを気に入っていた。


 美奈子は隆のパゴダの説明を聞きながらテラスで壮大な景観を見ていると、不思議に心が落ち着いてきた。

 隆は美奈子に、夕方になったらパガンで定番のサンセットショーを楽しみに行こうと提案した。


 この後も、いくつかのそれぞれ個性の違うパゴダを巡っていくが、   マウン・ウーがもしよければあまり観光客が来ない特別の場所を案内するといってきた。


 やって来たのは遺跡地域のはずれの村の窪地にある僧院で、窪地の崖に洞窟があった。そこに入って行くとかすかな明かりの中で人の気配がした。目が慣れてくると僧衣を羽織った人物が座っていたるのが見えた。


 英一がつぶやいた。

「誰かがいるね」

「ほんとうだ」

「お坊さんの様だわ」


 マウン・ウーの説明によるとこの人物は40年間洞窟から一歩も出ることなく瞑想の日々を送っている高僧だそうだ。

 美奈子は、悟りを開くためなのだろうと推察した。


 隆は、マウン・ウーにおそるおそる

「写真を撮らしてもらうことはできるだろうか」と聞いてみた。


 マウン・ウーは、その高僧に何やら話し掛けると高僧は何も言わずに僧衣を整えた。撮影は了解のようだったので、隆はストロボを使って1枚だけシャッターを押した。


 三人は思いがけない体験が出来たことを喜び、マウン・ウーに感謝の言葉をかけた。美奈子はきっと何かのご利益があるかもしれないと思うのだった。


 この僧院を出てからマウン・ウーは、

「さあ、皆さん、最後にサンセットを楽しみましょう」と、三人をホースカーに乗せ、目的地へ向かった。

 隆は

「美奈子、このパガンで一番の見せ場のサンセットは、素晴らしいんだよ。楽しみにしてよ」

「あら、そうなのね、それは楽しみね」


 高さがあるパゴダのテラスからイラワジ川の向こうの山々に夕日が落ちる壮大な景色を眺めるパガンで定番のサンセットショーである。

 三人は夕方になった頃に目的のパゴダに着き、そろってテラスに登ると、すでに何人かの欧米人観光客と現地の人々が集まっていた。


 美しい夕景を眺めて談笑する三人に、オレンジ色の僧衣をまとった高齢の僧侶が何やらビルマ語で話し掛けてきた。「マウン・ウー」が訳してくれたが、英語のわかる美奈子によるとそれはここで目を閉じて瞑想すると、別の世界に行くことが出来るというような内容のようであった。三人は洞窟の高僧の姿を思い出しながら目を閉じてみた。


 一、二分の瞑想で、隆は「銀河の宇宙」が、美奈子は「お釈迦様の姿」が浮び、それは昔哲学堂公園での不思議な体験の再現のようであった。英一も何かを感じたようで、言葉は発しないものの皆に向かって何回も頷いていた。三人が目を開けるとその僧侶の姿はなかった。


 川向こうの山の上にもパゴダがあり、日没が近付くと尖塔に明かりが灯る。そのパゴダの近くの山に夕日が沈んでいく情景は、確かに素晴らしいもので、三人は言葉を交わさず静かに太陽が隠れていく様子を見守った。

 完全に日が沈み、夜のとばりがおりるとショーは終わりだ。


 美奈子は

「来てよかった、隆、英一、ありがとうね、ここはすごいわ」

「そうだろう、そう思ってくれたようで、うれしい。」

 隆は、リラックスしている美奈子の表情をしっかり残そうと、うす暗い中でもシャッターを切った。



 この1982年当時は、パガンには外国人が宿泊できるホテルらしいホテルは今回予約している「ティリピシアホテル」位しかない。しかし、このホテルはイラワジ川沿いの広大な敷地にゆったりと作られたリゾートホテルである。

 美奈子は、ホテルにも感動していた。

「素敵なホテルね。タイほどは豪華ではないけれどそれなりにゴージャスじゃあない。」

「パガンではホテルは少ないけど、その中でもこのホテルは一番いいよ。造りは素朴だけど、何しろゆったりしているんだ」 


 宿泊棟は複数のコテージタイプで、一棟のコテージはビルマ風の木造平屋のゆったりした正方形のプランに卍型にツインの部屋が四室配置され、それぞれにテラスがあり中央部分にWCのあるシャワールムが配置されている。

 ただ、浴槽は無くシャワーだけで、それもお湯ではなく水だ。十数棟のコテージが広い敷地に距離をおいて不規則に配置されている。イラワジ川を臨めるコテージの方が宿泊料は高いそうだ。


 そのコテージの脇に大きな造りの管理棟があり、受付やレストラン、バーや売店などがある。レストランからイラワジ川を望む庭が見える。その庭には屋外プールがあった。

建築士の英一はもちろん、隆もこのホテルは大いに気に入っていて、毎回の定宿にしていた。


 ホースカーで送ってもらいチェックインし預けておいた荷物を持ってくれたボーイがコテージまで案内してくれる。今回、ビルマに来る前に一つのコテージの二部屋を予約しておいて、隆と英一が一部屋、美奈子が一部屋で隣り合わせの部屋だ。


 シャワーを浴びたら、レストランに集合し食事することにした。

「隆、美奈子と同じ部屋じゃなくていいのか?」

「いいよ、こうやってパガンに同行してくれただけで嬉しいんだ」

「そうだよな、まさか、一緒に来てくれるなんて、思わなかったぜ」

「タイでは、かなり憔悴していたけど、パガンにきて気分転換ができたようだね」


「美奈子は、パゴダの内部の仏陀の前で静かに拝んでいたね。こんだけ仏陀に巡り合うと、それだけでも何かの不思議な力を得られたのかもしれないね。洞窟の高僧にもお目にかかれたし」

隆は「さっきのサンセット展望パゴダでも、お釈迦様の幻影が見えたと言ってたね」と英一に同意した。



 レストランで食事中に美奈子は、

「ねえ、このパガンのパゴダには仏陀像がたくさんあるんじゃあない。だいたい、正方形の回廊の東西南北には少なくてもそれぞれ一体づつあって、それ以上祀られている寺院もあったわよね。それだけビルマの人々は熱烈なお釈迦様ファンなのね。すごいわよね」


「ああ、そうだよね。美奈子は、熱心に拝んでいたね」と英一。

「ええ、嬉しいし、あちこちに無数のパゴダがあるパガンでこれだけ沢山のお釈迦様に巡り合えて、なんだか宇宙も感じるわよ」


「宇宙と言えば、夜の星空見るともっと感じるかもね」と隆


「ねえ、隆、昔のことだけど私を撮影した場所の『哲学堂公園』に、『四聖堂』という建物があったじゃあない」

「ごめん、建物のことはよく覚えてないよ」


 隆は、撮影のことばかり気が行っていて、建物に関心を持たなかったことを少し後悔していた。

「まあ、そうでしょうね。あの時、変なおじいさんに言われて広場で何かイメージしたわよね」


「さっきの夕日を眺めたパゴダでも、お坊さんのいう通りにしたら、哲学堂公園の時と同じような幻覚見たいのが見えたわよね」

「ああ、そうだ、そうだ、不思議だね」 

哲学堂公園の広場で宇宙を感じた不思議な幻影のことを思い出した。


 美奈子は持ってきていた小さな手帳を見ながら、

「確かあの『四聖堂』という建物には『ソクラテス』と『カント』と『孔子』そして『寝釈迦』が祀られていると書いてあったわ。お釈迦さまも哲学者の扱いだったし、その隣にあった『宇宙館』は、『哲学は宇宙の真理を研究するとかなんとか』の建物だったはずよ。やっぱり、仏教と宇宙感は同じ世界じゃあないのかしら」


「へえ、美奈子はすごいね」と感心する英一。

「ほんとだよ、美奈子はパガンに来て哲学者になったんだね」

 隆も関心し、哲学堂公園での思い出もあって、美奈子の言うことも何となくわかるような気がしていた。


 美奈子は更に、

「お釈迦様はネパールの『ルンビニ』で生まれてインドで悟りを開いたけど、ビルマには来ていないのよね?でもいまではインドはヒンドゥ教になってしまって、スリランカやビルマの人の人たちの方が熱心な仏教徒だよね」

「ここにいるビルマの人たちは、お釈迦様がビルマに来て教えを広げたと思い込んでいるのがすごいよね、最近までいたように言っている人もいるんじゃあない」


「ああ、そうだよね、ただ美奈子、そんなことをビルマの人に言ったら、怒られるかもしれないよ」と言って笑う隆。

 やはり、美奈子は博識だし、世界観も豊富だし、感性が豊かで、観察力もするどい。


 カール・セイガンは、「コスモス」の後1986年に「コンタクト」を書き、ジョディフォスター主演で1997年に映画化された。この映画ではジョディ演じる科学者の主人公エリーは、科学的観点から神の存在を信じないが、愛してしまうことになった宗教家から神の存在を信じないのかを問われる。宇宙を描くこの物語ではキリスト教という神の存在が重要な意味を持つ。


 一方、美奈子や隆はパガンで無数の仏陀に囲まれ、夜空の星々を眺めて宇宙と仏教とが切り離せないのではないかと実感した。哲学堂公園での体験もその概念をさらに後押しした。

 仏教圏の国々では「三千世界」という言葉で仏教と宇宙とのかかわりについて示しているのだ。


つづく

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