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第二章 文化祭で会えたら、美奈子にモデルオファー

この章で触れた音楽曲、演奏者

■ナンシーシナトラ/レモンのキッス(Like I Do)、イチゴの片思い(Tonight You Belong to Me)

■ビートルズ/ツイストアンドシャウト

■フィフス・ディメンション/輝く星座(Aquarius)

「英一、こっちだよ。この先の店だよ」

「ああ、その店なら前に来たことがあるよ」

 英一は隆の後をついていく。

「やはりお茶の水だね。店が多い」

「そうだよ、ここに来るとつい嬉しくなるね」


 お茶の水駅から神保町に向かう道沿いには数軒の楽器店があり、レコード店も多い。バンドを組んでいる若者たちがよく来る。隆は英一をある楽器店に連れて行った。


「英一、この間見つけたベースギターは。この店だよ」

「本当に、ポールマッカートニーが使っているのと似たバイオリンのようなデザインなのかい?」

「ああ、そうだよ、値段も結構安いんだ。1万円だよ。」

 隆は英一を先日、ギター見つけた店に案内する。

「ポールは左利きだけど、このベースは右利き用だから俺でも使えるよ」

「そうだね、隆が一番使うんだからな」


 隆と英一は、1969年のある日、御茶の水駅で待ち合わせし、その楽器店に向かった。

 隆は自分で買った安いエレキギターは持っているが、バンドとして使うためのベースギターをバンドマスターの英一に見てもらう為にやって来たのだった。ポールが使っている本物とは違って価格はかなり安い。安くてもアマチュアバンドとしては十分に使えそうなので、英一の判断でバンドとして購入することにした。

 隆は、

「ベースギター買ったから、本屋にでも寄ってみようぜ」

「それなら、『丸善』が近いよ」と英一。


 楽器店の買い物が終わったあとで、英一の提案で近くの「丸善書店」に立ち寄り、二人がそれぞれ興味を持つ音楽関係、建築関係やデザイン関係の本を見て回った。

「隆は、やはりデザインの本を探すんだろ」

「ああ、十年位前から話題になってきた『ポップアート』の『リキテンシュタイン』とか『アンディ・ウォーホル』の作品集なんかを見てみたいんだ。『横尾忠則』なんかも好きなんだよね」

「ああ、彼らの作品は面白いよね。単なる缶詰の絵がアートになるなんて言うのは面白い。刺激されるよね」

 隆は、買うことは無いものの、そういった本を見るのが楽しいのであった。


 店内で、英一が

「そういえば『丸善』といえば同じ『丸善』の京都店が『梶井基次郎』の小説の『檸檬』に出てきた店なんだよ」

「ええ、そうなんだ、そうだったんだ!」

「丸善で檸檬が爆発するんだ」

「何?檸檬が爆発?。どんな話なんだよ」


 更に、

「『檸檬』って、俺はナンシーシナトラの『レモンのキッス』を思い浮かべてしまうけど、その本はどんな内容なんだ?」

「一言でいうのは難しいから、その本ここにあるだろうから買って読んでみたらいいよ」

「すこし、読みにくい内容かもしれないけど、隆は読まなけりゃいけないんだよな」

「わかったよ」


 英一は、一呼吸おいて、

「そういえば『レモンのキッス』だけど、原題にはレモンのレもないよね。たしか『Like I Do』ってゆうんだったね」

「そうそう、全くレモンとは関係ない。日本のレコード会社はイージーだよな」

 「レモンのキッス」は、原曲の題名にも歌詞にも「レモン」は全く出てこない。彼を巡るライバル女性に、『あなたは私の様に彼を愛せない』という内容なのだ。「イチゴの片思い」もイチゴは出てこない。


挿絵(By みてみん)


 英一は、隆が自分の絵を譲ってあげた美奈子から、「梶井基次郎」に触れた感想文のような手紙をもらったことを聞いていた。手紙の内容は詳しくは聞いてなかったが、「梶井基次郎」を読んでいる美奈子に一目置いていた。

 隆は、「梶井基次郎」と聞いて、くすぶっていた美奈子の思い出が浮かび上がってきた。


「あの絵を見て、『梶井基次郎』が浮びました。『梶井基次郎』を絵にしたら、あなたが描くような絵になるのではないかと……」

 美奈子の手紙の文面を思い出した。


 丸善の店内を探すとその「檸檬」はあったので、隆は迷うことなく購入した。これを読んで、美奈子の言ったことを理解しようとした。


「英一、飯でも食うかい?」

「ああ、いつもの東中野の『十番』に行こう」

「やはり『十番』だね」

 この後、二人は隆の自宅の最寄り駅の東中野駅近くの中華「十番」に寄った。隆は、焼きそばを食べながら雑談している最中でも、美奈子はどうしているのか気になってしまった。


「今日、梶井基次郎の本買ったけど、美奈子のことを思い出すね。二年前に、突然俺の絵を欲しいと言ってきたんだから。逢いたいね」

 英一は、

「お前、美奈子に恋してるのか?まあ、彼女は美人だからね。そうだとは思ったけどね」

「もちろん、あんなに可愛くてそして頭がいい子なんだから、意識するよな。恋しているという自覚はないんだけど、あの手紙以来気になってはいるんだ」

 隆は、やはり恋していることなんだろうと、認識した。

「彼女を新しいカメラで撮影してみたいんだよ。やっぱり、恋してるんだろうね」


 そこで、英一が提案する。

「そうだ、隆、近いうちに俺たちの母校の文化祭があるはずだから、行ってみないか?」

「文化祭?そうか、文化祭か」

「音楽好きの美奈子なら、文化祭に来るかもしれないぜ」

と推理しての提案だった。

「文化祭か、来るかなあ?まあ、ダメモトで行ってみようか」

「そうしようよ。彼女が来なくても文化祭は、楽しそうだぜ」


 隆と英一は卒業二年後の1969年に開催の母校の文化祭に出かけた。二年の経過なのに、後輩たちのバンド演奏はボーカルが許されるなどの変化があった。英一たちの時代はインストルメンタルだけが許されて、歌うことはNGだった。その理由は不良っぽいからダメだとか大してよく分からない先生たちの古い感覚からのことであったのであろう。なにしろ教育界では一時はエレキギターを弾く者は不良であるというようなバカげた風潮もあったのである。


 演奏していたのはビートルズ版「ツイスト&シャウト」でこのような演奏を許してくれた先生たちの変化も感じられた。


 二人は、その演奏を聴きながら、会場のあちこちで美奈子を探した。やがて、英一が、会場の後ろの方の椅子席に座っている美奈子がいるのを見つけた。美奈子は級友で親友の「篠田美登里」と一緒に来ていた。


「いた、いた、隆、瀬尾さん、美奈子さんいたよ。美奈子さんと同じクラスの友達と一緒だね」

 英一が隆に伝える。

「ええっ、本当だ、美奈子だ。」


 二人で美奈子達の近くに行き、声をかける。

 会場はエレキバンド演奏で、ややうるさい。

 英一は少し大きな声で、

「瀬尾さん、やっぱり来てたんだね。」

 美奈子と美登里はその声を聴いて少し驚いて椅子から立ち上がり、二人に会釈した。

 4人は、演奏会場から外に出て、文化祭イベントを開催してない教室に移って会話を続けた。


 英一は、

「瀬尾さん、隆が会いたがっていたんで、音楽好きの瀬尾さんなら今日のイベントに来るかと思って、隆を誘ったんだよ」

「まあ、そうなの、たいした推理力ね」と美奈子。隆も声をかける。

「瀬尾さん、久しぶり!英一の言うとおりに、会えるんじゃあないかと思って来たんだ。連絡取れなかったから、会えて、嬉しいよ」

 隆の声は少し上ずっていた。

「ああ、漆原さん、しばらくぶりね。元気そうね、私も嬉しいわ」


 隆は、心臓の動悸がすこし激しくなってきたことを自覚した。美奈子は2年たって、少し大人びた女性になったような気がした。

「瀬尾さん、もしかして会えるかもしれないと思ってきたけど、会えてよかった」

久しぶりの再会で、まだそう親しい関係ではないのでお互いを名字で呼ぶのだった。


 美登里も隆たちに挨拶する。

「おひさし振りです。篠田です」

「ああ、瀬尾さんと同じクラスだった人ですね」

「ええ、そうよ、貴方たち、美奈ちゃんを待ち伏せしてたのね」美登里は笑いながらも、隆たちとの再会を喜んだ。

 美登里も美奈子ほどではないが結構チャーミングな女性だ。


(英一に感謝だ。あいつの提案に乗っかって、よかった)

 隆はこの文化祭で美奈子に会えるのかどうかはリスクのない一つの賭けだったが、その賭けに勝ったことに素直に喜んだ。

 美奈子も隆との再会を喜んでくれたようだ。


 隆は、心の中で再開の喜びを押し殺して美奈子に聞いた。

「卒業してからどうしてたの?」

「私は、女子短期大学に通ってるのよ。卒業したら商社にでも就職をと考えてるの」

 美奈子のしっかりした方針に感心した。

「へえ、短大かあ、商社か、すごいね。英一も建築士目指しているし、俺は美大には進んだけど、絵描いたり写真撮ったりしてるけど、まだ何をするか、どうするかもそんなに考えてないんだ」

「漆原さん、美大に進んだのなら、あなたの感受性をもっともっと磨いてね。イマジネーションを膨らませてね。期待してるわ」

 美奈子は隆と英一の近況を聞いて二人の進学を喜び、隆にはエールを送った。


 写真にはまり始めていた隆はこの頃新しい一眼レフカメラ「ニコンF」を月賦で手に入れていた。在校時から美奈子のことをいつかは撮影したいと思っていたので、思い切って写真のモデルになってもらいたいと切り出した。今日を逃せば、なかなかチャンスは巡ってこない。

 卒業から二年後の文化祭で美奈子と再開した隆は、ずっと持ち続けていた願望である美奈子の写真モデルをお願いした。


「最近、前から欲しかったちょっと高かった本格的なカメラを買って、写真に凝っているんだ。瀬尾さんのような魅力的な女性を撮影したいんだ。モデルになってくれないかな」


「えっ、いいわよ」

 美奈子はあっさりと隆のオファーを聞いてくれた。


 美登里は、

「なに、隆さんて写真もやるの?美奈ちゃんからすごい絵を描くってのは聞いてたけど、いいんじゃあない。美奈ちゃんを可愛く撮ってあげてね」と美奈子のモデルを喜んだ。


「なんなら、私も撮ってもらおうかしらね」

 チャーミングな美登里は冗談半分で言ってみた。

 英一は美登里のかわいらしさを認識していたので、

「隆、篠田さんも撮ってあげたらどうだい」と言ったが、隆の耳には届いていない。美登里もモデルとしてはそんなに悪くはないのであるが、今の隆は、美奈子へのお願いに集中していて美登里や英一の声は聞こえていなかった。後日、隆は美登里を撮影する機会を逃していたことを少し後悔するのだった。


「漆原さん、撮影了解です、よろしくお願いいたします。」

「ありがとう、こちらこそよろしくお願いします」



 美奈子は、隆の感受性の素晴らしさと、それを表現できる力量があると思っていたので、写真の分野でも、何か新しい表現をしてくれるのではないかと期待した。しかも、自分をモデルにして撮影してくれるというので、どんな感性の閃きがある作品になるのか、大いに興味を持ったのである。


 隆はもしかしたら断れるかもしれないと思っていたので、即断の回答に、やや驚いた。もちろん、喜んだのは言うまでもない。

 隣でその様子を聞いていた英一や美登里は、隆の顔が嬉しさで崩れているのを面白そうに見ていた。



 四人で学校を後にして吉祥寺の喫茶店に寄って今日の文化祭のこと、自分たちが三年生の時の文化祭での演奏と、そのあとの納会でのやり取りなどをネタにしながら話を咲かせた。


美奈子は、

「演奏会場の講堂へ行く前に、美術部の展示も見たわよ。隆さんの絵を見たところだから懐かしかった。隆さんの絵に勝る作品はなかったと思うわね」

 隆は、美奈子との初めての会話の日を思い出して、

「そうなんだ、俺たちも美術部の会場にちょっと寄って、後輩たちに頑張るように挨拶してきたよ。展示内容はまあまあだったね」


 美登里が、

「今日のバンドはビートルズを何曲か演奏してたわね。英一さんはあの演奏どうだった?」

「俺たちの時は、ボーカルはNGだったから比較が難しいけど、俺たちの方が演奏は上だと思うよ。自画自賛だけどね」

 美奈子は、

「私も、あなたたちの方がテクニックは上だと思うわ」

 隆は、

「やはり、日本人は、特に高校生は英語で歌うことは難しいよね」

「可哀そうだけど本物と比較しちうわね。英一たちはインストルメンタルだから、発音の問題はおきないものね」

「今俺たちは演奏できないけど、今はやっている『フィフス・ディメンション』の『輝く星座』なんかにはまってるんだよ」と英一。

「ああ、それ知ってる。すごく良い曲よね。『輝く星座』なんて題名もいいじゃあない。頑張って演奏してみたらどうかしら」 

 美奈子は、英一の演奏する姿をイメージして、

「風間さんは女子の人気が高くて「もてて」いたわよね。自分の友達も風間さんとお付き合いしたいと言っていたわよ。私も、一回くらいデートしてもいいかなと思ったわよ」

「言ってくれれば即OKですよ。ぜひデートしたかったですね」と笑いながら答える英一。

 美登里も

「私も風間さんとデートしたいと思ったのは同じよ」と同様に笑いながら茶々を入れた。


 美奈子は

「篠原さんは、文化祭でも、風間さんの陰に隠れて他の女の子にステージに立っていたことを知らなかったと言われちゃったわよね」

「そうなんだよ、あの時は瀬尾さんがフォローしてくれたんだったね」

「そうよ、可哀そうだったからね。私は篠原さんのこと、篠原さんの才能知ってたから、つい、お節介しちゃったんだったわね」


 二人の男の顔を交互に見ながら、いたずらっぽく笑いながら話す美奈子。

 隆は、美奈子との話を聞くのは楽しかった。しかし、美奈子のモデル依頼了解を得たことが頭の中で大きな位置を占めていたので、気の利いた言葉を口にする余裕はなかったのだった。


 隆は、美奈子達の世間話に付き合ってから、気を取り直して、美奈子の都合のよい日を聞いて撮影の日と集合場所を決めた。

「瀬尾さん、撮影は中野駅からバスで行ける哲学堂公園にしたいんだ。」

「いいわよ。行ったことないけど、篠原さんが選んだのだからきっと素敵なところよね」

「ああ、あまり人が来なくて、静かな林があるので、落ち着いて撮影できると思うよ」

二人とも学生なので、10月26日の日曜日とすることに決め、東中野に住んでいる隆は、何回か行ったことのある中野駅からバスで行ける哲学堂公園を撮影場所に選んだのだった。

そして、隆はその日が来るのをワクワクしながら待つのであった。


つづく

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