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小春

作者: 梅華

 一歩前に出る。触れようとして、手を下ろした。一体何度目か。こんなことを繰り返すのは。触ることすら出来ない。

また、何も出来なかった。

 いつになっても勇気がでない。怖い。あの先に何があるのか分からないから。

 あの門の向こう側に。


 

 今日もこの時間がやってきた。お昼休み。私にとって、一番苦痛な時間。

 高校生になって一か月。教室ではいくつかのグループが出来ていて、机をくっつけ、おしゃべりしながらお弁当を食べている。

 けれども私は今日も隅っこで一人。

 べつに、寂しくないし。私は一人が好きだし。なんて自分に言い聞かせた。

 それでも、やっぱり教室の真ん中に目がいってしまう。

 いつもあそこでお弁当を食べている、あの明るいオーラ全開の女子グループ。

 その中心の光さんは私の憧れ。

 あんなに楽しそうに笑って、一体なんの話をしているのだろう。

 私から見て、あそこは別世界。自分が不釣り合いなのは分かっている。憧れを捨てられず、いつも夢に見ている。あの中に自分がいて、毎日楽しそうに笑っている、今とは全く違う自分の姿。

 私も、あのキラキラした仲間に入りたい。

 だから今日こそは絶対に話しかけるんだ。「私も仲間に入れてくださいっ」て。

 イメトレは完璧。自分の席から立って、一歩、また一歩、歩き出す。

 今までは遠くから、ただ見ているだけだった。話すタイミングが分からなくて、気が付くと休み時間が終わっていた。

 けれど今日こそは。

 ようやく脚を踏み出す。震えているけれど確実に前へ進んでいく。息が上がって、心臓がうるさい。大丈夫、大丈夫。光さんの席まであともう少し。

 私も仲間に入りたい。一緒に話したい。皆でお弁当を食べたい。一歩一歩近づく度、体がカチコチに固くなっていく。

 そしてとうとう、私は光さんの真横にたどり着いた。

「あれ? どうしたの?」

 光さんから話しかけてくれた。他の子達も全員、私の方を見ている。視線が、痛い。

「あ、えっと、……」

 何も言わない私を見て、皆、首を傾げている。その内コソコソ耳打ちをする子が出てきた。

 どうしよう。

 言葉が出てこない。イメトレ通りにやればいい。けれど。

 もし、嫌だって言われたら。変な子って思われたら。迷惑になるかもしれないし、そもそも私、認知されていないかも。

 嫌な映像ばかりが頭の中を埋め尽くす。目の前が真っ白になって、呼吸が浅くなっていく。

「なんでもないです。ごめんなさい……」

 虫が鳴くような声でつぶやいて、その場から逃げ出してしまった。せっかく、あそこまで行けたのに。

 結局、今日も言えなかった。


 友達をつくるという難題。目の前に聳え立つ門。手を伸ばしてみても、指先が触れた途端にその手を引っ込める。

友達をつくることができたなら、この門は開ける。

その先のにあるのはきっと、明るい陽の世界。何度も夢に見ていた、高校生になったらいつかはって。

 それなのに、今の私は恐怖で踏み出せない。傷つくのが、怖い。

 私はなんて臆病なのだろう。どうして勇気がでないのだろう。なんてダメな人間なのだろう。

 また自己嫌悪ばかりして、何もせずにうずくまって。それ以上、何も行動出来ぬまま、一日が終わってしまった。



 朝の通学は憂鬱だ。

 今日もどうせ一人だと思う自分と、今日こそは友達ができるかもしれないと思う自分が葛藤して気分が悪くなる。あぁ、学校に行きたくない。

 けれど、学校に行かなければ、友達をつくるなんて夢のまた夢。スタートの準備すらできていない状態。これから先の高校生活、ずっとぼっちということになる。

「はぁー」

 乾いたため息が、木々の揺れる音でかき消された。

 学校の外観が眩しい。校舎に近づくにつれて、他の登校中の生徒で騒がしくなる。

 周りの子達は友達と肩を並べて、昨日のテレビの話、先生の愚痴なんかを言って盛り上がっている。

 そんな中私は、そこらの石を蹴っては追いつき、追いついては蹴る、の繰り返し。

 下を向いて、石ころだけを見ている。転がる石を追いかけているうちに、方向が大きく反れて、石は用水路に落っこちてしまった。

 一人で何をやっているんだろ、私。

 もう一度息を吐いてから校門を潜る。

 上履きに履き替えて、廊下の端を歩く。周りの生徒の声が弾けて聞こえる。後ろから、おふざけ男子達がバカな話をしながら追い越していった。

 いいな。あの人達はどうやって友達をつくったんだろう。どうすれば、あんな風に楽しく過ごせるんだろう。

 どうすれば私は変われるんだろう……。

「ねぇねぇ」

 急に肩を叩かれてビクッと体が震えた。恐る恐る振り返ると、私の目の前で、光さんが微笑んでいる。

「おはようっ」

「あ、う、うん。おはよう……」

 え、嘘。

 挨拶、してくれた。いつもと変わらぬ太陽のような笑顔で。これは夢なのかな。いつも妄想している私の幻なのかな。

 バレないように、手を後ろに組んで、こっそり手の甲をつねってみる。……イタタッ。

 夢じゃない。現実だ。

 顔が自然とにやけてしまう。だって、今までこんなこと一度もなかったから。

 一人で感動していると、光さんは私にそっと耳打ちした。

「昨日の昼休みさ、なにかあったの?」

「えっ」

「ほら、何か言いたげだったからさ」

 気にかけていてくれていたんだ。私、何も喋れなくて逃げたのに。目の奥がじわっと熱くなる。嬉しくて、涙が出そう。

「うん、本当になんでもないよ」

「……そっか」

 流れるように会話が進んでいる。こんなにスムーズに話せたのは、いつ以来だろう。

 溢れそうな涙をぐっと堪える。高校に入学して、初めてクラスメイトと話せた。しかも光さんから話しかけてくれるなんて。嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 もしかして今なら、言えるかもしれない。

「あ、あの」

 よかったら、お昼ご飯、一緒に……。

「ごめん、私、先にいくね」

「えっ」

 引き止める間もなく、光さんは走って行ってしまった。

 向かった先には、いつも一緒のグループの友達が手を振りながら待っていた。

 皆でじゃれて、笑って。話しながら階段を上る。窓から光が差し込んで、見上げる背中がいつもより眩しい。

 けれど、今日は少しだけ近づけた気がする。なんだかいつもより、階段を上る足取りが軽くなった。



 光さんが、背中を押してくれたような気がした。私は勇気を出して、門に両手を伸ばしてみる。

 触れる。

 今までの恐怖が嘘のようだ。

この門を押しやれば、開けることができれば、きっと。

 あと一歩。けれど、私はその一歩が踏み出せずにいた。



 さっきまであんなに軽かった体が、夕陽に照らされ今は鉛のように重たい。そんな気分にさせるほど大嫌いな放課後の掃除。

 ほうきでゴミを集める単純な作業なのに、なぜだろう、今日はいつも以上にゴミが多い気がする。

 ちりとりでゴミを集めて、ようやく掃除が終わり、解散した。

 光さんはもうとっくに帰ってしまっただろう。光さんとは掃除班も、場所も違う。

 それに今日はいつもよりも時間がかかってしまった。

 また話しかけてくれないかな。そんなことあるはずがないのに、今朝から光さんの顔を思い浮かべては、都合のいいことばかりを考える。

 また明日、話しかけてみよう。

 無理矢理口角を上げてみたけど、すぐにいつもの仏頂面にもどった。

 明日もきっと上手く話せないよな。そんなことを考えながら外靴を取り出す。帰ろう。

 玄関から出たその時、なにやら人影が見えた。

 その人はコンパクトミラーを片手に前髪を整えている。

 ちらりと目を向けると、その人は光さんだった。授業を受けている時と同じくらい真剣な表情で、入念に前髪をチェックしている。光さんがいつも輝いて見える裏には、努力が詰まっているんだ。

 光さんは一つ頷いてから櫛をしまって、ポケットからチョコレートを取り出して、口に一粒放り込んだ。

 あ、そのチョコ。

 私の好きな女優さんがCMをしているチョコレートだ。

 好きなアニメの、実写映画化のヒロイン役。それがきっかけで彼女のことが好きになり、出演している映画やドラマは必ずチェックしている。

 もしかしたら、光さんも知っているのかも。

「ねぇ、そのチョコって、」

「わぁっ! なに?」

 あまりの嬉しさに、なんのためらいもなく話しかけてしまった。光さんは驚いた表情を見せているけれど、私の口は流れる様に言葉を発していく。

「そのチョコ、あの女優さんが、CMしてるやつだよね! ほら、こんな感じで」

 興奮状態で思わず、CMの決めゼリフを口走り、決めポーズをとった。ヤバい……。

 咄嗟に手を引っ込めて後ろに隠す。

 絶対に変な人だと思われた。そりゃあ、いきなりこんなことしたら、誰だってそう思うに違いない。

「ご、ごめんなさい。舞い上がっちゃって」

 光さんに向き直ったとき、彼女の目は大きく開かれ、瞳はキラキラ輝いていた。

「もしかして、あの女優さん好き⁉」

「へっ? う、うん。好きだよ……」

 いつも楽しそうに笑う光さんを見ていたけれど、こんなに前のめりになっているところは、見たことがない。

「私もね、大ファンなの!映画とか全部観てるし、雑誌も全部買ったし、あとね……!」

 そこから光さんの話は止まらなかった。好きな女優さんの魅力を、これでもかと力説してくれた。私もその女優さんが大好きだから、共感するところが山のようにあった。

 ドラマのあのシーンがとか、雑誌のメイク特集がとか、気が付くとお互いに止まらなくなっていた。

 知らなかった。

 好きなものを話すのって、こんなに楽しいんだ。こんなに我を忘れられるんだ。

 そして、好きな女優さんの話をする光さんは、今まで見てきた中でも、一番眩しく見えた。

「ところで、好きになったきっかけは何だったの?」

「あ、えっとね、私が好きなアニメの、実写映画のヒロイン役を演じてて」

 アニメのタイトルを言った瞬間、再び光さんの顔が輝き出した。

「あのアニメも好きなの⁉ 私も大好き!」

「えぇっ?」

 意外だった。光さんが、アニメを観るなんて。ファッションとかメイクとか、キラキラした話題しか興味がないものかと思っていたから。

「いつも昼ご飯一緒に食べてる子達、いるでしょ? 実はね、みんなあのアニメ好きなんだよ」

「え、そうだったの?」

「うん。いつもアニメの話して盛り上がってるの。自分の推しキャラの話とかしてるよ」

 まさか、憧れの女子グループが、私も好きなアニメの話をして盛り上がっていたなんて。

 こんな偶然ありえるのだろうか。もしも本当なら、他の子達とも話が合うかもしれない。私が浮いちゃうなんてことは、ないかもしれない。

 高校生にもなってアニメが好きなんて恥ずかしいと思っていた。でも今初めて、アニメ好きでよかったと思える。

 もっと知りたい。

 私と同じ推しキャラの子はいるのかな? みんなが好きなキャラは? 好きなシーンは? 光さんはどのキャラが好きなのかな?

「あの、光さん」

 質問しようとした私の声を、ヴーという音が遮った。光さんのポケットから聞こえる。

「ちょっといい?」

「あ、うん」

 音の正体は光さんのスマホ。ポケットから取り出して電話にでる。

「もしもし?……」

 誰だろう。いつもの子達かな。話し込んでいる光さんの横で、そっと息をひそめる。

 たった数分の電話のはずなのに、静寂が時の流れをゆっくりに感じさせた。早く終わらないかな。

 話すことのできない時間を、こんないもどかしいと思ったことはない。

 私は上手く話せないから、自分が話そうとする時は、たいてい気まずい空気が流れていた。

 もしかすると、好きなものの話なら、沢山話せるのかもしれない。

 光さんが電話を切って私に向き直る。なぜだかワクワクした。また続きが話せる、そう思っていたけど。

「ごめん。今から皆と遊ぶ約束してて。もう行かないと」

「そうなんだ……」

 大きく腕を振って帰っていく光さんを、私は手のひらで小さく見送った。

 もっと話たかったな。

光さんと話したことで、少しだけ自身がついた気がした。

 私も馴染めるかもしれない。



 門に添えた両手。力を込めると、ギィッと軋む音と共に、ほんの少しだけ動きだした。

 あと少し、もう少し。



 今日もこの時間がやってきた。独りぼっちの昼休み。けれど今日は、今日こそは違う。

 四時間目終わりのチャイムと共に、クラス中が机を運ぶ音が教室一面に響いていた。光さんもいつもの友達と机をくっつけている。

 それを合図に、私はお弁当が入ったバックを持って立ち上がる。

 前へ、前へ。

 いつもより堂々と、歩けている気がする。



 門に再び手を添えて、深呼吸をする。



 上手くいかないかもしれない、失敗するかもしれない。やっぱりグルグル駆け巡るマイナスな感情たち。けれどそれ以上に、話してみたい、仲良くなりたい、あの輪の中に入りたいという感情が鳴り響いている。

 教室の中央、光さんのグループの目の前で立ち止まる。

「あの、」



 思いっきり力を込めて、門に添えた手に全体重をのせる。ギィッと鈍い音が響く。



「私も、」



 最後の力を振り絞って、門を押し広げる。次の瞬間、一筋の光が差し込み、一気に門が開け放たれた……!



「私も、一緒にお昼ご飯食べたいですっ!」

 言った、言った! 

 勢い余って、低い姿勢で頭まで下げているけれど。

 ついに言えた。やっと言えた。

 勇気が出なくて、ずっとボッチ飯を続けた一か月。ようやく言葉にすることができた。

 そして、今この一瞬の沈黙がこわい。やっぱり断られちゃうのかな。ゆっくりと顔を上げる。するとそこには、優しい微笑みを浮かべている皆がいた。

 全員、立ち上がって私を歓迎してくれた。

「もちろん。一緒に食べよ。私、真希。よろしくね」

 はつらつとした、ポニーテールの真希さんが机を持ってきて私の分の席を用意してくれた。

 四つの机に加わった、ここが私の席。

 ただ一つ机が増えただけなのに、なんだかそこが私の居場所だと言ってくれているような気がした。

「わたしは、美鈴~。お菓子あげる~。食べて~」

「あ、ありがとう」

 すごくのんびりした口調の美鈴さんは、私の手のひらにお菓子をのせてくれた。

 お菓子、貰っちゃった。あとで何かお返ししたいな。何が好きかな。聞いてみよう。

 お菓子の交換。まさに夢にまで見た友達イベント。こんな日が来るなんて。

 手のひらのお菓子がもったいなくて、私はしばらく食べることができなかった。

「あたし、凜。ほら、もっとこっちにおいでよ」

「わっ」

 凜さんに背中を押されて、席に座るように促された。そして全員椅子に腰かけた。

「これから毎日、一緒にお昼食べようね」

 光さん……。

 いつも遠かった、あのグループの中に私がいる。みんな、私を仲間に入れてくれた。

 なんだか、緊張の糸がプツッと切れて。……あ、あれ?

「え⁉ どうしたの⁉」

「どこか痛い~? お腹空いちゃった~?」

「あー! 光が泣かしたー!」

「えぇ? そんなに嫌だった?」

 気付けば私の頬は涙で濡れていた。悲しいわけじゃない。みんなの優しさがあったかくて、安心して。

「ううん、違うの。高校に入って初めて友達ができて。嬉しくて……」

 拭っても、拭っても、溢れ出してくる涙。これ以上心配させたくなくて、手で顔を覆うけど。どうしよう、止まらない。

「はい」

 顔の手を下ろすと、光さんがハンカチを差し出してくれていた。

「ありがとう」

 ハンカチを受け取って涙を拭うと、ほんのり花の甘い香りがした。

「私達、ずっと友達だからね」

 光さんは私の手を取り、ぎゅっと握ってそう言ってくれた。

それに続いて、真希さんも、美鈴さんも、凜さんも。私の手を握り、笑いかけてくれた。

「これからよろしくね、小春ちゃん」

「うんっ」



 あの時、勇気を出していなければ、今でも私は一人だっただろう。

 私が変われたのは、光さんや、みんなのおかげ。私を受け入れてくれた、大切な友達。

 私の高校生活は、まだ始まったばかり。きっとこれから色々なことが待っている。それでも、みんなと一緒なら、全部楽しい思い出に変わっていくのだろう。

 あたたかくて、安心できる。明るい陽の世界に飛び込めた。

 前の私に言ったら、一体どんな顔をするのかな。

 これからの毎日がとても楽しみだ。


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